法座テキストⅢ - 朝日山萬歳楽院法圓寺

真言宗豊山派

龍雲好久法座テキストⅢ 　

一心はこれ本居なり

一心はこれ本居なり　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　龍雲好久

　朝目覚めると、障子の窓から、夏椿の緑が差し込んできた。起きて、庭に目をやれば、松や、山法
師、百日紅、黒竹などの若葉がそよ風にゆらりと揺れ、石榴の花の朱がひときわ映えていた。さわやか
な初夏の朝、さつきの花群も美しい。ドクダミや南天、沙羅双樹、山法師の白い花は実によく緑に映え
る。
　今年は、花が多いように思える。この夏は花に優しい季節なのだろう。
　とはいえ、人間界は相変わらず、愚かな事件が世界中いたるところで続発し、止まるところを知らな
い。
　まさに、空海さんが言う、
　　　三界の狂人は狂せることを知らず、
　　　四生の盲者は盲なることを識らず。
　　　生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、
　　　死に死に死に死んで死の終わりに冥らし。
である。
　自己の内においても、外においても、家庭にあっても、職場や学校にあっても、国の内外にあっても、
いたるところに、人の悲しみ、憎悪、裏切り、不信、怒り、恐怖、不安、傲慢、自己顕示、自己卑下、
卑劣、排他、差別、蔑視、不平、不満、依存、あきらめ、暴力、欺瞞、孤独、嘆き、絶望、卑屈、
嘘・・・・人のあるところ、いつの時代においても、このような哀しいまでの愚かな自我と自我の葛藤がそこ
らじゅうで繰り広げられている。
　宗教はあっても、これらは人の心の葛藤を増幅するに過ぎないものであったり、文明はあっても、仮想
現実を増幅させるだけの砂上の楼閣に過ぎなかったりと、本来の生を見失ってきたものばかりである。
　人も社会も自然も病んでいるとしか言いようがない。はたして、この病を癒すことはできるのだろうか。い
や、どうしたって癒さなくてはならない。苦痛が伴うものだけに、癒しが必要であり、そしてその痛みがこそが
唯一、人をまともに導く自浄作用なのかもしれない。しかしその自浄作用のメカニズムすら破壊されかね
ないほど、人も自然も病みつつある。この付けは後世の者にまわる。そして想像を絶するほどに悲惨な
現実を後世に残すことになる。それだけに、今の苦しみを現実のものとしてしっかり受け止めねばならな
い。そして癒さねばならない。
　では、癒すために、人はどう生きたらよいのだろう。
　まず、どんな厳しい、過酷な不安と恐怖に満ちた現実であろうとも、今置かれている現実に、我が心
身をきちんと置くことだ。何をどうしてよいかわからなくとも、苦しくて苦しくてどうすることもできなくとも、そこ
に、自分自身を置くことだ。そして、そして、そこから立ち上がることだ。それが癒しをもたらす。　逃避は、
一時の安らぎを与えても、決して癒しをもたらしはしない。それどころか、ますます、不安と恐怖と混乱を
増幅するだけだ。
どんなものであろうと、不安と恐怖に基づく自己逃避の行動だけが、自分や周囲に混乱をもたらし、世
の中をますます病んだものにしていく。
　この不安と恐怖を終わらせるには、その問題に自分自身が直面するしかない。結果に対する不安や
恐怖がある限り、人は決してその問題に直面することができない。結果を怖れず、問題に直面し、そこに
ありのままの自分を置くこと。そうしてこそ、今の自分ができる最善の道を見いだすことができる。このときに
はじめて、人事を尽くして天命を待つことができる。これは誰でもができる当たり前のことである。このあたり
まえのことが、人を正気にさせる大事なことなのだ。
このとき、人はどんな混沌とした世界のまっただ中にあろうと、激しい戦火の中にあろうと、断頭台の前
に立たされようと、その現実の中に、自身を置くことができる。自分自身で居られる。自分自身であれば
こそ、そこに自分自身としての責任と自覚を持った自律心が生ずる。決して、自分の混乱を、他人や
社会やなどに転嫁して、愛を失うようなことはない。いかなる場合であっても、自分自身であることが、自
分に正気をもたらす。自身であることが自分にあの全きこころの空寂をもたらす。この静かな心こそが、そ
の現実を見通す力を与える。このときはじめて、天地自然があなたに味方する。あなたの寂々とした虚
心（ひたむきな心）の中に、あの大いなる存在の果てしなき力が、奔流の如く流入してこよう。
そして、あなたに生きる力を与えずにはおかない。
　空海さんがまた言う。
　　行行として円寂にいたり　　　　去去として原初に入る、
　　三界は客舎のごとし　　　　　　一心はこれ本居なり
と。
　つまり、どんな迷いと苦痛に満ちた世界にあっても、そこは佛の世界であり、それはまた自分自身の世
界でもあることを忘れるなということ。そして、佛に目覚めたあなたが、あなた自身を癒し、あなた自身であ
る社会を、世界を癒すのである。

同苦同悲

同苦同悲

お盆のころになると、寺はにわかに活気づく。境内の樹木にセミがなき時雨、普段閉めきった本堂も
開け放たれ、さわやかな風が盆提灯をしきりに揺らす。大勢の墓参者がたくさんの花を抱え、お参りに余
念がない。
　先祖や先師精霊が戻ってこられる季節。この信仰はかなり古く、釈尊が仏教をお説きになられるずっ
と以前からあった。この頃、私は決まって、世話になっている恩師の大都会にある寺にも盆供養の手伝
いに行く。盆に僧侶に経をあげてもらうと功徳になるという信仰が残っており、棚経といって、一軒一軒
お経をあげて歩くのである。炎天下、容赦ない真夏の太陽と車道アスファルトの照り返し、エンジンやエ
アコンの排泄熱。今年の猛暑はかなりきつかった。
　こうして、毎年、お檀家さんのお仏壇を一軒一軒お参りさせていただいていると、お檀家さんの家の様
子がよく見えてくる。何十年、あるいは何世代にもわたり、お檀家さんを見ていると、その一軒一軒に刻ま
れているお家の歴史が仏壇にお祀りされているお位牌やそこにすんでいる人々の成長や変化を通し
て、我が家の如く感じられてくる。見えてくるのはその家族のほんの一コマにすぎないのだろうが、しかし、
その家庭の生老病死、喜怒哀楽の全てがありのままに感じられてならない。それだけに、いくら暑くとも、
盆の短い期間にできるだけ多くの檀家さんを廻り、お経とダラニと真言をあげて先祖精霊の供養と家内
安寧を願い、祈念せざるを得ないのである。
確かに、ひとりひとりの個性が異なるように、一軒一軒のお檀家さんも異なり、そのの様子や習慣、考
え生き方ありようも様々で異なるものだが、しかし、一見違って見えても、家庭という人々の本音の出る社
会にあって、そこにある喜びや悲しみや苦しみ、願いそのものはそう違うものではない。「隣は何をする人
ぞ」と心の疎外化がますます進み孤独な人が多い時代だが、お檀家さん一軒一軒を拝んでいて感ず
ることは、どの家も同じように喜び苦しんでいるということ。自分と変わらないということ。だから、幸せであ
って欲しいと心から願わざるを得ないということである。
　ところで、どうして人はこのような精霊回向を大事にしてきているのであろうか。いくつか理由はあると思
うが、もっとも痛切に感ずることは、肉親を失ったことへの悲しみであろう。戦争や事故、飢饉など悲惨
な出来事により、何よりもかけがえのない、いとおしく、大切にしていた生命を失ったことへの悲しみであろ
う。人はたとえ百歳までいき長らえたとしても、戦争で失った肉親への悲しみの思いを消し去ることはでき
ない。自分がどうしてあげることもできなかった断腸の思い、その塗炭の苦しみを忘れることはできない。
お墓参りや仏壇に手をあわせている人々の背には、無言の悲しみや苦しみがにじみ出ている。そし
て、「どうぞ、もう二度とこのような悲惨な苦しみがおきませんように。・・・」という、佛への無言の祈りがあ
る。
日本人ばかりでなく、世界中どの国の人だって、そうであろう。
釈尊は、こうした人々の悲惨な苦しみを直視された。人間ひとりひとりの苦しみや悲しみを直視された
からこそ、その解放と解脱を探求され、人々に法をお説きになられたのだ。そして、人間のみならずいっさ
いの生きとし生けるもののありのままの声を聞け。それはまさしく君自身の声であり叫びではないのか。「同
苦同悲」それが仏陀の教えの要であり、人の心の原点である。この心を忘れたとき、人は再び地獄のよ
うな苦しみを展開する鬼と化してしまうのであろう。

　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

21世紀こそ戦争を終わらせるとき

　　21世紀こそ戦争を終わらせるとき
　
　部屋で書き物をしていると、秋の柔らかな日差しが手元まで届き、ふと懐かしい温も
りのようなものを感じて、ペンを置き、窓の外を見る。
　真っ青な青空に松葉の緑や柿の朱が色鮮やかに飛び込んでくる。銀杏や桜葉も鮮やか
に紅葉し、実に辺りは黄金色に輝いている。
　こんな日は、幼い頃の楽しかった感覚が、全身に蘇るのだろうか。妙に母の息づかい
や、母の呼ぶ声や、母のまなざしのような気配を感じ、懐かしいのである。
　遠くには、学校帰りの子供達であろうか、子犬と戯れる嬉々とした声が広がる。風も
なく穏やかで、滅多にない沈黙が、圧倒されるほどの閑けさであたり全体を包み込んで
いる。このような深い静寂が立ちこめる中では、どんなささやかな音も、何者にも妨げ
られることなく冴え渡る。この響きにしばらく身をゆだねていると、確かに、内外の仕
切りはいつしか消えてなくなり、大きな慈しみの中にいるように思う。全てが身近にそ
の存在を響かせているようで、実に安らかである。
　今、寺にある古い過去帳を整理している。この寺は今から360年ほど前に創建された
のであるが、寺院の墓地に埋葬された精霊を霊名簿（すなわち過去帳）に記載し始めた
のは文政元年からになってからで、今から180年ほどである。
　過去帳には亡くなった方の御戒名と命日、俗名、年齢などが記されている。その過去
帳を眺めていると、その時代時代の様子がそれとなく見えてくる。
　古い時代では姓名よりも屋号が親しみやすかったのだろうか、越後屋真衛門などとい
うように記されている。俗名が記される人もまれで、誰々の母、妻、子というように記
されているが、御戒名だけはひとりひとりきちんと授けられている。昔は童子とか童女
が多いのを見ると、やはり、幼くして亡くなってしまう子が多かった。飢饉や災害、戦
争などが起こった時代は、やはり亡くなる人も多い。何かその時代の家族の悲しみのよ
うなものが今でもひしひしと伝わってくる。しかし、御戒名を見ていて救われるのは、
仏の安楽の世界に成仏願ってつけられたものだけに、みんな安らいでいるのである。ど
んないのちも皆仏のいのちからやってきて仏のいのちへと帰っていく。「だから、あま
り悲しまないで、せっかく頂戴した大事なあなたの命なのだから、あなたこそ、大切に
しっかり生きて、その命を全うしなさいよ」と、どの精霊も優しく励ましてくれている
ように思える。
悲惨な最期を遂げたいのちほど、「どうぞ、あなたこそは、幸な人生を送ってほし
い。」とあの世から切に願ってくださっておられるような気がしてならない。
　人類は凄惨な戦争の歴史を際限もなく繰り返している。しかし、どのいのちも、大宇
宙大自然界が気の遠くなるような歳月をかけて育んできたかけがえのないいのちであ
る。そのかけがえのない大切な尊いのちのためにも、今こそ、狂信的で愚かな我見を捨
て、もっとお互いに敬い合って、互いのいのちの役割を果たすべく協力し合う時代に入
ったのではないか。
もう戦争は終わりにせねばならない。人類が滅亡する前に・・・・
　21世紀は人類の戦争を終わりにする新しい時代である。そのときは近いと思ってい
る。
お互いに人類の平和のために心力を合わせていこうではないか。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人龍雲好久

　　独り無絃の琴を奏す

　　独り無絃の琴を奏す

　静夜草庵裏　　　　　　　　　　静夜　草庵の裏　　　　
　独奏没絃琴独り奏す　没絃の琴
　調入風雲絶調べは　風雲に入りて絶え
　声和流水深声は　流水に和して深し
　洋々盈渓谷洋々　渓谷に盈ち
颯々度山林颯々　山林を度る
自非耳聾漢耳聾の漢にあらざるよりは
　誰聞希声音たれか聞かん　希声の音

　静夜、草庵にあって、ひとり無絃の琴を弾いている。
　その調べは、天空高く風雲にまでとどき、
　その音は、流水に和して深く、渓谷に満ち山林を渡る。
　これを聞けるのは、
　無音の世界に住む聾の人よりほかない。

この詩は良寛さんの詩であるが、いつも傍らにおいておきたい詩である。漢詩をただ眺めているだけで
も、書き下しの文を見ていても、訳文を見ていても、あるいはその心境に思いをはせていても、この良寛さ
んの詩に触れるだけで、そのまま良寛さんの心境に身をおくことができるからだ。
　この詩に触れれば、人は誰でもこのような心境に身をおくことができるし、また、このような一瞬を得ること
は、何かとても大事なことであるように思う。
　しかし、このような心境は意図的に生み出されるというより、元来具わっているもの、基盤として底流に
流れている、存在・非存在の源底が自ずから広がるということであるし、明鏡止水、すなわち邪念がなく
澄んだ心境においてこそ現われるものである。

　うつるとも月もおもわず
うつすとも水もおもわぬ
　広沢の池

　これは、水のあるところ、いかなるところにも、月が「無心」に映る心境を表わすが、水はまさしくあなたの
心である。

　私たちの思考というものは強迫的な性質を持っているのであるが、感覚（凝視）することに注意力を集
中するときには、その性質は沈静化する。沈静化することによって精神は自由になり、知覚するという正
常な働きをすることができるようになる。
　精神の中でガヤガヤ鳴っていたラジオの音が静まれば、すべてのものが生命を取り戻すことができるよ
うになる。キャンパーのランプが吹き消されると、天空の星のほかはすっかり闇に包まれ、その人にとって
森はいっそう深くなり、広がりを持つようになる。
　われわれは自分の人生の大部分を、その半分は虚偽である言葉で過ごしいる。そして不安や恐怖を
伴うさまざまな問題に苦しみ、ガチャガチャと強迫的に動き回り、安易な逃避に走っている。
　しかし、夜の森の中に入ってその空気を呼吸し、そしてそのいろいろなかたちや、ほとんど聞き取れない
くらい微妙な音を感じとり、そしてまた、岩や樹々の葉や市街のビルに輝いている太陽の光の中に静か
にじっと立っていると、確かにわれわれを支えている大地を感じることができる。そのとき、人間とともに存
在している他の無数の存在に囲まれながら自分が存在していることを、まさに身をもって知ることができる
ように、喧噪のただ中にあって、なお、深い森の静けさを失わないようにしなければならない。
　それには、特別な瞑想や、禅定、人里離れた山中に籠もることはいらない。ありのままの自分の心をそ
のままに凝視することで、そのような心境は現われる。心が騒ぐのはあなたが自分のあるがままを見つめて
いないからだ。
　追い込まれせっぱ詰まったときにこそ、自分の精神が繰り広げるあらゆる不安や恐怖をしっかりと感じ、
凝視しなければない。心騒いでいる時に、いくら心落ち着けてみるといっても難しい。しかし、混乱してい
る自分に身をおき、あるがままに見ることによって、自ずと心は静まる。心が静まれば心は澄んできて、今
まで見ることのできなかった、全く新しい変革の道が現われてくる。そのときあなたはすでに新たな道を歩
み出している自分に気づくであろう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久　

　縁生を大切に

　　縁生を大切に

　子供がある日突然一匹の子猫を連れてきた。まだ手のひらにのるほどの小さな猫だった。
「動物はたくさんいるから寺では飼えないよ。」と断る。しかし、子供は「交差点でおびえているのを見捨
てておけない。」という。内心またかと思う。この間も、「駅に捨てられている傷ついた犬を見て、放っては
おけない。」と大騒ぎで、やっと飼い主になる人を捜して一段落したばかりであった。
　「迷子なのだろうから、拾ったところの安全なところに離してきなさい。きっとお母さん猫が探しにくるだろ
うから・・・」
　しかし、夕方になって、子供たちは再び子猫を連れてきた。結局、私が一時保護することになってしま
った。何しろ私から子猫が離れようとしないのだ。
　翌朝、本堂で２時間ほど読経をするのであるが、私のあとをついてきて経机の下でじっとしている。大
きな鐘の音にも、木魚の音にも驚かずじっとしている。まるでお経に聞き入っているかのようである。やが
て諸堂を拝んで回るのだが、そのときは本堂で私が戻るのを待っている。不思議な猫だなと思う。猫は
大きな物音には弱い。木魚と鐘の大きな音を聞けばたいていは逃げ出すはずだ。だが、いっこうに私の
膝元から離れようとしない。たまたまそうなのだろうと思っていると、翌日、そのまた翌日とやはり同じで、朝
の読経の間じっと側にいる。目を閉じ、聞き入っている。（うーん！これは何と不可思議なことであること
か！私の子供ですら側でお経を聞いているなどということは一度もなかった・・・）しかし、そうは言っても、
家では年寄りからは、「猫などイヤだから捨ててきて！」と叱られ、子供たちからは「飼い主を探すから捨
てないで！」と哀願され、いささか面倒であった。
　だがしかし、毎朝、子猫とともに読経する日が５日も６日も続くと、さすがに、ただごとではないと感じて
くる。（もしかすると、この猫は仏縁があるかもしれない。この猫の住み着くままに任せよう。）と内心思っ
た。すると、翌日からは、なんと！もう同席しないのである。連れてきて「ここに座っていたら！」といって
も、すぐ離れて去ってしまうのである。離れるとはいっても、本堂と庫裡の中を我が物顔でうろうろ動き回
っているのであるが、私の心が読まれているかのように、おいておくしかないなと決めた翌日から、もう、拝
むときに側にいるということはなくなった。この子猫の好む場所は本堂内陣の本尊さまの下であるようだ。
姿が見えないので、どこにいったのか案じていると、よくそこから伸びをして出てくる。お寺は子猫にとって
も落ち着くところなのだろうか。
　不覚にもこんな小さな子猫にまで心が読まれてしまって、彼女はそれ以来、ここに居着いている。縞模
様の綺麗な猫なので「しま」と呼んでいる。呼ぶとすぐ応えてくれる。いつも私の後を追いかけてくる。とに
かく元気がよいが、家中ドロの足跡だらけで、障子の破れがひどい荒れ寺になってしまった。折しも、こ
れから庫裡客殿を新築しようとしているだけに、これはまことに困ったことになりそうである。それにもまして
困るのは、法事でお経をあげていると、本堂に入ろうとして大騒ぎで、そして必ずどこからか潜り込んでき
て、参列者のところに紛れ込む。これがまた一騒ぎである。猫の大嫌いな人もおありかと思うと気が気で
ない。さすがにお葬式の時には絶対出てこれないように閉じこめておく。終わって部屋に戻ると、すっ飛
んでくる。しかし、だからといって、まさか、法衣を着せて私の側におくわけにもいかないし・・・・
ん！？・・・「法衣を着けた猫？」もいいかも知れない・・・・・？
　さて、つぎに、赤裸々な話でいささか恐縮であるが、先日、寺の役についているある檀家さんがなにを
思ってか、こんなことを言ってきた。「俺は寺をやめたってちっとも困りゃあしないが、しかし、あんたらは、
俺にやめられたら困るだろうね・・・・。」
日頃の住職の不徳がこんなところに出てしまったのである。このときは庫裡客殿の普請のことで、ある寺
の事情を説明し、お願い事をしていたのであるが、何か先方の意に添わないことがあったらしく、突然、
憤慨して、このようなことを口にしてきたのである。一瞬聞き違いかと耳を疑ったのだが、どうも本気で言っ
てるらしい。もちろん彼には彼の言い分があり、それはそれで正当な意見であった。しかし、何かの加減
で寺に対する本音がついつい出てしまったのだろう。それにしてもこの言葉だけは頂けない。
　確かに、この寺は檀家さんで支えられている。檀家さんの「檀」というのはインドの言葉のダナーの当て
字で「施し」「布施」を意味する。僧侶はインドの時代から出家して修行をし、日常の糧を托鉢で人々か
ら頂く布施で生活し、真理の探究にいそしんできた。現在、日本の僧侶の多くは、寺院を維持し管理
するため、どうしても檀家さんにかなりの負担をかけざるを得ない。　それはともかく、布施は本来、お互い
の持てる力で相互に活かしあうことを意味している。分かち合い、助け合い、お互いを活かしあうという
大慈大悲の心を指すものであった。
　布施はなにも、お金やものばかりではない。その人その人でできるいろいろなことであるが、大事なことは
相手を活かすことにある。優しい言葉、思いやりの言葉、笑顔、それがそのまま布施の行為であるのは、
それによって相手が自らを生きる勇気と力を得るからである。布施の功徳は、自らのありようが他に生き
る力を喚起するところにある。だから、布施の尊さは「右や左の旦那様、どうぞ、ご慈悲をお恵みくださ
い。」というような、ものねだりとは異なるところにある。
　仏教の開祖、釈尊は、ある時、農村を托鉢しておられたとき、ある農夫から、「わしらは自分の糧を自
分で得ている。汝、糧を得たければ、鋤や鍬を手にとって田を耕せよ。」といわれた。そのとき、釈尊は、
「我もまた耕すものなり。」と応えられたという。それはまた、人々を真にその苦悩の世界から解放させるた
めの力強い法の布施を意味し、それを耕していると仰せられたのであった。
　今日、我々人間は、あまりの目先のことや金銭経済のことに汲々とせざるをえないために、何か大事
なことを忘れてはいやしまいか。
　「常に三宝を敬い、和をもって尊しとなす。」とは聖徳太子の言葉であるが、あの捨てられていた子猫
は、その大事なことを思い出させてくれたような気がしてならない。
　この猫も仏縁を感じさせてくれた尊い存在である。我々はもっと互いに縁生を大切にしたいものだ。す
べては仏縁によって生かされ生きている縁生の友である。互いに敬いあい助け合わねばなるまい。
　つまらない我見で意地を張らず、もっと互いに敬いあおうではないか。
　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　　龍雲・好久

