真言宗豊山派



人類の意識の変容をうながす『萬歳楽山』のヒビキ



萬歳楽山の石の御坐「要石」と萬歳楽山信仰の真意
(以下の記事は過去のものです)

萬歳楽山の石の御坐「要石」

(通称「大日石」は13年ほど前にある方が「大日如来と龍」を彫りつけたことによるが、この磐はもともとある磐は「要石」であると思われる。)

  霊峰萬歳楽山にある「要石」、これこそが地震を鎮めるため「神々」が萬歳楽山に投げいれた「要石」であった。

 萬歳楽山は昔から「弘法大師が開かれ、天女が舞う山」として知られ、江戸時代には「地震避けである
萬歳楽の山」として信仰されていた。

 「そもそも、山そのものがご神体である。みだりに入ってはならない。山として強大な力を持つが故
太古において封印された山である。」と古老たちが言い伝えてきたようです。
(萬歳楽地震除けの古い記事から推量するに、萬歳楽山のエネルギーは古事記や日本書紀が編纂される頃に封印されて
 いるようにみうけられます)

 それで、これまで、山の神の祟りを畏れて、人が入らない山とされました。
 確かに、小生が感受した際も、この山は人々や人類のカルマを破壊し浄化するアルナーチャラの化身として
強大な破壊力を秘めた山でありました。
 その力があまりにも強大すぎるあまり、人々は恐れをなし、神々に祈り、その力の封じ込めを願ったのです(その
善し悪しは別として)。ですから、これを伝え聞いているこの辺りの人はこの山を萬歳楽山と崇め、
みだりに人が踏み込まないように申し合わせていたようです。(このように言い伝えられている神聖な山は世
界中にありますが・・・)


 ところが、しかし、ここ数十年来の地球規模の大転換が始まり、それに呼応するかのように、先ず人類の個々
の意識の変容をうながすべく、萬歳楽山が再び、始動し始めたのです。

 はたして、
 人類のカルマ浄化のために、再び、大規模な転変地変が起きるのか、それとも、人類の意識が変容することに
よって、地球そのものが大きく蘇るのか、今予断を許さない所に立っていると云うことは理解できるのですが、
はたして、自然や宇宙がどう反応してくるか、小生にはわかりません。

 地震など天変地異は決して人類の意識とは無関係でございませんから、当然この山が始動するときは地球
意識と深く関わってのことと如来から聞かされております。
 おそらく、この萬歳楽山が始動するときというのは、いささか大げさな表現で恐縮ですが、人類の存続か滅亡
かの分かれ道にある時と決まっているようなのです。

 ところで、「萬歳楽」と「地震」の関わりを示す歴史資料の一つに「安政二年十月二日の大地震の時の錦絵 」
が数多く残されております。そこには、大地震の時に「萬歳楽・萬歳楽」と唱えていた様子が克明に描かれてお
ります。ホームページで「貴重書画画像データーベース」を検索しますと閲覧できます。

 しかし、なぜ、「地震除け」に「萬歳楽」なのか?です。「萬歳楽」そのものには地震除けと直接関わるもの
はありません。萬歳楽そのものは雅楽であり、「皇帝や天皇の即位を祝するとき鳳凰が飛来し萬歳・萬歳と舞った」
ということが「萬歳楽」の起源と考えられております。

 強いて云えば、天下太平・万民豊楽を願ってのこと故だとも云えるかも知れませんが、しかし、それでは、地
震避けに関わる萬歳楽のゆえんとしてはいささか弱いものがあります。

 実は、この地の「霊山」そのものが「地震除けの山」として知られており、その山に「萬歳楽山」と冠したことで、地震避け
の萬歳楽の起源とみるか、地震避けのこの山が神代の時代から「マンゼロク、マジャラク、マンダラ、マイトレイヤ、ミトラ神」すなわち弥勒のご神体として呪文が残っており、この山を鎮めるた
めに萬歳楽と冠したのかは不明です。

 江戸時代の錦絵には大鯰が地震を起こす元として描かれていました。

 
実は、昨年(平成22年)12月、筆者が視察研究で訪れた國國學院大學伝統文化リサーチセンター資料館で
偶々手にした資料に
『神道祭祀の発展と神祇信仰の多様化』「上方震下り 瓢磐鯰の化物 一名難獣といふ 安政二乙卯十月二日
夜興行」という一枚のコピー資料が無造作においてあり、ほかの資料と合わせて無作為に選んで持ち帰ったのですが
 自坊に戻ってそれらの資料を整理しておりましたところ、それは全く予期せにことでしたが、次のようなことが
記されてありました。


「須弥山の地底に大鯰住り、変化て四足全体をなす、是を難獣とい云、一度首尾を動かす時ハ泰
山を抜、蒼海を干し、宮殿・楼閣・堂塔・伽藍・太宗・庫倉を破損し、体より火ゑんをいだす事いとおび
ただしく、其阿云声百千の雷も物かハ南円浮台をくつがへすかとおもハる、世界の人民、是が為に
居ところを破られ、財宝をうしなひ、万歳楽万歳楽と怖おそるる事雷爺仁に勝れり、