「真如　ほかにあらず　身をすてて　何処んか求めん」

「真如　ほかにあらず　身をすてて　何処んか求めん」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　沙門・好久

　穏やかな春の日差しに誘われて、池の畔に座している。
ときおり吹く、心地よい風が水面を渡り、ほとりの笹がさやさやと揺れる。
まばゆい光がゆらりと揺れ、落ち葉の溜まった水底では、泡がときおりぶくぶくとたち、越冬したざりがにで
あろうか、ゆっくりと心地よさそうに歩いている。
　近くでさえずる小鳥達の声にも、遠くで鳴く鶯たちの声にも、犬の声にも、学校の校庭で響く子供達の
声にも、離れた往来を走る自動車の轟音にも、ときおり発する列車の警笛にも、遥か遠くかすかに響い
てくる丘の上の果樹園の農薬散布の響きにも、春のいのちを感ずる。
　この小さなどぶ池のほとりで、影が揺れ、光が踊り、心地よい風がわたるしばしの間、心閑かに、遅か
った春の到来と、豊かな大自然のいのちの温もりとを感じていた。

　ところで、あなたは、神や佛、如来がおわしますとすれば、一体、何処におわしますとお思いか？　そ
れは、どこか遠い、未知なる別世界、神の国や天国、極楽などといったところだとお思いだろうか？
　そうではない。もっとも近いところ、そう、あなたの今立っている、もっとも身近なところにこそおわします、
と、あなたは、お気づきになられたことはないだろうか？
　神・佛といわれる御方は、いつもあなた自身の身近にあって、あなたとともに、あなたの内にも外にも、
おわしますのです。
　あなたが、見て、聞いて、触れて、感じるすべての中に、おわしますのです。
あなたの目に触れ、耳に触れ、身体に触れ、心に触れるもののすべては、実は、神であり、佛であり、
如来そのものなのです。
　そう、あなたが見るものは、すべて神であり、あなたが聞くものは、すべて神であり、あなたが触れるもの、
はすべて神であり、とりもなおさず、佛そのものであるということです。
　生れ、老い、病み、死ぬ。喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。それは、そのまま、いのちの響きでありまして、ま
ことにそのままが神の姿でありまして、佛の姿なのであります。
　だからこそ、気づきなさい！！
　あなたの今立っているところ、あなたが今見ているすべての中で、あなたが今聞いているすべての中
で、あなたが今触れているすべての中で、神、佛はあなたにその姿を現し、あなたに語りかけ、あなたを慈
しんでおられるということを！！
　ひとりあなたが気づかないでいるからこそ、喝愛と憎しみ、孤独と、怒りに満ちた、苦しみの世界が現
れているのだということを！！
　混乱に満ちた地獄の世界を生み出す原因は、あなたが、その眼に触れ、耳に触れ、身体に触れる
一切のものを、神自身に触れるごとく、佛自身に触れるごとく、大切に扱わず、粗末にしているからなの
です。
　それはまた、あなた自身が、神によってもたらされた尊いいのちであることに気づかず、あなた自身を粗
末にしているからにほかならないからなのです。
　神の教え、佛の教え、真理は、今あなたが直面している、あらゆる現象、あるがままの現実の中にこそ
あります。
　あなたは、それに、全身全霊をあげて気づかねばなりません。
　あなたが自身が、見ない限り、永遠に見ることはないのです。
　弘法大師・空海が語る「それ　佛法　遥かにあらず、心中にして、すなわち近し。真如他にあらず。
身を捨てて、何処んか　求めん。」とは、まさにそのことを指摘しておられるのだろうと思われます。
　しかし、宗教じゃありません！！
　あなた自身が、あなた自身の人生の探求者・求道者であることが重要なのではないでしょうか？

「理解」という崇高な精神性

　「理解」という崇高な精神性

　今日は、「理解する」ということを考えてみたい。
　ここで「理解する」とは、たとえば相手のことを理解するといった、主に心理的な意
味で理解するということであるが、しかし、「理解する」というはたらきそのものは、
人間の精神のかなり崇高な部分を表すものといえるのではないだろうか。この「理解」
という精神作用がなければ、人間のコミュニケーションも、また、技術や科学、政治、
経済、文化、宗教など人類のあらゆる営みの発展はありえなかったであろう。
　また、理解というものは、殊に人間のこころをベースにする人間関係の根幹をなす重
要なものである。人間がかかわったあらゆるトラブルの背景にあるものは、お互いの無
理解による対立にある。親子、夫婦、兄弟、先生・生徒、友人、知人、隣近所、電子メ
ール上の知人等多くの関わりがあるが、これらのさまざまな関係に現れる人間模様を見
るにつけ、また、人間と同じく、民族間、国家間、イデオロギー間、政党間、宗教間等
の大きく深い問題を見るにつけ、お互いが本当に理解し合うということの難しさを痛感
せざるを得ない。いや、他人との関わりばかりではない、自分自身の中でさえも、自己
の本心、こころの奥底にある本音を理解することはかなり困難である。
　悩み苦しんでいる人の多くは、こうしたさまざまな人間関係の中にありながら、自分
自身を理解することができずに、あるいは相手に理解してもらえずに、あるいは相手が
理解できずに苦悩している人たちがほとんどである。
「私はこういう気持ちでいるのに、人の気持ちも知らないで、一方的に自分の考えを押
しつけてくるなんてとんでもない。」とお互いの気持ちのすれ違いがトラブルの背景に
ある。我々は、お互い自分の思いを相手に理解して欲しいという思いが先に立ち、自分
を主張する。その場合、お互いに相手を理解しようとする気持ちに余裕がないと、お互
いの自己主張の繰り返しとなり、エスカレートして、終いには対立抗争にまで発展して
しまう。あるいは、どちらかが妥協して、一方的に終わったり、対立したまま関係を終
えたりと、結局、互いに自分を理解してもらおうと努力したにもかかわらず、不毛に終
わってしまう。
どこにでも見られる光景だが、自己主張し相手を理解する余裕がないのはなぜだろう。
　それは恐怖があるからである。基本的に、関係性に恐怖が潜む場合、相手への理解は
あり得ない。常に恐怖に基づいた自己防衛と、猜疑心が強く、自己イメージ内で相手を
解釈し、その恐怖を払拭しようとする。こういう心理状態ではとうてい相手を理解でき
るものではない。あるのは、自己主張のかけひきばかりである。
　恐怖とは何であるか、自己の存続が脅かされることへの反応である。実際に他者から
脅かされることが原因で本能的に発する恐怖心や、自我の成長過程における人間関係の
疎外感から生ずる恐怖心まで実にさまざまな恐怖があるが、恐怖の根幹にあるものは自
己存在への危惧感である。ひとが自分の存在に危惧せざるを得なくなるときとは、絶え
ず自己存在を脅かされてきている場合であり、それは、環境的にも心理的にも絶えず自
分がなにかの攻撃にさらされているといった恐怖心である。しかし、生命が存在する世
界は、実際、常に自己の存在が攻撃にさらされている環境でもある。天変地異、、災
害、戦争、破壊、無差別殺戮、ストーカー、薬害、病気、事故、失敗、倒産、競
争・・・・今日のあらゆる状況はまさに自己の存在があらゆるレベルで攻撃にさらされ
ているようなものである。もちろんこういった攻撃から自己を守ろうとすることは、存
在の根幹にかかわることであるからそういった自己防衛は必然的である。
　しかし、ここで問題としている自己存在の恐怖心は、関係性の中に潜む恐怖心であ
る。それは、自己の成長のプロセスにおけるもっとも基本的な人間関係、たとえば親子
関係などから派生する恐怖心である。生命があらゆるものによって生かされている以
上、自己の存在はあらゆるものとの関わりそのものであるが、その関わりそのものを否
定されたり拒否されることは、自己の存在にかかわる由々しき事態となる。あらゆるも
のの存在は生命を支える関係であり、あらゆるものは自己を慈しみ育む生かす存在であ
り、自己もまたそのまま他を生かし育み慈しむ存在であるという慈悲や愛の本質が理解
できない状態にあることが恐怖であり、また、理解できないことが新たな恐怖を生むの
である。
　どんな関係性にせよ、互いに理解があれば崇高な愛に満ちた人間関係が生まれ、理解
がなければ殺伐とした憎悪に満ちた人間関係に終わる。
　「理解」があるためにはどうしたらよいのか。それを考えるには、自分を調べてみれ
ばよくわかる。自分が相手を理解しようとしない場合、あるいは理解できない場合を実
際に自分で調べてみればよい。
　たとえば、激しい自己主張（この場合自分が思う正論や正義・信仰・愛なども含め）
の背後にはたいてい恐怖心が潜む。個人的には自分が理解されないこと、自分が受け入
れてもらえないことへの潜在的恐怖心がある。その恐怖心は、その関係に何らかの依存
があり、その依存関係が壊れてしまうことを恐れることである。恐怖心が潜んでいる限
り、おびえたり、卑屈になったり、逆に先鋭化したり、攻撃的になったりとたとえどん
なに自己正当化の主張をしようと、恐怖心に基ずく異常性・狂気性を免れ得ない。どん
なに正義や神あるいは人を愛していたとしても、その存在に依存している限り、それを
失うことへの恐怖がある。愛するものを失うことは耐えがたい苦痛であり、それはごく
自然の感情であるが、問題は、その存在に依存する関係とは、それと一体化することに
よって自分を満たそうとするエゴイズムであり、それそのもののより、自分にとっての
それというように、自分本位である場合である。それを失うことに対するの自己憐憫や
恐怖心は、それを失うこと事態よりも、それを失うことによる自己の苦痛を恐れること
である。つまり自分にとって由々しきことであるが故に恐怖心がはたらき、はなはだ狼
狽し、必至にそれを守りそれにこだわることによって自己を守ろうとするのである。そ
れはますます狭量になり、猜疑心が強くなり、孤立化し、エゴイステイックになる。い
かにそれを愛し、信じているといっても、それは（あなたがいない人生なんてとても私
には考えられない。あなたが全てであるといいつつも自分の要求のみで）相手に依存し
ている自己中心的な思いである。相手を思っているかのようだが本質的には自分だけを
思っているに過ぎない。まして、愛するものを失うまいという恐怖心は、自分の都合の
いい愛をますます主張し、理解させようと躍起になる。それは、相手への愛や思いやり
や信仰というより、エゴ（自我）であり、だから、それが得られなくなったり、失うこ
とへの恐怖は、本人にとって耐え難い屈辱となる。愛や信仰という仮面をかぶった自己
主張や支配欲はかなりどん欲で巧妙である。そして、いったん相手が応じないとわかっ
た場合には、執拗なまで追いかけまわし、それでもダメだとなると激しい憎悪を抱き、
最終的には相手のもっとも弱いとするところを押さえたり、抹殺してでさえも自分のも
のにしようとする、恐ろしいまでの自己中心性を発揮する。これがエゴの正体である。
そのあさましさを餓鬼や修羅というかたちで表現している。しかし修羅や餓鬼、エゴと
いっても、本来の慈悲や愛を見失った状態に過ぎない。もともとは生かされたかけがえ
のない存在の影の部分であり、無明なるが故のあさましさに過ぎない。
　人間に内在するどんな問題も、愛の問題であり、本当の愛を理解できないものは、根
底にいい知れない不安と恐怖を抱く。それが飽くなき愛を求める餓鬼道に陥り、常に周
囲を不和と争いの修羅道に巻き込んでいく。それが現実である。そうした、依存性の強
い、精神的に自立できない大人が世界的に急増している。
　他人に愛を求めざるを得ないこころというものは、自分を愛せないでいる場合が多
い。自分を愛せないものはとうてい他人を愛することはできない。まして、真に「理解
する」という崇高な精神性からははなはだ逸脱せざるを得ない。
　孤独な人たちよ。相手に期待をするな。相手に依存をするから孤独になるのだ。相手
に依存をするから相手に振り回されるのだ。
　孤独な人たちよ。孤独を恐れるな。孤立を恐れず、独りあれ。独りあって、自分の孤
独の叫びを聴け。耐え難い恐怖におののく自分の声を聴け。自分の悲しみ、怒り、苦し
み、絶望の声を聴け。ただひたすら自分の声に傾聴せよ。ありのままの自分を見よ。そ
れが「理解」を生み、自己を恐怖から解放する。そしていつのまにか絶対の愛、大慈大
悲によって生かされている全く違った自分の存在に気づくであろう。ひとりひとりがあ
りのままの自分を理解しない限り、崇高な「理解」という精神性は開花できない。まず
自分自身を深く理解することだ。悲惨なエゴイズムの策謀がはこびる恐怖に満ちた地獄
にあって、そこで深く自分を見つめ、理解することだ。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

ああ！あの『鳥の歌』が聞こえる

　　ああ！あの『鳥の歌』が聞こえる

　先日、奈良の唐招提寺を尋ねた。鑑真大和尚を親りに拝することを得た。和尚のお部屋としてはい
ささかそぐわない襖絵に参詣者の目は降り注がれていたが、和尚と対面するにはその襖絵は不要であ
った。和尚晩年のお姿をそのままに映した乾漆のお像は、まさに和尚そのものの響きに他ならなず、和尚
の生彩は鳥の歌がさえずり渡る唐招提寺の境内全体に静かに、しかし颯颯として放たれていた。大勢
の参詣者のごったがえす中、しかし、誰にも妨げられことなく、三時間ほど、和尚と共に黙坐し、そこにと
どまることができた。
そこで、そのときに感じた貧詩一遍をここに献じたい。

　　鑑真和上に対面し、しばし黙座することを得たり。

　　緑風、辺りに満ち
　　清気、颯颯として御影堂を渡る。
　　和尚の光彩、わが心身を透徹す。
　　和上黙坐し、われ伏臥す。
　　和上ありて、われなく、和上の薫風伽藍に充ち、清々たり。
　　和上の黙雷あるを聞く。
　　滔々たり滔々たり、はなはだ滔々たるダンマ（宇宙法界に漲る大生命）の流れ。
　　渺々たり渺々たり、ははだ渺々たるダンマのいのち。
　　われ、ひたすらダンマを頂戴し、ただダンマを汝が瓶に瀉せるのみ。
　　導きたまえるはダンマなり。今この地に充るべきはダンマなり。
　　汝まさにこのダンマを了解し、ダンマに帰命すべし。
　　和尚の黙雷、天地を揺るがし、声無き声を辺りに轟かせたもう。
　　小僧、貧なりしかど、了解す。
　　和上、いのち懸けて大海を渡り招提せしは、まさに遍法界曼荼の体・ダンマなりと。
　　　　南無鑑真和尚南無鑑真和尚　南無鑑真大和尚

｛＊鑑真和尚（688-763）律宗の僧。中国揚州（江蘇省）の人。入唐僧栄叡、普照の熱望に応じ
て、日本へ渡ることを決意したが、五回失敗、さらに失明するという難にあう。六度目に漸く目的を達
し、天平勝宝六年（754）に来日して、唐招提寺を開創した。日本の仏教に初めて「戒律」という仏眼
を開かしめた祖師僧。｝

しかし、御堂を離れ、眼を世界に転ずれば、どうだろう。このささやかな寂寞をやぶって、世界に争い
は絶えない。悲惨な戦争の愚かしさはいつ果てるともなく続く。民族自立のためや政治的イデオロギーあ
るいは平和と安全を守るためと称して互いに正義や理念を振りかざし、戦っている。そして、争いには必
ず悲惨な犠牲者が伴う。しかし、戦争の渦中においては、非常事態のために、誰もその悲惨な犠牲者
に目をやれるものなどいない。かつて、仏陀釈迦牟尼佛の時代にも戦争はあった。釈迦も釈迦族の悲
惨な最期をまのあたりにしている。　人々はこの悲惨な争いを終えることはできないのだろうか。あの兄弟
達の悲しみを終わらすことができないのだろうか。どんな大儀があろうとそこに破壊や暴力という手段が
ある限り、殺戮の悲惨さからは逃れることはできない。
　パブロ・カルザスのあの『鳥の歌』が聞こえる。悲惨な魂のための鎮魂の歌が聞こえる。人々の心に
豊かな人間性と安らぎがが充ちて欲しいという願いが絶望の淵から聞こえてくる。
　鑑真和尚が命がけで護り伝えようとしたものも、また、悲惨な苦しみを終わらせるための佛の教えであ
った。人々は自らの暴力性に気づき、その悲惨さを目の当たりにして、その恐ろしさに目覚めない限り、
その破壊を終わらせることはない。我々怒りや恐怖の悲しみを乗り越えて、慈しみの心を取り戻さなくては
ならない。仏陀の慈悲を取り戻さなくてはならない。生けるものにも死せるものにもダンマは変わらずにあ
る。
　悲惨な戦争が終わりをつげるよう、祈る。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

あなたは世界である

　　あなたは世界である

　凛とした早朝、本堂での勤行を終え、いつものとおり渡り廊下を通って、位牌堂に向かい、ふと、何
気なく本堂の屋根の向こうを見上げ立ち止まってしまった。そこには、何ともいえぬ全き冬の美の瞬間が
あったからだ。
　まだ暗がりがする本堂と位牌堂の軒下の向こうには、なんと、高く、淡く透き通った明るい青空があっ
たことか。手前の屋根には黒々とした風鐸がどっしりとぶら下がり、その向こうに広がる空の前には高くそ
びえる木々があり、その伸びやかな幹から枝が無数に広がり天空を支えていた。細やかな枝の全てに
は、けさ降り積もったばかりの真っ白な粉雪の花々が一面に咲いていて、柔らかな朝日に輝きはじめよう
としていた。その、また向こうには有明の月が淡い空の青に融け込むように、しかしくっきりと存在してい
た。
　ここには、全く冬の美が存在していた。その美の輝きは、しかし、美しいからといって留めておくことも、
撮ることも全くできないものであった。
　位牌堂に入り、般若心経と観音経と光明真言の回向を済ませ、再び出てみると、もうそこにはあの凛
とした冬の全き美はどこかへ去ってしまっていた。
　一人の人間は、心理的には＜人類全体＞です。彼は人類全体を代表しているばかりではなく、ヒトと
いう種の全体なのです。彼は本質的に、人類の全精神です。この現実に対して、さまざまな文化は、
「人間はそれぞれ別である」という迷妄を押しつけてきました。人類は何世紀ものあいだこの迷妄にとらわ
れて、ついにこの迷妄が事実になってしまいました。もし人が、自分の心の構造の全体を綿密に観察す
るならば、「自分が苦しむときには、全人類もさまざまな程度に苦しんでいる」ということがわかるでしょう。も
しあなたが孤独であるなら、全人類はその孤独を知っています。苦悶、嫉妬、羨望、恐怖などは、みん
なにもわかっています。ですから、心理的、内面的には人間は他の人間と同じなのです。
　肉体的、生物学的な違いはあるでしょう。ある人は背が高く、ある人は背が低いなどということはあるで
しょう。ですが基本的にひとりの人間は、全人類の代表です。したがって心理的には『あなたは世界』な
のです。あなたは全人類に対して責任があるのであって、＜ひとりの分離した人間としてのあなた自身＞
に対してではありません。個々別々の分離した人間というのは断片化した精神がもたらした迷妄です。ヒ
トという種全体の代表として、あなたの応答は全体であり、部分なのではありません。
　『あなたは世界』であるという完全な意義のもとで、一人ひとりの人間は全世界に責任があります。そし
て、その責任というものは、世間でいう義務感や責任感とは全く異なるものです。強いて言えば、『全世
界にとって、あなたはかけがえのない存在』であるという『愛』であるのです。
　あなた自身があなたをつまらないものにしてしまうのは、無責任といわざるを得ません。あなた自身があな
たをかけがえのないものと感じて生きていくこと、これが全人類に対する責任であります。日常生活を通
し、『あなたは世界』であるという完全な意義すなわち「生きる術（アート）＝美」を学ばなくてはならないの
です。
　萬歳楽山人龍雲好久

ダンマに目覚めよう

ダンマに目覚めよう

　コンピューター２０００年問題で幕開けの今、みなさまはいかがお過ごしだろうか。
まさしく砂上の楼閣に過ぎない現代文明のもろさを実感させられているのであろうか。それとも、特に問
題も起こらずほっとしつつ、相変わらず、砂の城を構築し続けているのであろうか。いずれにしても、この
問題は砂上の楼閣というところにあるのではないだろうか。新しい年を迎え、お互い、この辺のところをし
っかりふまえねばならないと思う。
　さて、昨年、暮れに再放映された『２０世紀の映像の記録』は、人類のあまりの残酷さと醜悪さ、絶望
のどん底に苦しむ惨憺たる光景であり、悲痛きわまりない現実を映し出していた。あの虫けら同然に殺さ
れ死んでいった無数の人たちはいったい何だったのであろうか。あまりの悲惨な光景に戦慄をおぼえざる
を得なかった。
　彼らと私どもと一体どこに違いがあろうというのか。ブルドーザーでゴミのように埋め立てられたおびた
だしい数の死体、あれは、私であり、私の最愛なる肉親や兄弟、恋人、友人、先生や生徒ではないの
か。われわれは単なるゴミでしかないのであろうか。
　東西冷戦が終結した今なお、新たな民族問題や、宗教問題による紛争が絶えない。
いとも簡単に人のいのちは搾取され、しかも、なお地球滅亡をもたらす核の脅威からは全く解放されて
いない。
　人類は、直ちに、この醜悪な憎悪に満ちた闘争と破壊、限りない殺戮と搾取の歴史に終止符を打
つことができないものだろうか。滅びの歴史に終止符を打つことは不可能なのであろうか。
　西暦２０００年の新しい年というが、１０００年であろうが、２０００年であろうが、今を生きるわれわれにと
って、年々歳々時々刻々の一瞬一瞬が新しいのである。
　失われたいのちは決して戻ることはない。過去というものは「今という生の営み」がたどってきた軌跡で
はあるが、しかし、映像やコンピューターのようにリプレイし、過去に戻ることはできない。過去に戻ってのや
り直しは決してできない。あるのはただ今だけである。それが現実である。
　だが、いかなる無限の過去であろうとも、今がある限り、全ての過去は今の中に包含されている。一
瞬たりとも過去に戻ることはできないのではあるが、常に更新されてやまない今の中には全ての過去が内
在し続け、更新されている。過去が今をもたらしているが、その過去は今を生きることによってのみ存在し
うるということだ。
　その今がある限り、今というものは、その過去を直ちに終わらせることができ、全く新しい今を創造しうる
のである。その創造性を導くのは、人類の叡智をおいて他にない。
　また、未来は「今という生の営み」の無限の広がりを示している。
しかし、一瞬たりともこの身を明日に置くことはできない。コンピューターシュミレーションのように、未来を
今に描くことはできても、今を未来に置くことはできない。未来はあくまでも今の広がりであり、あるのは今だ
けである。そして、忌まわしい過去を終わらせ、限りない創造性に満ちた未来を切り開くことができるの
は、今をおいて他にない。それを可能にするのは人類の叡智である。
　「いや、今は無理だ。」「できっこない。」「そんな理想など通用しない。」「そのうち、いつか。」と言う限
り、叡智は開かれないし、時代の変革はあり得ない。有史以来繰り返してきた搾取と殺戮の忌まわしい
現実を終わらすことはできない。それは、悲惨な現実に直面しない精神の戯言に過ぎない。
　人類が歩んできた悲惨な現実を直視し、その恐ろしさと愚かさを目の当たりにして、何も感じず、自覚
しない精神であり続ける限り、人類の叡智は開かれてこない。
　自分を含め、あらゆるものの悲しみや怒り、絶望などの苦しみ、あるいは、喜びや安らぎに対し無頓
着、無関心でいる鈍感な精神は、叡智をもたらさない。
　なぜなら、叡智には慈悲が伴うからだ。慈悲がない限り、叡智は開かれない。そして、慈悲とは我が
子をいのちを賭しても慈しみはぐくみ育てようとする、あの母のこころであり、愚か者の悲惨な歴史に深い
悲しみをもって、なおも見捨てずにおられる慈愛のまなざしである。それは、不遇な霊魂を鎮魂し、あくたも
くたの中にあってなおも慈しみ救済せんと、脈々と大宇宙の根底に流れ続けるダンマのいのち流れであ
る。「今」を顕現せしむる圧倒的な力である。
　このダンマに目覚めようではないか。
　
　　　　　　　　　　　萬歳楽山沙門好久

バラモンよ、われもまた、耕し、種まく

萌え出でたばかりの葉群が風にそよぎ、５月の陽の光がキラキラと輝く季節。豊かな大地に這う農夫た
ちは寡黙に畑仕事にいそしみ、遠く子供たちの歓声や通り行く列車の音がかすかに響き渡る。このあた
りではそろそろ田に水を引くころだろう。生きとし生けるものの創造が発動するもっとも静謐で力強い瞬間
だ。
このような季節になると、いつも釈迦牟尼仏世尊が耕田と呼ばれるバラモンに対したときのことが偲ばれ
るのである。
あるとき、ゴーダマ・シッタールダ釈迦牟尼仏世尊（お釈迦様）は、インドのマガダ国の南山であるエカ
サーラというバラモン村におられた。そのころ、耕田と呼ばれるパーラドヴァージャというバラモンは種まき
の時にあたって、五百の鋤の用意を調えていた。
ある日の朝早く、世尊は法衣をつけ、鉢をとり、托鉢に出られた。そして、耕田といわれるバラモンのと
ころにおもむかれた。ちょうど、そのとき、かのバラモンは、人々に食べ物を分け与えているところであっ
た。世尊はその傍らにしばらく佇んでいた。バラモンはしばらく世尊を無視していたが、やおらして、世尊
にむかい、言い放った。
　「おい！そこの坊さん（沙門）よ。わしらはみな、自分で田畑を耕し、種をまき、一生懸命働いているう
だ。それでこうして食を得てるのだよ。坊さん（沙門）よ、乞食になるくらいなら、あんたもさ、そんなところに
ただ突っ立てないで、自分で田畑を耕し、種をまいて、しかる後に食を得たらどうかね。見たところ結構
丈夫そうじゃないか・・・ハッハッハ。」
これに対し世尊は無言でおられたが、世尊を気にしているバラモンの気持ちを察せられ、おもむろに、こ
う答えられた。
　「バラモンよ、われもまた、耕し、種まく。耕し種まいて、しかる後に食するのである」と。　だが、世尊は
実際には、鋤も持たないし、牛も引かない。だのに「われも耕し種まく」という。その意味を解しかねたバラ
モンは、再び世尊に向かって、言った。
　「これは異な事を・・・。坊さんよ、あんたは（われもまた耕し、種まく）というが、わしらはいまだかつて、あ
んたが田畑を耕しているところを見たことがないね。あんたの鋤はいったいどこにあるというんだね。あん
たの牛はいったいどこにいるというのかね」
　こう聞かれた世尊は続けて、語った。
　「バラモンよ、信仰はわが播く種である。智慧はわたしの耕す鋤である。身において、口において、また
意において悪業を摘みとるは、わたしの田における草取り（除草）である。精進はわが牛であって、行い
て退くことなく、行いて悲しむことがない。かくのごとくわたしは耕し、かくのごとくわたしは種をまいて、甘露
の果を収穫するのである」
　それを聞いたバラモンは、はっと気くことがあったらしく、真顔になって、世尊に向かい思わず「世尊よ」
と語り始めた。
　「なるほど、あなたは、そのような意味では、まさに優れたる農夫である。尊者が耕し播くというは、不死
の果のためであることを、今や、わたしは理解した。すばらしいことだ。すばらしいことだ。さあ、尊者よ。こ
の食を受け給え」
だが、世尊は、この施食をしりぞけて、説いて言った。
「偈（教え）を説いて、わたしは食を得るものではない。バラモンよ、このようなことは知見あるもののすること
ではない。覚者は、誦偈によって報酬を受けることはないということを知りなさい。バラモンよ、覚者は法
（ダンマ）に住するものであって、法（ダンマ）こそが覚者の生活の道である。されば、もろもろの煩悩つき
て、後悔をともなう行為をなすことなき、まったきダンマなる聖者に対しては、飯食をもって奉施するだけで
よい。かかる施食は、功徳を求める者の福田であるからである」
　これを聞いたかの耕田と呼ばれたバラモンは、釈迦牟尼仏世尊に深く帰依し、優婆塞（バラモンにあ
りながら仏陀の道を歩む者）として自ら修行し、長く世尊を供養しつづけたのである。
　さて、ここで仏陀はもちろん詭弁を弄したのではない。仏陀は世間の深い悲しみと苦しみを直視し、
人々の苦しみからの解放をめざされていた。仏陀は探求と苦行の末、大宇宙に透徹して流れるダンマ
に目覚られ、ひとりびとりが、この人生において、自らそのダンマに目覚め、顕わにすることこそが究極の
至福であることを覚られたのであった。すべてはダンマの流れにあってひとつであり、一なるダンマが
個々の新たなる生命の創造活動を通して常に新しく顕現している世界を悟られたのである。
　「耕田バラモン」とはとりもなおさず、この世に生命を受け、さまざまな生業を通して生活するわれわれ自
身のことである。「世尊」とは大宇宙の普遍的な真実に目覚めた人のことをいうが、実はこれもわれわれ
自身である。この観点で釈迦牟尼仏世尊は語りかけられている。「働く者よ、生ける者よ、人生の田を
耕し、関係性の悪業たる自我の草を怠りなく取り除きつつ、真我なる如来である真の自己に目覚めよ。
真の自己に耕し・ダンマなる種をまき・ダンマなるいのちの糧を供養せよ。ダンマはあくたもくたのわれわれ
自身、すなわち自他を含み越えたるところにこそ顕わになるのだ」と語り続けられている。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　　　龍雲好久

一つの繪

　　一つの繪

　もうこんな処には人も住まないだろうと思うほどだいぶ山奥深く分け入った。突然、視界が開け、その
山間の湖畔が目に入った。山また山が続くその谷間からはいくつかの滝がと渓流の流れがそこで合流
しているのが一望できた。湖畔の向この丘の一角にはいくつかの民家がひっそり身を寄せ合うようにして
あった。さらに湖畔の右奥の方には石畳が山奥に続きそこを辿ると、山の中腹当たりに五重塔があり、
さらに堂々とした立派な本堂が見えた。全てがスッポリと山々の気に溶け込んでいる。
　ちょうど私の傍に大きな山桜の木があって、見事に満開であった。その木の傍に腰を下ろし桜の花を
楽しみながら、思いがけず出会った仙境の春の眺望にしばし時を忘れていた。あちこちで鶯が鳴き、時
折峪わたる声が深くこだまし、微風がわたるたびに花びらが舞う。実に長閑である。岩肌が覗く山々に
は赤松が茂り美しく緑なし、遠く谷間の雲のように山桜があちこちに咲いてた。湖畔の色は何ともいえぬ
美しく優しい青をしていた。あちらこちらから清流が流れ込みその水しぶきは白く輝き飛び跳ねていた。ず
っと眺めているうちに、湖畔の左奥のほとりで蟻ほどに小さかったが、確かに人がたった独り、釣り糸を
垂れて楽しんでいる姿に目がとまった。
　その途端、全山に一体に「いのち」の息吹が圧倒する力で漲った。天地自然の全てがドンとそこに一
塊となって存在した。それはどこまでも広く、どこまでも閑かで、しかも「いのち」の本流で漲っていた。そこ
に、人がいなければ気づかなかった。そこに彼が座っていなければただの風景でしかなかった。
　いつの間にか、私は彼の傍らに座って湖畔を眺めていた。しばし、無言ながら会話を楽しんだ。
　この風景を描き出していたのは彼であった。彼は九十を遙かに超えた老人であった。大正時代に京
都絵画美術専門学校を卒業し、長いことある宮家の日本画の御前教師勤めていた。明治・大正・昭
和・平成の世界的な大転換機の激動の中を駆け抜けた人ではあったが、その境涯は仙境に棲む仙
人のごとき人生で、その人柄を慕う人は絶えることはなかった。
決して奢ることなく、名声をきらい、真実の人として隠遁し、あう人ごとに天地自然の理を示し続け、苦し
み悩む者の縁となり道しるべとなっていた。しかし、彼が実際に住んでいたのは、市街地のど真ん中、
すなわち市井にあって常に人々とともにあったのである。彼には家族はいたが、小さな一軒家に独り住ま
いであった。つい先日、この世を去った。程なくして、彼の住まいはマンションを建てるため取り壊されるこ
ととなり、彼の全ての遺品も含め二束三文で処分されることになった。たまたま知らずに現場を通りがか
った彼を慕う方が、この古老が六枚の唐ベニヤの襖に描いた大傑作がまさに無造作にはずされ、ゴミ
と一緒に打ち捨てられていたのを発見、涙ながらに遺族に懇願し、もらい受け、供養とのため寺に奉納
してきたのである。
　幸いなるかな！ここに無名の襖絵が残された。「独り生きること」の真の境涯を一枚の絵に顕した見事
さは、見る者をしてして感動させて止まない。無名に徹したが故のすごさであった。釈尊の教えが人類に
もたらされたことに匹敵する大作である。この無名の絵を天がこの世に残れたことに感謝したい。
　　　　　　　　　　　　　　　　龍雲　好久