(略)
○抑此獣ものハ、神代の暦世豊秋津嶋に幡まりて、時々出て人民をなやめたるを、天下しろしめす皇
太神鹿島の神に神詫ありて、石の御坐(俗に要石)をもて其頭をおさへ動かし給ハば、依て此難獣の
患ひなく、ゆるがぬ御代と栄つゝ諸人万歳楽をとなへたり、

されども諸神の居まさぬをりハ、僅にその身を動かすに、諸人万才楽とねふれハその難をのがるとかや、然
るに此変化を待て、今時十月、八百万の神達出雲に御幸させぬひし閣を窺ひ、地中に動揺して三千
六百の町々・家蔵を破損する事大かたならず、しばしば世界をくつがへすかと思はれし、此事、御留守
居蛭子尊四より出雲国へ火急の御告に、皇太神の御指揮として鹿島の神・宕愛山の次郎坊只一

時にお帰国ましまして、この難獣をおさへたる、かんぢん要の礎にせハ、盤石の如くなるべし、云々」

 ここで、筆者が驚いたのは「萬歳楽」と称えるゆえんばかりでなく、「石の御座(俗に要石とい
ふ)」くだりでありました。これはまさに萬歳楽山に実際にある石を指しているのではないかと
思い当たったからです。




 平成16年頃、
 この山の霊験に導かれ、萬歳楽山の登嶺する折、無知の小職をして、少しずつ、少しずつ、準備を整えるよう導いたのも
萬歳楽山の眷属たちであった。山頂に至るまで数十回にわたりアクセスしたが、その初めて入山した折、鳥居をかけさせ、
鶯をしてこちらに来るように導かせ、至らしめられた場所がこの石の御座と云われる石群の所であった。
 その後、入山する度に必ずこの岩に導かれる。この山を「宝珠山」と名付けていたが、この大岩の所と、この先をさらに
登ったところの「萬歳楽山頂の或る松」の所に必ず至るよう導かれ、不思議に感じてい。


 この大岩のあるところから見た萬歳楽山を東西に流れる胴体と見れば、ここ宝珠山あたりはちょうど北に首を向けた龍の頭にあたる。
はたして、この萬歳楽山を江戸の錦絵に描かれた大鯰の化物と見ることには少々違和感があったが、しかし、地震除けの呪文
「萬歳楽・萬歳楽」の神話「神代の暦世豊秋津嶋に幡まりて、時々出て人民をなやめたるを、天下しろしめす皇太神
鹿島の神に神詫ありて、石の御坐(俗に要石)をもて其頭をおさへ動かし給ハば、依て此難獣の患ひなく、
ゆるがぬ御代と栄つゝ諸人万歳楽をとなへたり
」が暗示しているとすれば、萬歳楽山の強大なエネルギーのコントロールセンターは、
まさに、この御坐である石のある辺りとなる。

 この辺りに伝承される地震除け萬歳楽山の民話には、
「萬歳楽山の八丈岩で休んでいたので、大地震から自分の身を守ることができた。それからというもの、地震の時は必ず
萬歳楽、萬歳楽と称えるようになった。」

 この岩こそ「要石」であり、それが此の宝珠山にあたるのである。


 現在、この岩の辺りは浄化と癒しのいやしろのちとされ、みえざるものだが請われて薬師如来を岩に勧請させて頂いたところでもある、
「山の会」の方々が「通称:大日岩」と名付けられた地点である。

 ここは、肝心要の御坐石「要石」であり、みだりに触れてはならない神の御坐である神々が天地自然である地球や宇宙をコントロ
ールしている場であるので、人がここを通るときは十分に注意しなければならない。(今は残念なことに人が傍若無人にも通路と化
してしまったためか、エネルギーの磁場は誰も触れられないところへと移動している。このようなことから、小職は、萬歳楽山を
供養させていただく壇を法圓寺と歓喜寺に置き、萬歳楽山そのものをご神体として、不用意には入山しないよう心がけざるをえない。)

 さてさて、小職にとって、この萬歳楽山は実に世界中の八百万の神々が登場する不可思議なる山であり、驚かざるを得ない。
そもそも小職無知であるが故に、まだまだ不明なところばかりであるのだが、山に導かれるままに来ておりつつも、
真実をたがえていることをもっとも畏れる。触れてはならないことに触れているのかも知れない。

 