一本の蝋燭

　毎日、本堂を開け放ち、過去帳を捲り．蝋燭と線香を供養しているが、本数の少なくなってきた灯明
と線香を手にして、ふと、・・・毎日生きているということは、いのちを燃しているということで、この一本の
蝋燭とまるで同じだな・・・としみじみ思う。
　蝋燭も私もいってみればこの世の素材によって、形造られ、火が燈され、生命を燃やし続けている。
大きく太い蝋燃もあれば、細くて短い蝋燭もある。風が吹いてゆらゆら消えかかる炎もあれば、カ強く輝
いているものもある。燃え尽きる寸前、最後の輝きを発するものもあれば、フッと消えてしまうものもある。
　明かりが点されて輝きだす灯火は、まさに、われわれのいのちそのものだな・・・
灯火は、しかし、私が一本の蝋燭を手にし、マッチで火を付けたものだ。一本の蝋燭からもう一本の蝋
燭へと火を受け継ぐことによって、そして、一本の蝋燭から、千本、万本と、いくらでも炎のいのちを分け
与え、受け継ぐことも出来る。しかし、炎というもの、私でいえばいのちというもの、これは何なのだろう。
　明らかに、蝋燭は私ではない。その炎も私ではない。しかし、その蝋燭を手にし、火を灯したのは私だ。
そして、私はその明りによって辺りを見ることができる。
　この一本の蝋燭が私自身であるならば、この造られた私を手にとして、いのちの炎を灯し、その私のい
のちを通して見ているものとは、一体、誰なのだろう。
　蝋燭の場合、「見ること」において、私と蝋燭と炎は結ばれている。しかし、蝋燭自体は、ただひたす
ら、点ぜられた火を、それこそ身を粉にして燃し続け、明かりを灯し続けているだけである。私はその蝋燭
が灯るのを利用して、世界を見、そして行動している。しかし、私はその明かりを使うことはあっても、世界
を見、行動することにおいて、その明かりに全く依存しているわけでもない。そもそも、この世界は、蝋燭の
明かりが照らし出すことはあっても、蝋燭自体が創り出した世界ではないからだ。蝋燭もこの世界の中
から生み出されたものである。その蝋燭が光を放つことによって世界をほのかに照らし出していはいる
が、そもそも、はじめから、明かりの有無によらず、世界はあり、私自身はそれを見るとい目を持っている。
私という目があり、認識することによって、蝋燭の光で世界を見るという行為が成り立つ。
　そこで、再び、こんどは、蝋燭を私自身にたとえれば、見ることにおいて、蝋燭である私と私の違いは、
もちろん生き物とそうでない物との違いだが、その私という意識と身体も、あの蝋燭と炎のように、いつか
は尽きるものである。ここで、問題にしようとしているのは、蝋燭の炎をすなわち私のいのちを通して見てい
るものは誰か？である。有限なる私を見ているものがあるとすればそれは有限性を越えた存在であろう
か。　確かに、蝋燭である私自身も、自分が燃えることによって世界を見ているが、その見る行為を見
ているものについては、私自身以上にはわからない。あの蝋燭が自分に明かりを灯すもののことを知らな
いように、私自身のいのちを灯すもののことについては知らない。蝋燭も私も知らないが、「存在する」と
いうことに深く関わったものである。私自身が生きることにおいて、世界を見、行動している、その私を存
在たらしめるものとは、一体、何なのであろうか。しかし、それを、神といったり、偶然といったり、森羅万
象の相互の法といったりするが、概念や知識によらず直にとらえることはできるのであろうか。何かの光り
で照らしている世界を見るという行為は、人間のみの行為であろうか。があるとすれば、私を通してをこの
世界の現象、すなわち、大宇宙大自然界の生死流転の現象も、このー本の蝋燭の明りに象徴される
ように、誰かが見て行動する行為そのものではないか。森羅万象全てが、何者かの見る行為を成立せ
しめていることではないのか。ー本の蝋燭である私を通して何者かが世界を見ている。私が見ているの
だが、その私は毎日寝たり覚めたり、風が吹くごとにあちこちに揺れながら、やがては本当に閉じてしまう
はかないいのちだ。私が見ているのだが、その私は断片的に条件づけられた狹い見かたそのものだ。あ
の小さな蝋燭がほんの一瞬キラリと輝くだけの線香花火でしかない。そのはかないいのちを通して見て行
為している見えざる何か、それは決っして見られる世界には無く、無為自然として在りて在りながらこの世
の私には決っしてとらえることのできない無であり空であるもの。ー本の蝋燭を燈し、辺りを照らし見る私、
光を通して、見る者と見られ
る物との世界に在りながら、自らは決っして見られるものでないもの、光そのものを生み出すもの、光を発
生させ続けるもの、それは何か。世界を創造し、しかも世界と別に在るものではなく、かといって、世界に
還元出来るものではない。世界そのものであって、世界を超えているもの。世界をおいて他になく、世界
ではないもの。いったいそれは何者か。名付けるのは無意味だが、人類はこれを工ル・ヤハヴェ・アモ
ン・アミー・アメンラー・ブッダ・ダルマ・ダンマ・神・叡智・グノーシス・真実・空・タターガタ・び盧遮那・
無量壽・遍照金剛・・・様々な名前をつけたが、名無き存在・すなわち、ー切の条件付けから自由で
解放されていることを示そうめしたのである。
　以上のことをー本の蝋燭を手にしながらー瞬にして感じた。
蝋燭の灯る炎の光をわれわれ生命の炎と見るならば、その炎は誰が灯しているのか、なぜ灯しているの
か、燃え尽きてどうなるのか。炎がこの世の物を燃やし続けて見る行為であるなら、われわれの個々のい
のちも燃えながら見る行為である。われわれは見る行為であるなら、見るものは誰か。もちろん蝋燭でもな
いし、蝋燭を灯す私でもない。というのも、見る者としての私があれば、それは蝋燭が無ければ見ること
ができないのである。実は蝋燭も、明かりも、それを用いて見ようとする私も、そして世界も見るということ
でーつであるのだ。先に亡った母も妹も、めぐり合った多くの人々も動物も植物も、ともに生きてきた生命
体であるが、生滅に関わらず、見ることはひとつである。個々の生命において、それぞれが、「私が見
る」ということだが、実は、「見ているのは私ではない」。なぜなら、他のものと同様、私の身体、行動、精
神や心に思うことは全て私自信が「見ることができるもの」だからである。しかし、その「見ている自分
は？」と問えば「見続けるもの」であり、見続ける「自分は？」と問えば、自分は見られ，やがて消えてし
まって、見ることができなくなるであろう自分が出てくる。この過程では，見る行為が「有限な自分」を超え
ることはない。このような有限な私ではない「見るもの」が見えてこない。つまり、「自分が消えれば見る世
界も消える」という世界である。私が見る限りにおいて、見ることはどうしても「私」に依存している。それを
真我と呼ぼうが、自我といおうが、アートマンであろうが、ブラフマンであろうが見る者である「私」がある
のであって、いづれにせよ、この私が無ければ見ることもない世界なのである。では、「見る」ことは私の行
為であるのだろうか。私がー本の蝋燭であるなら、蝋が燃え尽きれば炎も消え、真っ暗になる。しかし、
生命が引き継がれるように、炎が他の蝋燭によって引きつがれるかぎり炎は消えない。しかし、いくら永
遠に引き継がれる炎であろうとも、炎の有限性は変わらない。見ることは炎に依存しているのだろうか。
炎は蝋に依存しているのだろうか。見ることは暗明に依存しているのだろうか。見ること見られることは光
の有無に依存しているのだろうか。炎の光によって見えるものや見るものは炎の有無によって生滅するの
ではない。幻影を見ることと真実を見ることの違いは何であろうか。見る対象であろうか、見る者であろう
か。幻影は見る者の中に含まれ、見る者に依存するが、真実は見る者の中に含まれず、真実は真実
であって、見る者に依存してはいない。では、誰が真実を真実と判断するのであろうか。ここで再び「誰」
がという「私」の属性が出てくる。この「誰」が誰であろうと、たとえ、佛陀を名のろうが、大師を名のろう
が、キリストや神を名のろうが、誰という中に私と“う属性が含まれるから、これは真実だと判断する者が
ある限り、真実ではない。すなわち、偽りになるのである。っまり、私という属性の無いところで真実は明ら
かにされる。私という属性が無いところといえば消滅を超えたところだ。私の有無にかかわらぬところに
ある。私の有無にかかわらぬところといえば、「全」である。「全」は「私」に含まれないが、「私」は「全」に
含まれる。この意味で「全」は「私」に無関係なのではなく、私を全て包含している。世界中に表れれて
いる「私」を全て包含しているものだ。

叡智を切り開くとき

叡智を切り開くとき

　この世に生を頂戴したわれわれは、肉体的遺伝的条件付け、家庭や社会や自然を含む環境的条
件付けの中で、自己の成長のプロセスの中から自我に目覚め、さまざまな縁や関わりを通し、精神を発
達成長させつつ、自己の使命を果たし、死に行く。この生老病死のプロセスは、この世に生を受けたも
のの変わることのないプロセスであるが、いったい、この大宇宙大自然界に渡るこのプロセスはどこに向
ってのものなのであろうか？
　この問いは人類の永遠のテーマであり、今も問い続けられている。
　しかも、この問いが発せられるときというのは、決まって、人類が困難な問題に直面しているときである。
そして、人類の歴史上、この困難な問題を乗り越えるときには、決まって、叡智が働いてきた。その叡智
とは従来の培われてきた智恵だけではどうすることもできない局面に立たされ、万策つきたとき、それらの
あらゆる問題をすべて含みつつ超えていく全く新しいあり方が忽然と顕れる。しかし、叡智が働かない限
り人類は困難な問題に振り回され続けなければならない。
　産業革命以来、人類は科学の飛躍的進歩により、それまでの民族や国家中心の神話中心
未熟な世界から脱出して、科学的合理的普遍的進化を遂げてきた。しかし、反面、それに伴い、人類
はかつて経験したことも無い重大な危機に直面しているのも周知の事実である。　今日、ようやく、自然
と人間と科学の調和についてはエコシステムとして考えるようになってはきているものの、もっと重要なこ
と、すなわち、科学万能主義が落ちこぼしてきた人類の内面性の問題、その未熟さが、今日、最大の
課題となって重大な危機を招きかねないのだ。
　「インターネットは全地球的なグローバルな意識をさしているのではないか？」と尋ねられた現代最高の
思想家のひとりケン・ウィルバーが言い放ったように「ナチスにネットを持たせて、何かいいことあります
か？」そこが問題となっている。問題は、人類の叡智が働かない怠惰で愚鈍な精神にある。怠惰で
愚鈍な精神とは文字通り怠け者で鈍い精神ということであるが、しかし、単に役立たずで鈍感な精神と
いうことではない。それは、あらゆる今日的条件付けによって拘束され、麻痺してしまった精神をいう。狭
いエゴ（自己中心性）やファシズム化した精神。有限なる生のあり方に縛り付けられるあまり、不安や恐
怖に怯え孤独にさいなまれていた精神。混乱や苦しみに耐え切れず自己逃避している精神。すなわ
ち、脆くてはかない人間がより強大で普遍なる神、理念、イデオロギーや法則に必死にすがりつき、安
定や安心を得ようと、それら人間が描き出した架空のビジョン等に自己同一化している精神は、本来
自己が内在させている探求心や創造性を萎縮させ、叡智を働かせるどころか、逆に妄信狂信に突っ
走り、ますます狭隘化した自己や国家社会を形成し、あげくの果てに惨事を招いている。
　「もっと憂慮すべきなのは、情報ハイウェイを走っている多くの男性はデジタル爬虫類で、自己中心的
なコンピューターおたくであり、間主観的な協力や相互認識のことなどちっともかまわないのです。ほとん
どの人々は、残念なことに、まだ前慣習的、慣習的な知覚モードにあり、自我中心、自民族中心的で
す。どんなシステム地図も、インターネットも自動的にこれを変えさせることはできない。内面的な変容を促
進することはできないのです。むしろほとんどの場合、逆であって、退行または停止に力を貸してしまうの
です。」（『万物の歴史』）とウィルバーが指摘するように、今日の困難なさまざまな世界問題の危機は
「叡智が作動していない！」という深刻さにある。
　いったい、このおろかな人類を含めた大宇宙大自然界に渡るこのプロセスはどこに向ってのものなの
であろうか？破滅なのであろうか、それとも飛躍的進歩であるのか？
　それを決定するのは明らかに万物の叡智である。その叡智が顕現するには人類の内面的進化が欠
かせない。人類の内面的進化を促すものは、まさしく、ありのままの現実を直視する人類一人一人がも
つ内面からの自己凝視、すなわち、観法である。黙想、瞑想、禅定
といわれた内観である。
　人類一人一人が自分の人生すなわち、自己の肉体的、内面的、社会的、文化的ありのままの状況
を自己の心の鏡に映し出して観照し続ける自己凝視することによって、他の生命では達せられなかっ
た、人類によって初めて切り開かれ、到達できる深い内面性から顕現する叡智！この叡智は個別の
人類にあるのではなく万物の深い内面性の中に浸透しており、個個の意識が世界全体に広がったとき
に忽然と顕れるものである。かつての先達、仏陀やキリストが何度もいうように、今日、人類一人一人
が、神話や妄信の偽宗教心を脱して、自己の内面性を真剣に見つめ、叡智を切り開き、ダンマを顕
現させなければならないる時代に入った。すなわち「あなたは世界である」のだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人龍雲好久

永遠と不生（その１）

　
　私たちの心の中では、ほとんどが、過去・現在・未来という時間の枠と、ここからあそこという空間の枠
と、これによりあれが生ずるという原因と結果の枠の内で、物事を見、考え、行動している。そもそもこうし
た感覚はすでに我々が「生まれ、行動し、生きていく」というとというプロセスそのものとして、刻印された
感覚である。これらは地球を取りまく宇宙環境の中で循環と運動リズムであり、それによってもたらされ
た、春夏秋冬、昼夜の別、あるいは夜の眠りや朝の目覚めである。その繰り返しであり、また、潮の満ち
干に現れる引力や重力の作用である。そのような自然界のリズムや関係性によってによって、何十億
年をかけて刻印されてきた、時間的空間的「感覚」である。
　あらゆる生命が植物の種子のように発芽（生）、成長、開花、結実、衰退、腐敗（滅）のプロセス経
ながら、刻々と新たないのちが出現と死滅を繰り返しながら、種を保存し、進化している。こうしたプロセ
ス、あるいは、水のように大自然界を循環し、生命や環境を保全する働きようなプロセスが、我々の時
間的空間的感覚をもたらすもととなっている。
それは、もちろん、大宇宙大自然界の全体に流れる生命の営みとして重要な自己感覚である。この感
覚を通し、人間は永い進化のプロセスを経て、全体として宇宙界における働きを直感的に享受する右
脳の働きと、分析的、概念的、経験的な左脳の働きと、さらに、それを統合的に判断行動する精神の
働きを発達させてきたといわれているが、だが、人類の遺産として残された遺跡や経典などの文物を見
ていると、広大無辺な大宇宙の力をダイレクトに直感的に享受し、新たなものを創造する能力や技術は
発達してきたと云うより、退化しててしまったと云わざるを得ない。
　それは当然、自然を神々として崇め、自然にも神々が宿り、動物にも植物にも鉱物にもそして我々自
身の五臓六腑、細胞の一つ一つにも魂と心が宿るという感覚は萎えてしまった。その最大の背景は一
神教という砂漠に暮らすものの厳しい掟から育まれた、概念論的宗教が世界を侵略し蔓延化する一
方、産業革命以降発達してきた物質的な科学文明と近代合理主義により、右脳的直感力は退化せ
ざるを得なかった。彼らは絶対なる神と永遠のいのちと正義による裁きに基づいて忠誠心涵養し、千年
王国建設の美酒に酔いしれ、繁栄と発展を数と力によって世界中でグローバルにまとめあげべく、神
の愛の旗印の下、教会や協会を拠点とし、侵略と支配を繰り返してきた。もちろん、世界大戦もその延
長上にあった。それは、自然界の生命を蔑視するものでありながら、一方では神の愛を掲げ、神の愛の
名の元に慈善事業として悩み苦しむものの救済にあたってきた。神の愛のもと片方に刃を片方にバイブ
ルを手に・・・・この構図は宗教や政治的イデオロギーとそれぞれの国家観、たとえば神国・自由主義
国家・イスラーム国家・社会主義国家・共産主義国家などなどそれぞれの世界観に基づいて覇権を
争ってきたし、今日もなおそうである。手に持つ武器は諸刃の剣から核爆弾に至るまで、個々のいのちよ
りも神やイデオロギーの普遍性や永遠性を死守し、悪魔と神の二面性、搾取と享受の二面性をさらけ
出しながら、世界経済市場を操り、熾烈なまでの戦いに走る。その操作は一個人であろうが、国家や
民族総動員によるものであろうが、構造は同質で、自己の繁栄をいかに世界にまで深く浸透させるかと
いう巧妙な世界侵略構想をもとになされる、こんにちではすでに、インドや中国などが世界の座を大きく塗
り替えつつあるが、もちろん、これは、序の口で、これから先どのような展開になるか、その驚異的な潜在
能力は計り知れない。だが、ここでも、忘れてはならないことがはっきりしている！その繁栄の構図には大
きな欠陥と落とし穴があるというここと。もちろん彼らはその様に指摘しても聞く耳は持たないどころか、恐
ろしく多忙で、結果が出ている内は自信に満ち満ちている。だが、それはすでにこれまで先進国といわ
れてきていたものが辿ってきた破綻をきたした欲望の渦である。その欲望の渦の中心が移動したに過ぎ
ない。彼らはその激しい渦を掟（宗教やイデオロギーなど）によってコントロールできると豪語するるが、そ
の掟は絶えず異端者を排斥するか取り込むかのどちらかで自己中心性は変わらない。つまり、どんな
高邁な理念を掲げようとも、結局、世界を搾取しているに過ぎない。
　このような時期に我々人類に不可欠のものは「不生」という真実を見抜く「眼」である。
「この世は歴時的因果によって成り立つ。その歴時的因果を無視した永遠なるものに執着することは、
虚妄なる現実を直視できない自己逃避であり、現実を破壊するするものである」こと。「全ては決して停
滞することのなく変滅するものであり、無自性のものであるからそれを知らないで我執を張って苦しむな」と
いう現実直視の直感力である。
　矛盾に満ちた繁栄から置き去りにされたものは、ややもすれば、迷信や幻想に狂走しかねなく、無為
と虚脱感が充満する死に体を晒す。そう！それは、まさに、この日本直面しているあのていたらくである。
何という有様であろうか。とくに、憂えるべきは、将来を担うべき若者の現実である。中学生や高校生や
大学生のレベルは地に貧した感がある。彼らの学力の実態を知っているだろうか。実際に教鞭を執るも
のたちに尋ねてみる良い。彼らはこれだけ教育のレベルの高い国家に住んでおりながら、基本的読み
書き算数が全くできていないまま、基礎学力に欠けたまま大学進学をしているため、全く大学の授業に
ついて行けないというより、小・中・高どのレベルでもついて行けないまま進学している異常事態が発生
している。これは、基礎学習能力が全く身につかないまま大人になっていくのだから、学生時代はともか
く、家庭を持ったり、社会で働くといったときどうなるかは推して知るべしである。世界を相手にしたとき、い
まの日本は土台が崩れてしまっているので将来性はないと判断されているのが現実である。子どもたち
は二極分化し、中間層がない。おそらく、有能なものは国を出て、激しい競争の中で、利用されるだけ
利用され、やがて、身も心もぼろぼろになり役立たなければ、捨てられるであろう。無能なものは無能なも
ので、行き場がなく、しかも貧しくなった国の中で、理解力も判断力も応用力もなく創造力ももなく、搾取さ
れ、あげくの果てにぽいと捨てられたホームレスが続出するのはむしろ、これからが本番を迎える、しかも
かなり長い期間を通してである。まさに、虚構なゴーストタウン国家の始まりかもしれない。
　そんなことを思いながら、凍てつく様な寒さの中、本堂の戸を開けようとする手に、幽かな朝日差してい
る。おお！何という柔らかな温もりであろう。この日差しは間違いなくあの太陽からはるばるとここまでやっ
てきてくれた温もりの光だ。そう思うと、何とも愛おしくなり、手をお椀の様にその柔らかな日差しをいっぱい
に頂戴した。ふと足元を見ると二十五年は生きている捨てられて寺に住み着いた老描が濡れ縁の日
向を求めてよってきた。空気は冷たい。人は全てを失わないと大事なことに気づかないのであろうか？
　本年は、釈尊の不生不滅・不常不断・不一不異・不来・不去を探求したい。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　龍雲好久

永遠の命

　　永遠の命

　今回は、「永遠の生命」という困難ではあるが魅惑的な内容について触れてみたい。筆者は役目
上、この問題について無視できない立場にいつも立たされていて、切実である。
　表現のまずしさから理解しがたいと思われるだろうがか、是非、言外にあるものをくみ取っていただき、
あなた自身の人生の探求に資していただければ幸いである。　
　人生を通し、われわれの意識は全体のほんのわずかしか表面化されていない。自分だ、自分だとは
いえ、この自我は本来の自分のほんの１０パーセントにも満たないものである。この現象界におけるわれ
われ自身は、身心とも、本来の生命の海面上に現われた氷山の一角でしかなく、そのいのちの大半の
ものは意識の海深く潜在されていて無意識的である。しかも、潜在された意識の奥深くに至れば至るほ
ど、あらゆる生命はより広く、より深く統合化され、最終的には全て一つのいのちとして存在している。
　この世界は３次元に現れた物質界ではあるが、その背後には４次元以降多次元の世界が広がって
おり、すべて包み込まれている。仏教では物質界や物質を超えた多次元の世界を「色」といい、広大
無辺なあらゆる次元を統合する普遍性を「空」と表現する。
　物質界に現れたわれわれは両親を縁とし、先祖代々から受けつがつがれた地上の環境と肉体とい
う船に乗り人生行路の海原へ旅している。われわれの五感六根からなる身心は遺伝子や自然や社会
などの環境の縁により、形成され成長し、花を咲かせ、結実、種子をまき、やがて朽ちて物質界に還元
されていくものである。だが、それは本来の生命体の３次元上のごく表面的変化の過程に過ぎない。物
質界は集合・離散を繰り返し存在の可塑性の柔軟さを保つ。しかし、生命というものは全て遺伝子によ
るプログラミングでだけで存在しているのではない。その背後からは広大無辺な宇宙生命の流れが入り
込んでいる。その背後にある統合された全宇宙のいのちの流れ、ダンマ（正法）を理解できない限り、遺
伝子情報の本来の意味をひもとくことはできないだろう。
　広大無辺ないのちの流れこそわれわれ自身の本性なのである。生死流転のこの現象界を通し、われ
われは永遠のいのちの営みを続けている。「いのちが吹き込まれる」という言葉があるが、まさに正確な
表現である。そのいのちに繋がるものが意識であり、心であり、魂であり、霊性であり、そしてダンマであ
る。
　死によって、われわれはこの現象界の肉体という着物を脱ぎ捨てるように、あるいはさなぎから脱皮す
るように、新たな４次元以降の意識体を身につける。その意識は死の直後しばらくは自我を保持する
が、やがて、徐々にこれまで無意識的であった本来の自分の意識に同化される。その意識の同化作
用は個から全へと段階的に進み、その意識体は段階ごとに脱皮される。すなわち、次元を超えるごとに
意識のレベルが上がり、死と再生を繰り返しつつ、やがて釈尊が至った涅槃という転生輪廻を超えた
境地に到達する。しかし、到達すると言っても、われわれの個我が無我にたどり着くのではなく、意識が
拡大することを意味する。大宇宙全体として時空の分離が無い状態になるということである。それゆえ、
悟りは時間の問題ではなく、いま、この身において即（たちまち）至るものなのだが、迷妄するかぎり輪廻の
プロセスを踏まざるを得ないのだ。
　物質界はあらゆる生命体が個別化のプロセスとして顕現し、しかも背景に相互関係、相互供養によ
って全体として存在するように仕組まれている。この個別的に集中する流れと全体的に拡大する流れ
が拮抗する中で、意識の変容が促されるようにできているのだが、しばしば、分離や破壊を通して苦悩
の人生を送ることになる。その身心を通した激しい苦痛が身体を傷つけ、心を傷つけ、魂を傷つけ、霊
性を傷つけ、それらがパラノイアとして蓄積されカルマ（業）となり、地獄界から天国や極楽の意識界を
形成し因縁生起の宿業としてはたらいてしまう。しかし！しかし！地獄も極楽もその意識が投影された
世界であり、それはあくまで「カルマの浄化と魂の治癒のための自浄的プロセス」なのである！だから、
生死流転を繰り返すといっても、それは大宇宙体の本来のいのちの営みを実現しようとする、われわれ
自身のカルマの軌道修正（メタノイア）の流れにほかならない。（それは、この地上界においてもいえること
であるが）
　つまり、われわれは死んだら灰やゴミになるのではなく、生命体として生き続ける存在であるということで
あるが、その死後の世界を決定するものはわれわれ自身の意識であるということ。地獄も極楽もわれわ
れ自身が決めているとうことである。死んだら何もかもなくなって楽になると思っている人には、”冗談じゃ
ないよ！”の世界であり、死を恐れている人には”なーんだ、あの世はこの世と同じように何でもそろってい
る世界だ。父母兄弟友人知人と再会で来る”懐かしい世界なのである。もちろんそれは意識界である
がゆえであり、全て「自己が投影した魂の世界」であるということである。なぜそうなのか、それはカルマの
修正と浄化、傷ついた霊魂の癒しのための意識のプログラムがはたらいているからにほかならない。
　そこで、肝心なことは、では、カルマの浄化、傷ついた霊魂の癒しはいかにしておきるかという問題であ
る。この現象界を含め、あらゆる霊界を形成するものは意識界にほかならず、その意識界は自己の本
質であり、自己をあるがままに観察する自己理解によってのみ真の癒しと浄化は起こるということだ。この
ことは、たとえいかなる死後の世界においてであろうと、この現象界のわれわれ自身の今の心のあり方と
決して変わるところがない「心の問題」であるということだ。ということは、死後、極楽に再生しようが、地
獄に再生しようが自己凝視することによって初めて自己の本質に気づくことができ、それがカルマを浄
化し傷ついた魂をいやし、安心を得るということにほかならない。
　弘法大師空海が告げておられる。「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死
んで死の終わりに冥（くら）し」。そして、「ありのままの自分を見つめ理解し、本質に気づきなさい！」と。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

恩を感じ　心にとどめる

恩を感じ　心にとどめる

　あわただしく一斉に咲き出した草木の花々の時も過ぎて、新緑が心地よい風に揺れ、
小鳥たちが喜々と光に戯れる季節を迎えた。
　人の住む世界は雑草を嫌い、手入れされた可憐な花を好み、今頃は、草取りに余念が
ない。街に出ると、高齢の人たちが大勢、街角の花壇や空き地、通路脇などの草取りを
している。もう七十を超えたような人たちばかりである。戦前、戦中、戦後の激動の混
乱期を必死に生き抜いて、今日の社会を支えてきた人たちなのだが、老いているとはい
え、談笑しつつ奉仕活動をしている姿には、どこか連帯が醸し出す力のようなものを感
じる。これは、ともに人生の喜びや苦悩の年輪を深く刻みながら生き抜いてきた重みと
いうものなのであろうか。
　ふと、イラクのことが頭をよぎった。内には圧政、外においては戦争によって二重に
踏みにじられてきたイラクの人々の、思いもよらない略奪や混乱。果たして戦後復興が
どのように為されていくか。彼ら自身の力にかかっているだけに、その国民性はどうな
っているのか危惧せざるを得ない。今こそ、後生のために、しっかりと国造りを目指し
て欲しいものである。
　仏道の教えに「世間において得がたい二人とはだれか。一人は先に恩を施す人であ
る。他は恩を知り恩に感ずる人である。」というものがある。「恩」とは「あらゆる恵
みや、生かし育み助ける根本の原因を心で感じ、心にとどめること」をいう。原因の
「因」と心にとどめる「心」を組み合わせて「恩」と表記する。
　恩を心に念ずることは、仏道修行の大切な要素になっている。しかし、もちろん、こ
れは「世話になっているのだから感謝しなさい。」と、他から強制されるようなあり方
ではなく、自分自身が感ずる資質を指している。このような資質は「自己を見つめる」
という内観のプロセスによって育まれるものであるが、しかし、決して人間のみがそう
いう資質を持つものではなく、自然を注意深く見つめると、動物にも植物にも具わって
いる資質でもある。いや、むしろ、彼らの方が人間より素直であるのかも知れない。
　しかし、人間の愚かさは「誤解」による「思いこみ」の行動にある。人間のあらゆる
問題の根底にあるものは、この「誤解による思い込みの行動」に発している。仏教では
これを貪・瞋・痴の煩悩から生ずると捉えて厳しい自己省察を加える。「貪りによる愚
かさ（痴）はいかり（瞋）を生む」と見て取る。「誤解」の問題は身近な生活から政
治・経済、科学、さらには国際社会にいたるまで全ての分野で生起しており、特に手が
付けられないのは信念や信仰と同化した「真理」への「誤解」である。これがあるかぎ
り「恩」という真意を理解することは不可能になる。もちろん「真理を誤解する社会」
においても「恩」の概念は利用され、「忠誠心」とともに「絶対者の恩に報ずべき」こ
とが強要される。しかし、こうした「権力の構造」を支える「恩」に対するあり方は
「強要」であって「恩」ではない。知性を持つ人間であるからこそ「誤解」も生じやす
く、それだからこそ「自己を見つめる」ことによって「恩」を理解することが必要なの
である。
　あくまでも「恩」は「自分自身」が「世界」との関係において、「自分自身が感得す
る」ことがきわめて重要である。
　さて、戦後の混乱期をのり越えて今日の繁栄を築いてきた日本ではあるけれど、果た
して、本当にのり越えてきたといえるのであろうか。「日本はイラクとは違った」と単
純には言えるものであろうか。われわれはここをよく見据えねばならないと思う。
　弘法大師が引用された『大乗本生心地観経』（本来持って生まれた心地すなわち仏性
をありのままに観察する経（おしえ））に「四恩」が説かれている。
　四恩とは「父母の恩」・「国王の恩」・「衆生の恩」・「三宝の恩」の四つの恩を指
す。
紙面の都合上、いちいちの解説は省かざるを得ないが、ここで言う「国王」というの
は、無論、「独裁者」を意味するものではない。実は、「独裁者」は「国王」ではない
のである。もちろん、「国王」を独裁者として利用し、覇権を握ろうとする者もある
が、しかし、「国王」は国家を象徴し、代表する総括責任者で、国民一人一人をわが身
と感じ守る者であり、国の長であるのであって、けっして独裁者ではない。
　「国王」と「独裁者」の違いは今日のイラク戦争の混乱で明らかに理解される。
「国王」は「国民の象徴」であるが、「独裁者」は「権力の象徴」である。
　「国王」は「国民」を守るためには「自らを犠牲にする」ことも厭わないが、「独裁
者」はあくまで自己保身のために「人々を抑圧し、犠牲にする」。
　四恩が説かれた時代は古い時代で、「国王」による統括の時代で、国家的に未熟な時
代であって、近代国家や現代のわれわれの時代感覚にははそぐわないと主張する向きも
あるが、ここで、考えたいことは「親と子」・「国家と国民」・「個人と社会」・「宗
教とわれわれ」といった基本的な関係のなかで、「恩」を知り、感ずることの意味であ
った。
　自由の名の下に個人の利権ばかりを主張すること、あるいは絶対者に忠誠を近い滅私
奉公することは何れも不幸であることは、今日を見れば一目瞭然である。
　「家庭における個人」、「社会における個人や家庭」、「国における地方社会や個
人」、「国際社会における国家や個人」のあり方がどうあるべきか問われている現代に
おいて、「個」の「全体」い対する「恩」の感じ方がいかに大切であるかを考えたかっ
た。
　「恩」がわからなくなってしまったら、まさしく、人類は不幸であるといわざるを得
ないのではないか。
　一見、古風に見える「恩」、しかし、これを見失ってきた現代の諸問題は他国を嘲笑
できるものではない。日本は内面から腐りかけ、崩壊しつつあるのではないか。
　小生を含め、お互い、「恩」の意味を凝視しようではないか。
　再び言おう、「世間において得がたい二人とはだれか。一人は先に恩を施す人であ
る。他は恩を知り恩に感ずる人である。」
　
萬歳楽山人　龍雲好久

花の香りのごとし

花の香りのごとし

　暑さがまだ残るとはいえ、朝晩めっきり涼しくなってきた。この夏は境内の蓮が例年
になくたくさんの花を咲かせてくれたが、聞くところによると朝顔や梨などはいつもよ
りかなり小さかったという。夜は秋の虫が美しい音色でしきりに鳴いている。お盆の慌
ただしさも過ぎてようやく落ち着いた季節を迎えられるはずなのだが、収穫前、この近
くの里山では異変が起きている。熊やカモシカ、イノシシ、猿、ハクビシン、狸などが
異常に増えて、出没しているのだ。夜中、おとなしいコーギーを連れて散歩しているの
だが、確かに、しんと静まりかえった果樹畑や森の奥で突然、彼らが前を横切ったり、
後ろからついてきたり、がさがさと緊迫した気配を感ずることが多くなった。眼下に見
える街の灯りを楽しむ余裕はない。
　熊は桃の木などをばきばきと折り、実を全て食べてしまい、まさに恐怖である。最近
は200頭ばかり群れをなし行動する猿の集団が移動してきて、農作物は深刻なダメージを
受けている。とはいえ、辺りはコロコロとコオロギが鳴き、点在する家々の明かりがぽ
っと灯るそこには、これら全ての恐怖を圧倒してしまう静寂そのものがあった。
　さて、今回は秋の夜長にじっくりと探求していただくために、仏陀の説き示された
「花の香りのごとし」という話をしよう。

　
　
　かようにわたしは聞いた。
　ある時、多数の長老の比丘が、コーサンビーのゴーシク園にいた。その時、長老ケー
マとダーサカとの間に、かような問答が交わされた。
　「友ケーマよ、なんじは説いて、我ありとなすのは、何を指して我ありというのであ
るか。肉体（色）が我なりというのであるか。肉体を離れて我ありというのであるか。
あるいは、受（感受性）を、想（想念）を、行（意志行為）を、識（認識）を指して、
それが我であるというのであるか。それとも、それらを離れて、なお我ありと説くので
あるか。友ケーマよ、なんじが我ありとなすのは、何を指して、我ありというのである
か。」
　「友だちよ、私は、肉体（色）が我であると言うのではない。また、受や、想や、行
や、識やを指して、これが我であると言うのでもない。あるいはまた、それらを離れて
別に我があるというのでもない。
　友だちよ、たとえば、ウパーラやパードンマやフンダリケ（白蓮華）の花のかおりの
ごときものである。もし人ありて、弁に香りがあると言ったならば、それは正しいであ
ろうか。また、茎に香りがある、あるいはまた、花の蕊に香りがあると説いたならば、
それは正しい説きかたであろうか。」
　「友ケーマよ、それは正しくない。」
　「では、友だちよ、どのように答えたならば、正しい答であろうか。」
　「友よ、それはやはり、花に香りがあると答えるのが、正しい答である。」
　「友だちよ、そのように、私は、肉体（色）が我であると説くのでもなく、また、受や想や、行や識やを指して、それらが我であると言うのでもない。あるいはまた、それらを離れて、別に我があるのだと説くのでもないのである。友だちよ、私は、肉体と精神の総体（五蘊）において、我があると見るのではあるが、また、これがわが所有（もの）と見るのでもないのである、」　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　さて、これは仏典の『南伝　相応部経典　二二、八九　差摩』と『漢訳　雑阿含経　九、一〇三』に出ている「花の香りのごとし」という話である。短いながら最も重要な「無我」についてわかりやすく示している。仏教に限らず世界には古今東西さまざまな信仰や宗教があるがここに端的に示されている「我とは何か」を問う姿勢を外してしまえば、どんな尊い教えも邪見に陥る。その邪見が世界を未だに自我の掲げると正義や真理や平和の名の下に混乱させているのは周知の事実である。
　人類ひとりびとりが無我（叡智）に目覚めねばならばない。その目覚めるべき最も端的で理解しやすいものを次に示そう。長くなるが、とても大事なことなので何度も繰り返し読んで、自己探求していただきたい。
　では、リラックスして、あなたの周りの世界を見回してみよう。青い空を見て、そして自分の心をリラックスさせる。空に雲が漂っているのに気づく。それには何の努力もいらないことに気づかれた、と思う。あなたの今の意識は、そのなかで雲が漂っているのだが、非常にシンプルで、容易で、努力がいらず、自然なものである。あなたは単にここに雲という単純な、努力のいらない「気づきがある」ということに気づかれるだろう。同じことは木々にも、鳥にも、岩にも言えることである。あなたは、シンプルに、容易に、何の努力もせずに、それらに気が付く。
　自分の体のなかに起こる感覚を見てみよう。あなたは、今、どこであろうと、体の感覚に気が付く。今、椅子の上に座っているのであれば、お尻のあたりの暖かさ、首のまわりのコリなどに気が付くかもしれない。こうした感覚自体は、緊張や、締め付けられるような感じではあっても、それに気が付くことには何の努力もいらない。こうした感覚は、あなたの今の意識のなかで起こっている。その意識は、まったくシンプルで、努力もいらず、自然なものである。あなたは、単に、何の努力もせず、それらに気が付く。
　今度は、心のなかで起こる思考に眼を向けてみよう。あなたは、さまざまなイメージ、シンボル、概念、望み、希望、恐れなどが実に自然に、勝手に自分の意識のなかで起こっていることに気が付く。それらの思考や感情は、起こり、しばらくとどまり、やがて去っていく。これらの思考や感情は、あなたの現在の意識のなかで起こるのであるが、その意識は非常にシンプルで、努力もいらず、自然なものだ。
　雲が漂うのを見る。あなたが雲ではないがゆえに、あなたは雲を目撃する者である。体のさまざまな感覚を感じる。あなたが感覚ではないがゆえに、あなたは、感覚を見守るものである。あなたは、思考が漂い過ぎていくのを見る。思考ではないがゆえに、あなたは思考の目撃者である。自然に、何らの努力もなしに、すべての事象は生起する。あなたの現在の努力のない意識のなかで。
　あなたとは誰か。あなたは外にある客体ではない。あなたは感覚でもない。あなたは思考ではない。あなたは何らの努力なしにそれらに気が付く。あなたは誰であり、何であるのか。
　自分でこのように言ってみよう。わたしには感覚がある。しかしわたしは感覚ではない。ではわたしは誰か。わたしには思考はある。しかしわたしは思考ではない。ではわたしは誰か。わたしには望みがある。しかしわたしは望みではない。
　こうして、あなたは意識を源までさかのぼる。目撃者にまでさかのぼり、そこで安らぐ。わたしは、客体でも、対象でも、感覚でも、思考でも、望みでもない。
　しかし、ここでほとんどの人は大きな間違いを犯す。もしこの目撃者に落ち着くと、何か特別な、素敵なものを見る、あるいは感じる、と考えるのである。しかし、あなたは何も見ない。もし何かを見れば、それは別の対象、つまり感覚、イメージ、思考などである。それらは対象であって、あなた自身ではない。
　目撃者に落ち着き、自分を対象ではない、感情ではない、思考ではないと認識してみる。やがて、あなたは、偉大な自由、解放の感じに気が付くだろう。小さな、有限な対象との同一化という恐ろしい拘束から解放された感じを味わうだろう。あなたの小さな身体、心、小さなエゴなどは、すべて見ることのできる対象であり、これらは真の見者、真の「自己」、純粋な「目撃者」ではない。そしてあなたとは、純粋な目撃者なのである。
　したがって、あなたは何か特定のものを見ない。何か起ころうと、まったく問題ではない。空に雲が漂う。身体に感覚が漂う。思考が心に漂う。あなたは、何の努力もなしにそれらに気づく。すべては、あなたの自然で、シンプルで、何の努力もいらない意識のなかで起こっているのだ。この目撃する意識は、それ自体、あなたが見ることのできる特定のものではない。それは広大な、すべて起きるものの背景となっている自由の感覚である。あるいは純粋な「空性」である。それがあなたであり、そこにすべての顕現された世界が起こっているのだ。あなたは、この「自由」、「開け」、「空性」であって、そのなかで起きる小さなものではない。
　「空」であり、「自由」であり、容易であり、努力のいらないこの「目撃者」に落ち着く。雲が広大なあなたの意識の「開け」のなかで漂っていくのを見る。雲はあなたのなかで漂っている。あなたは、雲を味わうことができる。あなたは雲と一つである。あなたの皮膚の内側にあるようである。それほど近くにある。空に浮かぶすべては、あなたの意識のなかで、漂っている。あなたは太陽にキスができる。あなたは山を飲み込むことができる。それほど近くにある。禅は言う。大海を一息で飲み干してみよ。それは内側と外側が「一」になった時、主体と客体が「二」ではなくなった時、見る者、見られるものが「一」になった時、もっとも簡単なことなのである。おわかりだろうか。　　　