 一見無垢な萬歳楽山にみえるが、実は目には見えない大伽藍が幾層にも重なって顕現している。

 萬歳楽山は上記のようにかなり不可思議なる山であることは間違いないが、これまで人の入山を許さな
いところがあって、急に山が開かれて入ってみても、人が見て歓ぶような山ではないのである。おそら
く、一度入ればたくさんと思える山であろう。つまり、架空の話以外は何もない、単にマグマが冷えてで
きた古い山で、見るべきものは何もないからだ。小職自身はきわめて凡庸なるものだが、ここが実は世界
的な霊峰霊山だと云うことはよほどの霊能者でないと理解が行かない。要するに外見的には何の取り柄も
ない平凡な山なのである。ちょっとしたハイキングを楽しむのがせいぜいであり、おしゃべりして終わっ
てしまうかも知れない。小職は凡庸ながら、導かれるままに、萬歳楽山を霊山霊峰として発信し続けてい
るが、それで山を汚すことはさけたいと心から願っているが、その判断は小職の理解をはるかに超えたと
ころにあるのも確かだ。小職は無能非力であるので、いくら霊験やビジョンが湧こうとも、それでこの山
に大伽藍や大殿堂を築くことは出来ないが、萬歳楽山の宗教的意味、人類の意識の変容には真剣でなけれ
ばならないと導かれてい

る。 
 「萬歳楽山に入山するには、人々は、これから述べることに注意しな
ければならないので、急ぎ木札に銘記して、掲示しておくこと。そうでなければ萬歳楽山の真意を理解す
るものは少なく、意味のないもことで入山し、山を荒らすばかりである」という萬歳楽山からの強い働き
かけがあって、今回は「要石」ばかりではなく、この山全体の霊場としてのビジョンをあえて説明せねば
ならないと考えこの文章を発行している。「萬歳楽山」と「要石」以外は全て萬歳楽山の広大なビジョン
にすぎないのであるが、そのようなビジョンがあることをどこか承知して入山せねばならないという強い
響きがあるのだ。

 では、そのことを順に明らかにしたい。
 先ず入山登嶺する方向は、順(萬歳楽山を時計回り)に回らなければならない。これは山の会が用意し
た萬歳楽山登山ルートの通りでよい。東から西に向かい北側を通り戻る順コース。

東側登山ルート入り口から萬歳楽山の麓までは「六根清浄にして汝自心を知る発心修行のルート」。萬歳
楽山麓には仁王門があり、昇竜の門に入る。ここからは「六根清浄・如実知自心の修行のコース」とな
る。山頂の手前に大門(四天王)があり、ここから、本格的に「自己凝視による六根清浄の菩提コース」

となり、神仏の子として神々あるいは仏の世界大伽藍の世界に入る。第二展望台の所には「東塔(五重
塔)」がある。更に進むと「阿弥陀・釈迦・弥勒の三位一体の本尊世界が開かれる金堂」があり、その奧
に「金胎両部不二の大日如来主尊の五佛曼荼羅根本大塔」がある。

 そこを更に西に進むと大樅木に至る。ここは「西塔(五重塔)」がある。
西塔までは菩提道場であり、ここから先は不生門があり、奥の院に至る。ここは発心・修行・菩提・涅槃
と辿ってきた修行の最後のプロセス涅槃の領域で、生死を超えた不生門、本初不生の仏心が開かれる場で
ある。ここにはこの物質界レベルばかりでなく、通称エーテル界・アストラル界・メンタル界・ブッディ
界・コザール界、そして不二一元の各段階の諸霊が、本初不生を覺知する場で、分離断片の全くない遍照
金剛の世界である。

 光の世界であるがゆえに護摩壇が置かれ、無碍自在なる世界である。
不生に入るには人は過去の経験世界の条件付けから解放されねばならず、人はある意味で死なねば不生に
至ることはない。遍照金剛が指し示す世界の先は、阿字本不生の湯殿山・月山・羽黒山・朝日岳の門を開
き、更に、遠く南インドのアルナチャラの不生門と繋がる。

 この不生門から菩薩道が始まり、北側のルートを下山する。これは降竜門であり、加持世界に生まれ変
わる新生の門である。人はこの山で死んで、全く新しく仏として生まれるのである。仏心の器となり、世
間に出現する。下化衆生門である。薬師如来と観世音菩薩が化身した世界である。この化身の場が上記の
「御座・要石」の所であるが、要石の重要性は前述の通りである。神々がエネルギーをコントロールする
センターである。

更に下降し、辯才天の祝福を受け北門の出口に至る。さらに、萬歳楽山の北側林道を戻ると「放生池」に
いたり、施餓鬼供養をする。そして八大竜王が護る場を通り、下化衆生の清水にいたり、再び人類とし
て、今度は不生の仏心のまま活き如来としてそれぞれの世界に旅立つ。これは全く山岳信仰のパターンが
働いているとしか言いようがない。

     これらの真意を体して萬歳楽山と関わっていただきたい。

注:以上の記事は平成23年3月11日東日本大震災が発生した以前の記事である。
令和に入って、萬歳楽山は世界にどう響いている山か?については、この萬歳楽山の記事の「はじめに」に、
不肖ながら詳述しているので、ご覧ください。



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