　以上はケン・ウィルバーの「目撃者」の中から引用した。仏典の花の香りのごとし
も、これも余計な説明はいらない。ここに人類ひとりびとりがその叡智を開く鍵がある。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　　龍雲好久

花無心

　花無心

　　　　　花無心招蝶花　無心にして蝶を招き
蝶無心尋花　　　　　　　蝶　無心にして花を尋ぬ
　　　花開時蝶来　　　　　　　花開くとき　蝶来り
　　　蝶来時花開　　　　　　　蝶来る時　花開く
　　　吾亦不知人　　　　　　　吾もまた人を知らず
　　　人亦不知吾　　　　　　　人もまた吾を知らず
　　　不知従帝則知らずして　帝則に従う

　　　花は無心のまま蝶を招いている。蝶も無心のまま花を訪ねている。
　　　花が開くとき、蝶が訪ね、蝶が訪ねるとき、花は開く。
私もそれと同じように、他人を知らない。他人もまた私を知らない。
知らないまま、天の法則に従って生きている。　　　　
　　　（良寛）
　
　梅、杏、桜、桃、林檎の花が次々とあわただしく花開き、散って、若葉が落ち着きを取り戻すこの頃
になってやっと吾にかえれるような気がする。ふと良寛の詩をを思い起こす。自然は繰り返し再生のプロ
セスを無心に繰り返し真理を正直に現出している。この「無心」ということこそがわれわれ現代人が忘れ
てはならない大事であると思う。
　今朝、たまたまTVのスイッチを入れたら永平寺の若き修行僧をはじめ百歳を越えた老師の修行の様
子が放映されていた。彼らの修行の神髄もまた「無心」にあった。
　わが真言密教の「理趣経」の神髄もやはり「無心」にある。日々の中に現れた大日如来の真実の言
葉を聞くには「無心」でなければならない。
　また、近年もっとも関心を持て見ていた近代インドの天才的覚者クリシュナムルテｲもまたその生涯をか
けて、真理は「無心」の中にこそ開花するということを明示した。
　「無心」を永平寺の老師は「まっすぐな心」「正直な心」といい、クリシュナムルテｲはあらゆる意味で
「自分に関心を持っていない、野心から自由な心、自分の欲望に囚われたり、自分の成功の追求に
駆られていない心」という。
　つまり、不安や恐怖に駆られ、こだわりや信念、欲望でいっぱいになっている心はたとえどんなに真理
という言葉や概念で自分の心を満たそうとも、心はちぢに乱れ、かたくなで狭量、物事の真実を映すこ
とができない、ねじれた心である。従って、心が醜いことから尊いことに至るまで、それらにこだわり、固
執し、それらのことでいっぱいにしている限り、まっすぐな真理に気づくことはないという。
　永平寺の老僧は行住坐臥の一挙手一投足がこれ修行であり、悟りを開く場であるから愚かな思い
上がりの分別の心を捨てて、只ひたすら「無心」に座れと説く。
　しかし、「無心」になろうとする限り、「無心」になることはない。「無心」でないものが「無心」であろうと
するその願望が「無心」を妨げる。
　「無心」とは、自分の心の状態が全く静まった状態をいうのだが、自分のざわついている心が静まると
きというのは、自分が自分にしっかり目を向け、注意深く、ありのままの自己を観察することに尽きる。自
己を凝視していると、まず自分の心が静かになり、心が澄みきってくる。するとそこに現実の世界がありの
ままにくっきりと見えてくる。何のさわりもなく、為すことが真っ直ぐになり、心身が脱落する。それはそのまま
天則に適った真っ直ぐな行為となって現れる。きわめて自然にそうなってくるのである。
　人は真に自分自身であるとき、自分は無い。真に自分自身でいないから、自己にこだわるのである。
そして、そのこだわりが自己主張となり、無慈悲で無理解なかまびすしい状態をもたらす。人が真に自分
自身であるためには、自己凝視すなわち禅定という自分を見つめる行為が必要だ。自分を見つめる行
為は、人がどうしてもその本当の心、直心を曇らせがちであるからだ。だから、座禅が必要となる。が、
座禅は方法というより、自己凝視、自己観察の行為によってもたらされる境地をいう。行為は自己と世
界の関係である。自己と世界の行為を凝視することが即ち禅である。その禅の行為によって心が真っ
直ぐに真理や天則に定まることを禅定という。禅定は一日一生として、四六時中である。
　自分が立たされているこの人生を修行の場として、そこで、世界と自分との関係を通しって、真っ直ぐ
に自分を見ることが、畢竟、「無心」をもたらすのである。そして、その「無心」な心境があなたの人生に
創造性をもたらす。それこそ道元禅師の「即身是佛」であり、弘法大師空海の「即身成佛」即ち「佛作
佛業」に生きることとなる。
　良寛の詩はまことに美しい。　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　龍雲好久

我見・妄見を離れよ

我見・妄見を離れよ

　朝、小さなお堂で経文を読んでいると、ちょうど右手の高窓から、黄金色の朝日が射し込み、中央の
阿弥陀如来に日が当たり、本尊が徐々に輝きだしてくる。今頃の日差しはとても柔らかく、優しい温もり
がして、黄金色に輝く本尊のふくよかで静かな微笑みが何ともいえずありがたい。年に２度、春と秋に、
ちょうど計算したかのようにこのお堂の本尊に朝日が懸かり、全身が輝きだす。そもそも、おこもり堂を兼ね
た位牌堂なので、いつも薄暗いお堂であるのだが、ある日の早朝のある一瞬の間だけこのことが起きる。
こんな一瞬に遭遇したときは、経文を唱えるのを止めて、しばらく、その小さな阿弥陀如来を凝視せざる
を得ない。スポットライトを当てたように、外から差し込んできた太陽の柔らかい光線が本尊の光背から
徐々に頭やお顔の方に移り、やがて全身が光に覆われ明るく輝き出す。小さな、かなり古い仏像である
が、腕のいい仏師が彫ったものであろう、気品に満ち、円満で柔和でお法衣のひだの流れが優美であ
り、観るものをして安心を与えずにはおかない。いかなるものにも微動だにしない圧倒されるような沈黙の
静けさのなかに限りない慈しみに溢れた尊顔を拝しつつ、遠く彼方から届いた太陽の光線が時々刻々
と今このときを照らして続けているのを見ていると、広大な宇宙の計り知れない運動のまっただ中にありな
がら、あまりにも静かで、あまりにも安らに満ちたひとときの、あまりの不可思議さに、心が打ち震えざるを得
ない。
　佛は宇宙である。人々は狭い自分の部屋に閉じこもって、互いに喧々囂々とおしゃべりばかりに夢中
であるが、ふと、そのおしゃべりをやめてみて、窓の外を見てご覧なさい。そこには無限の宇宙が広がって
いるではないですか。限りない宇宙の不可思議さに溢れているではないですか。あなたが、自分という
狭い自我の部屋に固執しているかぎり、それに気づくことはできないでしょう。確かにあなたは、広大な海
原に浮かぶ小さな木の葉にも満たない存在かもしれません。今のあなたではどうすることもできない無理
難題が毎日突きつけられているかもしれません。怒濤のごとく押し寄せる荒波にいとも簡単に飲み込ま
れてしまうものなのかもしれません。その小さなあなたがいくらじたばたあがいてみたところで、あなたがやれ
ることはしょせん限られたものでしかないのかもしれません。
　宇宙に身を任せなさい。どんな大波がこようと決して沈まないあの木片のように、あなたは沈没すること
はない。
自分の我を宇宙に対して開きなさい。自分が作りあげた城は一時の避難場所です。しかし、いつまでも
そこにとどまることはできない。あなたは狭い自分の我城に固執していてはいけない。それでは生きられな
いように仕組まれているのです。あなたは宇宙の一部なのです。宇宙に対して心を開きなさい。そうすれ
ばあなたの我城は宇宙とともにあり確かなものとなる。あなたを生み出した宇宙があなたを通してきっと活
路を開いてくれます。宇宙に対して心を開くとは、まず、自分の我見や妄見から離れることです。我見と
は、たとえば、追い込まれて、焦って、ああでもないこうでもないと、策を弄して、いっこうに問題のある狭い
自分の見解から抜けられないでいることを言います。妄見とは、追い込まれるとすぐに他をを頼っている
状態をいいます。また、自分を越えた信念や経験を強化し依存していることを言います。いずれも自分
に自信が無く、どうしてよいかわからないとき陥ります。一見自分を捨てているかのように見えたり、理念
や正義感に基づいているようにみえますが、自分が作りあげたものや他人に執着して自我を通そうとす
る限り妄見です。いずれにしましても、我見や妄見はまず対外的には人間関係の不調和という形で現
れ、内面的には孤立感として現れます。誰も信用できないという状態に陥っている人は、それだけ、人
に対する依存が激しいことの裏返しです。ですから、孤独な人ほど、いろいろ人々にアクセスしますが、
結局、自分の我見や妄見で人を見て、それで人を判断していますから、結局だれも自分の思うとおりで
はなく、調和がととれず、やがて、人は皆自分の敵であるという妄見に走り、ますます孤独になるのです。
こういう場合は要注意です。自分の我見や妄見を離れられない限り、とうてい宇宙に心を開くことはでき
ないどころか、いろいろな形で人を攻撃してくるからです。昨今の事情のように、自分の利害のためには
手段を選びませんし、陰惨で卑劣きわまりなく、他人の命など奪っても何とも思わないのです。しかも、妄
見は人に伝染します。親しいものにほど伝染しやすい。ということは、不調和が個人にとどまらず、社会
にまで広がります。それは、癌のように増殖し、破壊し続けます。しかし、そんな人間でも生かしてくださって
いるのが、宇宙なのです。癌が存在するように・・・本来、苦悩や孤独が、自ずと宇宙に心を開かせる
妙薬なのですが、人はややもすると心をかたくなに閉ざし続け、我の強い人ほどそうです。そんな自分の
あさましくも悲しい姿がふと感じられたとき、（それはいつの時でしょうか）彼は自分を離れ、そのときに宇宙
に対して心を開くチャンスがあるのでしょう。やっと修羅や鬼や餓鬼、悪魔のような笑みの顔に、本来の
佛の真顔（人の顔）が戻るのです。
　宇宙に対し心を開くためには、まず、自分自身に対し心を開くことです。自分自身に心を開くために
は、いつも自分自身を見ることです。自分をありのままに観察し続けることです。自分自身を知り、理解
すること。これが、宇宙に対し心を開くということにほかなりません。
　毎日は大変でも、無心に自分自身を観察し続けましょう。あなたの心に、きっと佛の一条の光が射し
込んでくださいます。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　合掌
　　
萬歳楽山人　龍雲好久

覚者（ブッダ）の問い

　
　あなたは、今、独り居るであろうか。あらゆるものから離れ、あらゆるひとから離
れ、あらゆる思考や追求から離れて、自分だけで独りきりになっているだろうか。
　孤立ではなく、孤独に夢想や幻想にふけるのではなく、ただ、離れ、自分自身の想い
や思考や感情の雑念がすっかり止み、極めて明晰でクリアーな心境、完全に独りきりに
なっているだろうか。
　自他の内外で生ずるすべての事象をあるがままに観察し、それらから、すっかり離れ
（自由であ）るとき、まったくの独りであり、その静寂そのものが、たとえようもない
花となり、たとえようもない光となり、思考では測ることのできないもの、時間のない
ものとなる。あなたは、今、独り居るであろうか。
　そのような、いま、独り居る沈黙のなかに、不生の仏心（慈悲）がはじめて姿をあら
わす。
そう！あえて不生の仏心（慈悲）をあらわそうとすることはない。不生の仏心（慈悲）
はみずからあらわになるものだ。不生の仏心（慈悲）を意図してはならない。不生の仏
心（慈悲）を意図的に行為であらわそうとしてはならない。不生の仏心（慈悲）はおの
ずから発現するものだからだ。
　不生の仏心（慈悲）がはたらくとき、そのはたらきには、どんな意図も、計らいも、
駆け引きも、願いも、希望も、後悔もない。いかなる矛盾も超えている。あなたは、い
ま、独り居るであろうか。
　そこには、人間が味わうみじめさや苦しみは、なにひとつない。
　だから、ただ独り、不生の仏心（慈悲）ただひとつで居なさい。
　不生の仏心（慈悲）は、あらゆるものの創造の生命源（みなもと）であり、エネルギ
ーであり、力である。
　だから、不生の仏心（慈悲）そのものでありなさい。
　自分がとおりすぎていったもの（過去）を引きずるな。過ぎてしまったものを引きず
れば、そのとき、あなたの生は死んだも同然。記憶にしがみつき、こだわり、執着して
いる限り、あなたは独り居ることはない。
　執着やこだわりから自由になって、あなたは、今、まったくの独りで、居るであろう
か。
　不生の仏心（慈悲）というまったき愛の美しさのさなかに、そのまったき無垢のさな
かに、その初々しさのさなかなかにあって、あなたは、今、まったくの独りで、居るで
あろうか。
　すべては、けっして捉えることも、保持することもできない、全き不生、ほろびるこ
とのない創造の動的エネルギーによって、歴時的に創造され続ける至福なる不生なる生
命なのである。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人龍雲好久

祈　り

近年になく温かな新年を迎える。今遭遇している世界規模の激動の波は、人類がかつて経験したこ
とのないような変革を余儀なくされており、その真っ只中にいるわれわれはその辛酸をなめざるを得ない。し
かし、こういう時代は一見、古いものと新しいもののぶつかり合いのように見えるが、実は人類のありようの
根本的変革を促す生みの苦しみのようなもので、情報革命は一種の陣痛促進剤のようなものと思う。
そして、生み出されるものはかつての人類が想像だにできなかった全く新しいものであろう。
しかし、それはまだ生み出されていない。それを阻むものは何か。間違いなく人類の精神構造にあると
思う。神や信念、イデオロギー等に自己同一化した幼稚な暴力的精神構造が悲惨な戦争やテロを国
家レベル、地球レベルで展開しているが、その問題の本質は当然、個人・家庭・社会・地域・国家・国
際に全て投影されて現れている。
だからこそ、問われているものが、自己変革の問題であり、「あなたは世界であり、世界はあなたであ
る。」という自己認識の重要さが叫ばれているのである。
人類はまだ、この自己変革を起こしておらず、それが人類社会の根本的変革を起こせない第一要因
になっている。これは、一部の人間や、一部の独裁者、一部の国家、一部の宗教等の問題ではない
ということだ。つまり、私自身、あなた自身の問題だということを肝に銘じておくべきであろう。
　さて、新年には世界中の人類が神社仏閣、教会やモスクに参拝し、一年の平安と繁栄を祈願して
いる。宗教や信仰の違いはともあれ、人々は祈る。無宗教・無信心を鼓舞するものですら祈る。
ことほどそれほどに祈りとは人類に普遍的に見られる宗教心なのであるが、次に、祈りの本質を示唆す
る一遍の詩を掲げて、今年一年の『心の通信』の始まりにしたい。
　
　祈り

　　　　　私が　祈るのは危険から護られることでしたが

　　　　　実際に導かれたのことは危険のさなかで　恐れないことでした

私が　祈るのは　　　　　　　　　　　悲しみのどん底、絶望、激しい痛みの淵にあって
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　癒しを求めることでしたが

　実際必要なことは私自身がその苦悩や不安をのり越えてゆくことでした

　　　　　それで　気づいたことは

　　　　私はいつも護られており　祈りはかなえられるということでした

萬歳楽山人　龍雲　好久　

教育の本質

教育の本質

今、日本の社会は教育の危機に瀕している。国家も地域社会も学校も家庭もそして個人
も何か大きな忘れ物をしたまま、右往左往しているように感ぜられてならない。
それはまた、例に漏れずわが僧団の現代における教育にも歴然として現れている。
教育とは何であろうか。それはまさに人をはぐくむ環境にあるのではないだろうか。あ
たりまえのことであるのだが、その環境は天地自然を含む宇宙であり、民族や国家であ
り、地域社会や学校、そして家庭であり、独特の伝統的文化や、産業や経済がまさに個
人を取り囲む環境であり、その中ではぐくまれ育つものが教育の根幹を占めるものであ
ろう。
教育は環境に大きく条件付けられるということである。
かつて日本はその地球的に置かれた独特の環境によって（大陸の辺境に面し広大な海原
の開ける島国、はっきりした四季の変化、清流や草木などあらゆる面で恵まれた風土）
世界にもまれな高度で豊かな文化を築いてきた。日本は大陸からわたってきたさまざま
な文化や技術を熟成し培養し、やがて、より優れたまったく新しいものをそこから生み
出してきた。
　現代もこの島国にグローバル化の波が押し寄せてはいるが、しかし、まるで津波にで
もあったかのように日本はこれまで培われてきた神業に近い技術や文化が空洞化し、破
綻をきたしている。
　ある町の教育長さんは「日本の学校教育で遅れをとっているのは使える英語とコンピ
ューターの指導だ。これからの時代に対応するにはこれらを小学校のうちから徹底して
教えておかねばならない。」と力説する。
　確かに、世界に共通する言語やコミュニケーションの手段を持ち合わせていないと、
グローバルな情報のやり取りにはついていけない時代になった。たとえコンピューター
化が進んでもナマのやり取りができなければ不利であるし、十分な理解を得ることがで
きにくい。それも大切なことであるが、しかし、これはあくまで表面的なものに過ぎな
い。
　たとえ、「かつての植民地政策やキリスト教千年王国思想、あるいはコンピューター
のハードやソフトを駆使した世界侵略だ！」と批判してみても、世界はどんどんそれで
動き出している。この波を押しとどめることはできないのであろう。だが、その波も本
質のものではなく、単にグローバルな波の手段に過ぎず、表面的でしかない。コンピュ
ーターや英語が話せる人間の資質、人間性の教育はこのグローバルな波のさなかにあっ
て、どうなっていくのかが問われる時代である。
　一方、イスラエルやパレスチナ、イスラムやキリスト、ヒンズー社会など今日でもな
お頻発する民族紛争、手段を選ばないテロリズムなどは偏狭な原理主義的宗教、思想・
イデオロギーに固守することがいかに愚劣極まりなく、悲惨なものであるのかをまのあ
たりにみせつける。
　世界は否応なしに、押し寄せるグローバル化の波にあって、互いの利権がからむ未成
熟な伝統と空々しい自由のハザマに大きく混乱し激しく揺れている。
　しかし、忘れてはならない。人間教育の本質はこの時代的変化のさなかに立ちつつ、
世界人類ひとりひとりの真の自由と共生にあるということ。「あなたは世界であり、世
界はあなたである。」ことを実感できる人間を育てることであると思う。これは大それ
た教育というより、今のありのままの現実を凝視し続ける精神である。人は外にばかり
気を取られて深く自己の内面に問うことや、ありのままに自分を見つめることを忘れて
いる。
　しかし、それは、言葉や理屈で教えられるものではない。家庭にあっては祖父が、両
親が、兄弟が、学校にあっては教師たちが、社会にあっては大人やそれぞれの生業に生
きるものたちが、国家社会にあっては国を代表して働くものたちがそれぞれの活きる場
を通して、自らに問い、探求し、深めていく資質、自らのあり方、姿勢を通して教える
ものである。
　たとえ、自らは病に倒れ、あるいは事業に失敗し、あるいは罪に裁かれていようと
も、そのありのままの現実に直面し、なおも真摯に自らの行き方を全うしようとする精
神こそが教育の根幹を支えるものとなる。
　弘法大師空海の『秘密三昧耶仏戒儀』の一文を紹介する。
「人々の世界を離れて他に真理としての身体があるわけでない。また、真理としての身
体を離れて人々の世界があるわけでもない。人々の世界が真理としての身体に他なら
ず、真理としての身体が人々の世界なのである。」
「そもそも無上の菩提（さとり）をもとめる心を発こそうと思うならば、まさしくまず
深く心に次のことを観察すべきである。
　十方の諸仏の境界である清らかな真理の海はなみなみとたたえて静かで、完全に明朗
であり、もともと生じたり滅したりすることもなく、広大で何一つ妨げるものもなく、
相（かたち）を絶し、作られたものでなく、永遠で静まった相であるけれども、もろも
ろの人々は、もろもろの虚妄の想念や煩悩によって本来は清らかな心が覆われていて、
覚ることもなく、知ることもない。」
さればこそ
「すべてもろもろの悪を断って除くことを誓って願う
　最上の教えの法門を見に修めることを誓って願う
　すべてのいけるものの世界を救い解脱させることを誓って願う
　すべてのいけるものが誓ってすみやかに
　無上の菩提（さとり）のもろもろの仏のすぐれた成果を証明することを求めるように
しよう」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

五智の開眼

　　五智の開眼
　　
　この寺は田舎とはいえ、昔の街道沿いにできた町並みの一角にある小寺であり、しかも、最近、普請
工事があったばかりで庭の草木もいっそう少なくなってしまって、全く寺院らしさがなくなってしまった。貧寺
であるがゆえ、建物を建設するだけで精一杯で、境内の庭整備までは手がまわらないのだ。しかし、この
寺は三百六十年続いているのだから、あせらず少しずつ少しずつ整備して、お寺らしさを取り戻せればよ
いと思っている。
　すっかり樹木がなくなってしまった境内を眺めながら、ふとそのようなことを考えていると、どこか遠くの森
で郭公がないた。梅雨の晴れ間に聞く郭公の声は何ともいえず、晴れ晴れしい。明るく伸びやかなその
声は、広々として感じがいい。懐かしさや清涼なすがすがしさがその声を通して辺りに広がる。滅多に町
にはやってこないから、こうして突然、郭公の声を耳にすると、さわやかなうれしさを感じる。
　よく見てみると、何もかもなくなってしまったと思っていた境内だが、ザクロや銀杏、山法師、桜、梅、
柿、ツツジやあじさい、萩、芙蓉の木々がまだ残っていた。古木ほどしっかり葉を茂らせ、花が美しい。
景色が少し遠目になっただけのことだがが・・・・
　この日、夕暮れ時の郭公の声を聞きながら、一遍上人のこんな言葉を思う。
　「よろず生きとしいけるもの　山川草木　ふく風たつ浪の音までも　念仏ならずということなし」
　一遍上人はわが母方の先祖河野家の出であるときかされてから、何とはなく親しみを覚えているのだ
が、その念仏三昧の境地はとうてい小職が及び得ぬところのものである。
ただ、現代にあってなお一遍上人の言葉は新鮮に響いてくる。こんな境地を失いたくないと思うものであ
る。
　「鳥の鳴く音が念仏になり、風の吹く音が念仏になる」なんと幸せな心境であろうか。
　そういえば、山頭火も
　「山あれば山を観る　雨の日は雨を聴く　春夏秋冬　あしたもよろし　ゆふべもよろし」とうたっている。
　現代人はあまりにも断片化されてしまっている。自然から切り取ったものでいろいろな世界をそれぞれ
に表現してはいるが、いずれも人為的でバラバラである。人間が個別化しバラバラであるように、人間を
ふくめ人為的なものはすべてが孤立化し、孤独化を増長させている。そして、狭量な精神はどうしても全
体を感じたりすることが弱くなってしまった。それどころか、全体を全く度外視さえする。このような「断片化
と孤立化」、これが現代の特徴であり、いろいろな問題の根底に潜むものである。この「断片化と孤立
化」を終わらせるためには、「生の全体性」を感受する感覚を取り戻さねばならない。しかし、断片化され
た現代社会のいかなる方法を持ってしてもその感受性は戻らない。人間自身が築き上げたものに対す
る執着や依存を終わらさない限り戻らないだろう。権威に依っている限り、その条件付けからは解放され
ないのだ。
　社会の構造がそうなっているのだから、いまさらどうしようもないとあなたはいうかもしれない。しかし、私
やあなたが変わらない限り社会は変わらないのである。
　自然はありのままであり、正直である。良いにつけ悪しきにつけ、そのままであり、常に全体として現れて
いる。その自然を切り取り断片化していることに気づき、断片化されたものの見方感じ方を離れて、全体
として感受しうる感性を開かねばならない。それには、何度もいうようだが、自分のものの見方考え方、経
験や信念をすべて脇にどけて、全身全霊を上げて、すべてをありのままに凝視することだ。
　わが弘法大師は
　「五大にみな響きあり　十界に言語を具す　六塵悉く文字なり　法身はこれ実相なり」と宇宙の森羅
万象が常に説法教化の響きを垂れていることを述べている。
　この響きを聴くためにも、次なる五智を開眼しなければなるまい。
１．真実世界の本来の性質に根ざすべく（法界体性智）、
２．鏡のようにあらゆる事象を顕かに照らしだす自分を磨き（大円鏡智）、
３．真実世界の一切は差別なく平等であり無二一体であることを理解し（平等性智）、
４．ありのままの現実世界をありのままに観察しえて（妙観察智）、
５．はじめて、自発的、創造性に満ちた真実の行為（成所作智）に生きることが大事になってくる。
　これら五の佛智といわれているものは、何も遙か彼方にあるような悟りの智慧のことをいうのではなく、
我々自身に備わっている本来の智慧なのである。その佛智を曇らさせているものこそ、我々自身の断片
化された「我」なのである。この我を離れれば自ずとその智慧の世界は開眼される。
　一遍上人や山頭火、弘法大師空海に相通ずるものは、自らの足で自然の山野を跋渉していること
であるが、我々にもまた遍路巡礼の歩みがあり、散策するということがある。
先師たちの血のにじむような命がけの修行とは一緒にできないが、自然の中を跋渉することは、全体を
感受する感性を取り戻すためには意外に大事なことかもしれない。
　
　　　　　　　　龍雲　好久

私は誰か

私は誰か

　私は誰か。私は何処からやってきたのか。
とりもなおさず、この私をこの世にもたらした直接のものは、私の両親であります。
　ブッタは次のように説かれております。
『たとえば人が、この世界の中の草や枝を取ってきて、「これが私の母である、これが私の母の母であ
る」といいながら置いていくとせよ。しかしその人の母の母たちが終わらないうちに、この世界の草や枝は
尽き果ててしまうであろう。』
　また、併せて次のようにも説かれます。
『たとえば人が、この大地から棗の種子ほどの土のたまを作って、「これが私の父である、これが私の父
の父である」といいながら置いていくとせよ。しかし、その人の父の父たちが終わらないうちに、この大地は
ついに尽き果ててしまうであろう。』（相応部経典）
　もしかりに単純計算で私の父と母、その父の父と母というように数えていきますと、十五代遡れば、三
万を超える父母の数となり、さらに二十代まで遡りますと、百万、それが二百万、四百万、八百万、と
いうように、倍加していきますから、三十代にもなりますとどれだけの父母の数となるかわかりません。
　これは、いまここにこうして生きている私の中に、何万、何千万、何億という父母のいのちが生きている
ということです。そして、その限りない父母は、無限の大宇宙にまで広がっています。
この果てしない広がりと、無限のときの中を、営々と営み続けるいのちの流れを『ダンマ』といい、「佛の
いのち」といいます。
　しかも大事なことは、これらの無限の過去の営み、無数の先祖すなわち『ダンマ』・「佛のいのち」が
「今の私」に繋がり、生きているということです。
何代か前の父母の父母、それはかつてこの世に生きていた先祖であります。そのひとりひとりの個性を
持った先祖はすでにこの世にはおられませんが、その先祖のいのちをもたらしたものはとぎれることなく続
き、終わってはいない。代々流れて、この私の中で、あきらかに生きている。この私をこの世にもたらしたも
のは少し遡っただけでも何億何千万という大勢の父母なるご先祖によってもたらされたわけですが、それ
は実は、その計り知れないほどの先祖のいのちがいまここに私という姿で生きていてくださっているというこ
とにほかならないのです。
　私だ、私だと申しますけれど、実は私は私であって私でない。つまり、何億何千という計り知れない無
数の先祖のいのちが、その先祖をもたらした大宇宙のダンマのいのちが、すなわち佛のいのちが、私と
いう姿でこの世に生きてくださっているということになります。
　ですから、私が悲しむことはこの何億何千というご先祖が悲しむこということであり、とりもなおさず佛が
悲しむことであります。私が喜ぶということはこの何億何千万というご先祖が喜ぶということであり、とりもな
おさず佛が喜ぶということであります。同様に私が不幸であることは、同時に先祖が不幸であることで
す。私が幸せであることは先祖が幸せであることです。
今、私が苦しみに泣いているとき、それはご先祖が一緒に泣いており、佛が一緒に泣いているということ
になります。
　大宇宙という佛から見れば、塵や芥もくたに等しいはかないいのちの「私」ですが、その私の「いのち」
は実は無数の先祖、広大無辺な佛のいのちそのものでもあるわけです。
　しかも、不可思議にも、いまここに存在する「私」といういのちは、いかに無限の時を経た無数のいのち
の顕れでありましても、また宇宙がどんなに広大で無辺なものでありましても、この「私」と全く同じ存在はほ
かにいくら探してみても、なに一つとしてみつけることはできないのです。「あなたは」全宇宙にたった一つ
しか存在しないかけがえのない顕れであるということです。
あなたは、佛自身が、ダンマといういのちの流れをとおし、あなた自身という種子となってこの世に顕れ、
芽生え、成長し、花を咲かせ、散り、実を実らせ、やがて枯れて大地に帰る、大自然のいのちの営み、
循環をとおし生き続けているということです。
ダンマの流れにあって、佛があなた自身となって、この世に出現し、やがてダンマの流れに戻り、再び、
かけがえのないまったく新しい一つのいのちとなって、再びこの世に出現するということです。
　しかし、これほど、広大無辺な宇宙の営みがもたらした尊いいのちであり、かけがえのない存在でありな
がら、その一つ一つのいのちは、かなり脆くはかないものであり、しかも、「生老病死」という、変化変滅の
ことわりの中で、決して永遠に姿形をとどめうるものは存在しません。
この世に生を得たものは必ず、滅びなければならないもの真理です。
しかし、それこそが、実は、本来の自己のいのちを全うすべくはからわれた大自然の摂理であり、その大
自然の摂理を通して、ダンマの永遠の流れが働き続けているのです。
　あなたが病み苦しむのも、地球が環境汚染に病み苦しむのも、一つ一つのいのちをとおして顕れたダ
ンマのいのちがそのいのちの流れの方向を導くためのものであるわけです。もし、人々に、悲しみや喜び、
痛みや苦しみの反応がなかったならば、どうして、自らの破滅の方向に気づくことができるでしょうか。喜
怒哀楽の反応に、アメリカ人も日本人もありません。いまから４０００年前も１０００年先もありません。在る
のは喜怒哀楽という同根の反応です。
　地球上全ての生命はあなたと同じく、そのいのちの中に大宇宙の全ての営みが込められており、ダン
マの流れ、佛の一つ一つのいのちの現れであります。
　ですから、あなたの子はあなたの子であってあなたの子ではない。あなたからやってきましたが、あなたの
ものではない。あなたをとおして顕れた、無数の先祖であり、永遠の流れであるダンマの現れであり、佛の
現れであるのです。しかもその無限のいのちが、唯一無二、すなわち他にない存在たったひとりの子とし
てあなたの前に顕れ、唯一無二の花を咲かせるべく、あなたと共に存在しているものであります。
同じ両親でありながら、兄弟の個性が全く異なるのも、双子の兄弟であってすら、その個性が違うのも、
一つ一つのいのちはダンマがもたらしたかけがえのないいのちだからなのです。
　あなたのお子さまを御覧になるとき、お子さまをお育てになられるとき、あなたや世界中のお子さまの中に
脈々と生き続ける無数の先祖のいのち、佛のいのち、ダンマの流れを御覧になられることが大事であり
ましょう。
　しかし、あなたが、あなた自身の中に、無数の先祖、佛のいのち、ダンマの流れを実感できなければ、
決して、あなたのお子さまや他の人々、生ある全てのいのちの中にあるダンマの流れを見ることも、感じる
こともできないものであります。
人は、結局、自分で見える範囲でしかものを見ようとしませんし、そうした狭い、条件づけられたものの見
方しかできません。しかし、それではお子さまの本当の姿、個性、ダンマの流れは見いだせませんし、逆
に、あなたの狭いものの見方でお子さまをだめにしてしまうこともあります。
　ですから、無限の、無数のいのちが込められたたった一つのかけがえのないいのち、すなわちあなた
自身を見つめ、あなた自身をとおしてやってきたダンマに、佛に、あなた自身が出会うことがなによりも大
切なことになります。
　「世界はあなたにほかならず、あなたは世界にほかならない。」それを見て取ることがあなたの責務で
す。そこからあなた自身の真の行為が生ずるのです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

自らを耕す

　自らを耕す

　日差しも少しずつ延びてきて、春がやって来たかなと思っている矢先、みぞれ混じりの雪がしゃかしゃ
かと降り出し、道行く人たちの肩をすぼめた姿を見ると、まだ春は遠い。
　数日前、境内に梅の巨木がやってきた。造園やさんで紹介された古木であるが、１年ほど迷った
末、思い切って植えてもらうことにしたものだが、植えてみると境内の様相が一変し、寺の庭が蘇るかの
ようでとても良くなった。まるで往昔からそこにずっと存在していたかのようにどっしりと落ち着き払ってい
る。自然に蒔かれた種から成長し人の手の加わっていない雑梅だそうだが、実に気品があり、威厳に
満ちている。可憐で清楚な白い花をたくさん咲かせてくれるらしい。楽しみである。
　この寺には江戸の初めごろ仙台の松島沖で漁師が拾い上げたという天神様をお祀りしている。「黄金
天神」という名のかなり重くずっしりした鋳鉄製の天神様でこの寺壮健に匹敵する古い尊象である。寺
のご本尊とこの天神様が最も喜んでくださっているように思えるのだが、しかし、自分が一番嬉しいのだ
ろう。
　古い時代は庭木を大事にしていた。しかし、栄枯盛衰、松にしろ梅にしろ、どんな見事な木もいつか
は朽ちてしまう。この寺でも二百年三百年と生き抜いてきた赤松や黒松がどんどん枯れて、本当に少な
くなってしまった。いつの時代でも苗から育てて時間をかけて手入れし、大事にしながら、その地にふさわ
しい立派な樹木を育てていくのが本当なのであろう。よそから運んできて安易に植え替えてしまようなこと
は本来邪道であり、自然への冒涜であるのだろう。申し訳ないと思う。そう思いつつ、どうかこの地に根
付いてこれから年世代にも渡って参詣の人々の心を楽しませて欲しいと願っている。
　さて、技術産業国日本もグローバル化の荒波を受けて、空洞化しつつあり、荒廃の一路をたどって
いる。技術産業ばかりでなく、教育や文化といった精神面でも、一見、メデアの進歩で多彩化している
ようにみえるが、その実は薄っぺらで興味本位の付け焼き刃的なものが増えており、その空洞化はきわめ
て深刻である。社会システムもまたグローバル化し希薄な拡大化がのみが促進され、中身が伴いきれ
ないず、地に足がつかない混乱を呈している。
　どうだろう、大地を耕し、土作りをし、種を蒔き、手入れをし、花開かせ、豊かな果実を得て、再び大地
に還り、新たないのちをさらに育んでいくといった本来のあり方をもっと大事にせねばならないのではない
だろうか。我々はもっと足下を見つめ、自分を耕し、家庭を耕し、地域社会を耕し、国を耕し、世界を耕
していけるような、世界に通用するかけがえのない自己の固有な生命の創造性を育んでいかねばならな
い時代なのではないだろうか。政治・経済・文化・社会・教育・哲学・宗教のあらゆるものの真に豊かで
創造力に満ちて優れたものの所産は、長い時を経て培われてきた文化的土壌とその高度な全体的品
性によって自然に生み出されるものであって、一部のドグマやイデオロギーによって世界を席巻しうるもの
では決してない。
　たとえば、言語のことだが、グローバル化に呼応して世界に広まった英語やコンピューター言語、確
かにそれらはグローバルな社会にあっては必要不可欠な共通語のように見える。だが、英語が使える
からといってその人の資質を保証するものではない。そもそもその人の資質を育むものはその人の生まれ
育った文化社会、言語文化の歴史的土壌である。このような「生み育てる文化的土壌」の環境作りが
大事である。
　グローバル化の弊害はこの地域的環境破壊にある。大量生産大量消費によって大地や土壌がす
っかり枯渇し砂漠化したように、自然ばかりでなく、人類社会の文化的土壌が枯渇し砂漠化している。
　わが国では幼児虐待が深刻である。これはわが国が「慈しみ育む」土壌作りを見失ってきた結果を象
徴している。「育て方がわからない」のである。親ばかりではない、学校も社会も企業も国家も「人を育て
る」ことがわからないではないか。「教育」というものは付け焼き刃的な発想でなされるものではない。今、
わが国は、世界に通用する「人を育てる」文化を耕し得るかを問われている。
　荒れ地化した社会をしっかり耕し、土壌作りをしていかねばならない。時間がかかり、自分の世代だけ
ではとうてい間に合わないかも知れない。しかし、まず自分自身を耕すことだ。
　世界は戦争に揺れている。しかし、戦争は人間の狂気じみた憎悪や搾取、暴力に基づいている。歴
史はそれを終わらせずに今日まで引きずっている。この世界の狂気性を終わらせるにはどうすればよいの
か。人類はグローバル化の波の中で真に問われている。
　まさに、世界に通用する「人を育てる」時代に入っているのである。

自己を見つめる

自己を見つめる

　残暑がかなりが厳しいが、庭のザクロに照り映える日差しの明るさや窓を通して差込
む光と影に、すっかり秋の気配が感じられる。
　さて、今回は「自己を見つめる」ということについて話したい。というのも、現代は
文明が発達するあまり、外部からの刺激やその関わりが増えすぎ、ひとはなかなか自分
を見つめる時間がとりくくなっており、そのことの積み重ねの結果、多くの個人的、社
会的諸問題の発生につながり、人々を不安と恐怖、混迷に陥れていると思うからだ。
　「自己を見つめる」ことの重要性については洋の東西を問わず古くから指摘され続け
られてきた。ギリシャのデルフォイの神殿の柱に刻み込まれた「汝自身を知れ」は有名
な箴言で、多くの思想家や宗教家が引用してきている。釈尊もしかり、弘法大師空海も
しかり、「自分自身を知ること」の重要性を指摘しないものはひとりとしていない。
しかるに、こんにちほど「自分をみつめる」ことを忘れている時代は無いようだ。寺に
悩みを抱え相談にこられるひとの大半を見ていても「自己を見つめる」ことを理解して
いるひとは少ない。いや、自分のことばかりで精一杯悩んでいる割には、少しも自分自
身をみつめ理解していないという、矛盾した状態にある。
　「自己を見つめる」様々な技法が古来から提供されてきている。こんにち、日本でも
禅や観法、瞑想、内観、精神療法など様々な技法が提示されている。しかし、まだまだ
一般的に気楽に門戸を開いて尋ねる体制にはほど遠いようなところがある。
　今回は「自己を見つめる」最も重要なポイントを『いのちとこころのカウンセリン
グ』（体験的フォーカシング）エルフィー・ヒンターコプフ著（金剛出版）を参考に指
摘しておきたいので、ぜひ参考にしていただきたい。

　（1）スペース（空間）を確保する。
　　　自分自身に立ち戻って静かに自分の内部や内面に注意をむける時間とスペースを
確保する。この時間や空間は実際の物理的時間や空間よりも心理的時間や空間の要素の
方が大きいが、とにかく、あまり他に振り回されずゆっくりと自分を見つめる時間の確
保である。これだけでも、だいぶ「自分を見つめる」ことに近づくものである。
自分自身に立ち戻って静かに自分の内部や内面に注意をむけると、様々な思いが雑然
と湧いてくる場合もあれば、何かにとらわれ固着化してそこから抜け出られない場合も
あれば、全く何も浮かばない状態もある。その状態をあるがままに受け入れ、浮かんで
きたものを一つ一つ脇に置くようにして、心のスペースを確保しつつ、自然に出尽くす
まで自分の心の現れるままに任せる。（雑念を無理に取り除こうとしない）

（2）静かに内なる声に耳を傾ける。
　自分自身に立ち戻って静かに自分の内部や内面に注意をむけて、自分自身の中に現れ
てくるさまざまな想い、その想いに入り込まず、一つ一つ確認して心のスペースの脇に
置く作業をしていると、だいぶ心が静かになるものである。そうしたら、今度は内側の
静かなる細き声に心の耳を傾けるようにする。これは観念的にあれこれ言葉を探すのと
は異なり、とにかく内在する声なき声、言葉以前の漠然としたもの、何となく重苦しい
とか、胸のあたりが苦しいとか、胃のあたりが重いとか、身体感覚を伴った内側の反応
に心を向け、それらが訴えようとしている想いや声に耳を傾けることである。たとえば
重苦しいような身体感覚をそのままじっと感じ続けていると、それが自然に声として言
葉になったり、イメージとなって自己表現をしてくる。それまで、あれこれ分析した
り、決めつけたりせず、内なる声として現れてくるまで気長にじっと待つ。

　（3）あるがままに受け入れ、親しみを込めてじっくりとつきあう。
　　　日常、とかく自分のこととなると外に気を奪われ無視してしまったり、長い間培
われてきたあるべき姿で裁いていたり、押さえ込んでいたりしていることが多い。しか
し、「自分を見つめる」に際して大切なことは、「ありのままの自分をあるがままに見
つめること」であり、それには批判する心があっては、自分の心をありのままに理解す
ることはできなくなる。まず、自分自身に対し、何よりも親しみを込めて、彼が心を開
いて語り出すまでじっと待つ姿勢が大事である。あるべき姿やありようなどといったコ
ントロール的な意図があれば、微妙でナイーブな本心はすぐに隠れてしまう。そうなれ
ば、偽善的にならざるを得ない。ありのままに自分に目を注ぎ、心の耳を傾けること。

　（4）「静かなる細き声」と「内なる批評家の声」は異なるもので区別せねばならな
い。
　　　「静かなる細き声」に耳を傾けることができると、楽な感じや生きるエネルギー
が湧いてくるが、「内なる批評家の声」は緊張や沈滞をもたらす。このことで容易に区
別できる。
　（5）開かれた問いかけをする。
　　「自己を見つめる」に際し、いくら待っていてもなかなか語り出さない場合もあ
る。このようなときは辛抱強く待つことも大事であるが、自分の内なるプロセスを探り
新しい情報を得ていくための効果的な「問いかけ」が大事である。「どんなこと」
「何」といった開かれた質問によって、容易に語り出すこと可能になる。「どうして」
とかいう、いわば限られた答えや、観念的、分析的答えしか得られないような問いかけ
ではなく、自らが語り出せるような効果的問いを自分に投げかけてみる。
　
　（6）自己観察という姿勢を保つ。
　　　苦しい感情に圧倒され押しつぶされそうになっているとき、ひとはなかなか「自
分を見つめる」ことが困難である。このようなときは、その問題とほどよい間をとり、
「そのこと全体を」眺める姿勢が大事である。自分の問題との間に適当な距離（つま
り、自分の人生が自分の抱えている問題よりも大きいということが認識できるくらい離
れており、かつさまざまな問題を自分がどのように感じているかわかるくらいの距離）
ことで穏やかに注意深く観察する自己を養うことが大事である。

以上、いかに自分の心に自分が触れるか、その重要性とそのあり方について述べた
が、現代人の諸問題の多くはこうした自己理解の欠如からきている。ひとりでも多くの
方が「自己を見つめる」実践をしてほしい。必ずや豊かで想像に満ちた人生を切り開く
ことができるであろう。
　　　　　　　　萬歳楽山人　　　龍雲好久

自己憎悪からの解放

自己憎悪からの解放

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　沙門・好久

　風に萩がゆらりと揺れる頃、誰もいなくなった海岸に立たずむ。
波が寄せては返し、鳥がゆったりと舞い、海がキラキラと輝いていた。
あの真夏の喧噪が夢のように、あたりには、心地よい静けさだけが漂っていた。
　人が精神的に疲弊するとき、そこには何が起きているのだろう。
なぜ人は疲弊してしまうのか。どんなとき人は疲弊してしまうのか。
疲弊するとはいったいどんなことなのか。ふと、そのようなことに思いを馳せていた。
　多くの場合、人と人との関係によって、それがもたらされている。
人と人との軋轢、葛藤に疲弊しつつ、毎日を過ごしている。
毎日、一生懸命働きながら、しかし、心のどこかで、つまらん人生だと思っている自分がある。
そして、その憂さを晴らすべく、何かに自分をぶつけてみるが、かえって物議を醸しだし、よけいややこしく
なる。（結局、だれも自分の気持ちなどわかってくれる奴はいない。皆、勝手に自分のことばかり考えて
いて、人のことなどどうでもいいのだ！。）と自閉的にならざるを得ない。
　このような激しい孤独感にさいなまれつつ、毎日、悪戦苦闘し、疲弊しきっているのが現代人の精神
状態なのだろう。
　夕方、東京の山手線の通勤電車は、そんな孤独な人々を、わんさと乗せて走っている。　なぜ、人
はこの人生に疲弊してしまうのか。なぜ、このかけがえのない人生を創造的に生きることが出来ないのだ
ろうか。
このまま、毎日、家庭や職場に埋没したまま、自分を殺して生きなくてはならないのだろうか。
絶えず他人に気を使い、他人の評価に、一喜一憂し、愚痴をこぼし、他人のうわさ話に空しい花を咲
かせ、自分が認められたといっては狂喜し、無視されたといっては、自分を正当化のため、相手を批判
したり、黙殺したりして、日々を過ごしている。
日々の、絶えざる挑戦に対して、勝者としての満足を追求しておる者もあれば、自分の挫折感を、受け
入れきれず、戦いをあきらめて、自堕落な人生を送る者もある。
あまりにもたわいない自分に対し、自信がもてず、有能な者や、聖人、信念、真理、イデオロギーなど、
自分以外のものに同一化して、自分も他人もそれで評価し、自分を律し維持しようとする者もある。
　しかし、注意しなくてはならない。この何気なく過ごしている、普段の疲弊しきった生活の底流には、実
は、かなりの問題が潜んでいる。
その問題は、自己欺瞞であり、そこには、冷酷非情な人間の傲慢さが見え隠れしている。　このような非
情な冷酷さや傲慢さというものが、悲惨な戦争や犯罪、暴力、虐待など、見るも無惨な形で展開される
ものであったり、神や国家、正義や信念、信仰、忠誠、愛、忠孝、達成、党利党略、利潤追求といっ
た美名の陰に隠されて展開されることは、古今東西、歴史的に明らかであり、しかも、それらは、決して
特殊な人間や狂人の持つ傲慢さではなく、ごく普通の人の中にある自己欺瞞による傲慢さが冷酷無
情な大問題を引き起こしているのである。
冷酷非情な傲慢さの故に、人は何をしていても、互いに疲弊せざるを得ないのだ。いや、そのような傲慢
な心が、現代においても、公害や薬害を生み、いじめ、自殺といった生命の危機をもたらしていることは
間違いない。
　何が、人をしてかくも冷酷非情なものにしてしまうのか。
　基本的には、あるがままの自分対する憎悪による。自分をこよなく愛し、受け入れることが出来ず、絶
えず、不安と孤独にさいなまれつつ、他人に依存し、あるがままの自分を忌避し、あるべき自分に同一
化しようと葛藤する自己分裂が、暴力的、破壊的混乱を生じ、そこに、あるべきもののためにはあるがま
まの人間性を抹殺しようとする冷酷非情さある。人は自分自身を失ったとき、人でなくなる。自分を見失
ったとき、人は傲慢なものとなる。
人が創造的に生きれないのは、本来の自分にたてないからに他ならない。本来の自分にたてないの
は、人間の断片的な能力主義と評価に規定された偽善的人間像に幻惑されているからに他ならな
い。
　自分は本来、広大無辺な大宇宙の創造活動によってもたらされたきわめて創造性に満ちた生命体
であることを回復しなくてはならない。
　他人と比較することをやめよ。傲慢な心が作り上げた立派な人間として評価されることを望むな。いず
れも本来の自分を腐らせ、疲弊するだけである。
　こうした何らかの基準で自分を裁き、他人を裁く傲慢な心から自分を解き放したときはじめて、人は本
来のあるがままの自分から創造的人生を生きることが可能になる。
　しばらくして、人気のない海に夕日がかかり、黄金色に輝きだした。船のシルエットが揺らいでいる。心
地よい風が潮騒をともなって静寂をもたらし、限りない力となってあたり一面に漲っていた。

自己変革

自己変革

　もう雨はたくさんだね・・・・・ポツリと漏れたその一言に、農家の大変さがすべて
こめられていた。大自然の営みの中で暮らすわれわれにとって、気候の影響はダイレク
トである。自然を相手に仕事をしている農家の人の弱音を耳にすることはめったにない
だけに、今年の異常気象の影響が懸念される。
　世の中の景気の厳しさは相変わらずで、ひとびとの悲鳴があちこちから聞こえてく
る。
　しかし、焦ることはない。じっと耐え忍ぶことが必要な時代だ。
バブル時代に上に伸びることばかりに気をとられて、しっかり根を張ることを怠ってき
たものが、ばたばたと倒れている。過去の栄光という虚像に心を奪われて、現実を直視
できず、余計な枝葉を切り落とすことができないものが、不景気という大風にあおられ
て倒れているのだ。
しかし、倒れてしまってもそれで終わりという事はない。空洞化が進み、根腐れを起し
倒れ掛かった木はむしろ倒れてこそ、新しい芽がそこから伸びてくることもあろう。一
粒の麦、地に落ちて死なずば、新しき命は生まれ出でず。倒れたとしても再生の道は閉
ざされたわけではない。このようなときは、諦めることが肝心なときもある。諦めると
は明らかに見ることでもある。土台、無理なことにいつまでもしがみついていて、自分
を根こそぎだめにしてはならないということだが、この判断は混乱しきった当事者にと
って、実に難しいものであると思う。判断を誤らないためには、明らかに見なければな
らない。明ら
かに見るには、動転した気持ちを正気に戻さなくてはならない。不安や恐怖心が気を動
転させる。恐怖心に駆られ、焦れば焦るほど困難の深みにはまる。何とか立ち直らせね
ばと焦るあまり、衰弱しきった体にメスを入れるというようなことをしでかしかねない
のだ。
こんなときには、じたばたせずに、まず、自分の正気を取り戻すことが大切だ。
自分の正気を取り戻すには、混乱し、パニックを起している自分の心を直視すること
だ。
不安におののき、恐怖におびえている自分の心に心を向けてみることだ。評価したり、
責めたり、叱咤激励したりせず、とにかく混乱している自分の心に心を向けて見る事が
大事だ。そうすることによって、落ち着きを取り戻せる。
人は外のことに振り回されて、自分自身から目を離しがちだ。自分から目を離すと、心
は動転し、混乱し、苦悩する。苦悩は「正気を逸しているぞ！」という反応である。
「自分に心を向けよ！」という反応である。そして、その反応している自分の心に心を
向けることこそ、人は自分を取り戻し、正気を取り戻す唯一の方法なのである。正気を
逸しているときに、いかに優れたすばらしい立ち直りや再生のいろいろな方法を教えら
れても、また企てても、所詮、気が動転してのことであるから、ますます混乱するばか
りである。人は誰でも、こういう厳しい局面に立たされたときにこそ、自分の真価が問
われ、人間
としての資質が問われているといえる。
　次から次へと、これでもかこれでもかと、難問が押し寄せ、いったい、私のどこが間
違っているのか？何かが足りないというのか？さっぱりわからない。因縁罪障なのか？
いくら拝んでもちっとも効きやしない！なにが神か！仏か！何とかして欲しいのに、ど
うしてこうも悪いことばかりが重なるのか！そんな絶望にも似た気持ちに駆られ、行き
詰まったときこそが、自己変革を遂げる最大のチャンスのときといえる。
　すべては、旧来の陋習を破り新しい変革の道を見出さなければならないときなのだ。
一瞬一瞬が新たなる創造を発揮するときである。そもそもわれわれは本来そのために生
きているのだ。
　自己変革を遂げない限り、いくら再生の道を探ろうとも、所詮、旧来の自分がたどっ
てきた同じ混乱の道でしかない。再生を図るには一度死なねばならない。もちろん死ぬ
といってもここでは象徴的な意味であるが、旧来の自分を持ち越している限り、変革は
ありえないということを理解すべきであろう。
　自己変革を遂げるには、自分自身が「自分自身の問題点」を明確に理解し、認識する
ことが肝心である。このことが意外にできず、相変わらず混乱と衰退の道を歩んでいる
ものが多い。自分の問題を見れないものに変革の道はありえない。
　先、何が問題かをはっきりと見なさい。そしてその問題が見えたとき、おのずと答え
は出てきており、変革は起こっているのである。問題を見ない者のみあやまった問題を
繰り返すのである。問題を理解しないものがいかに自己改造を図ろうと、所詮、問題の
上塗りに過ぎないということを知るべきであろう。
　混乱の解決の糸口は遠いところにあるのではなく、きわめて身近な自分自身の中にあ
る。
　最後に、あるエピソードを紹介しよう。
「先生！《一分間で得られる知恵》なんていうものがあるでしょうか？」
「ある！」と先生は言う。
「でも、一分間といったら短すぎませんか？」
「五十九秒でも余計なくらいじゃ。一秒で充分。」
面食らった弟子たちに、先生は後になって言った。
「月を見てとるのに、どれだけ時間が要るというのか？」
「それでは、こうして幾年にもわたって霊的な修行に身を傾けるのは、いったい何のた
めなのですか？」
「人が目をひらいてゆくのは、一生の仕事。悟りは一瞬の仕業！」

　もう一つ。弘法大師曰わく
「つねに　自性を見るものは　すなわち　ほとけを見る」と。
　生きることに汲々として、大切な自分自身の本性を見失わないで欲しい。
　今、追い込まれ苦しんでいる人々に、心から声援を送りたい。
「あなた自身を信じなさい」と・・・・・・
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　　龍雲好久

自然に帰れ

　　　自然に帰れ

　今年は、冬が長かったせいか、春に咲く花の色がとりわけ美しく、そして、新緑の頃の、そのまばゆい
ばかりに萌える葉の輝きにも、いつになく美しさを感じた。
　先日、亡き祖父が、昔、よく乞われて、お籠もりをしたというお堂のある、森に出かけてみた。崩れやす
い岩場の中程に、みごとな滝があり、その滝の中州に壇を設けて、不動法を修した。
　森と岩に囲まれ、溢れるばかりの新緑と、勢いよく流れ落ちる滝の力強い響きに打たれながら、何人
かの同行者とともに、しばし、瞑想を楽しんだ。ちょうど、流れ落ちる滝のあたりに、日が射し、しぶきが輝
く。川の水はことのほか澄み、瞑想しているそばに、カジカ蛙が２匹やってきて、鈴を振ったような美しい
鳴き声で僧が唱える経文と滝の響きと、清流と風のそよぎとに調和し、それらすべての響きとともに、か
なりの静寂さをあたりにもたらしていた。
　さて、我々人類が早急に解決すべき問題がある。２０世紀末から２１世紀にかけて生かされている
我々が直面している問題とは、言うまでもなく、これまで人類が追求して築き上げてきた文明というもの
が、いかに地球や自然を破壊し、その中で生きているあらゆる生命を脅かし、人間自身を含め、存在
の危機に瀕しているということにほかならない。
　還元主義といわれる、近・現代の諸科学が、常に全体としてかかわる宇宙の有機的在り様を断片
化し、機械的にとらえたそのときから、このとてつもない破壊と滅亡への過程が始まり、いま、まさにその
問題が、徐々にではあるが、確実に現実化している。２０世紀の最後半の我々が、この問題に気づ
き、この破滅への進行をくい止め、それを終わらせ、本来の生命共存の在り様と、より高度な輝かしい未
来への発展と方向転換できるか否かが、いま、問われている。かつて人類が一度も経験したこともない
ほどの深刻さを伴って問われている。
　ここで人類が、自らの過ちに目覚めて、はっきりと方向転換しなければ、我々の子供の子供、子孫達
の生存する環境は、あまりにも残酷で悲惨きわまりない、阿鼻叫喚の地獄絵図の世界になることは、必
定である。
　彼らの時代に、焦熱地獄をもたらすか否かは、まさに今の我々にかかっているといっても過言ではな
い。
　いかに発達し、人間の脳を支配し、生命の遺伝子をも操作でき、この地球すら破壊することのできる
科学であろうとも、それにおごってはならない。どのように発達した科学であろうと、それが断片化されたも
のである限り、きわめて壮大でとらえがたき宇宙の神秘なまでの在り様に対しては、とるに足らないもので
あり、とうてい、その不可思議な働きをとらえることはできないばかりか、不自然なものとして、自然を滅ぼし
かねない。
　世紀末の我々が、まず目覚めなければならないのは、宇宙自然界の有機的、全体的生命の営みに
対する謙虚さであろう。
　微かで、精妙で、繊細な生命ほど、生命の存在の環境のバロメータであり、か弱き生命の脅かされ
る環境は、そのままあらゆる生命が脅かされているということの警告である。　仏教でいう「山川草木悉
有仏性」は、一切のものはことごとく仏のいのちであり、何一つとして無縁のものはなく、同じ仏を支えて生
きる、かけがえのないいのちであるということである。これは、まさに、２１世紀に向けて築いていかなければ
ならない、文明の方向でもある。
　大宇宙の中の地球という環境の中で育まれる大空と、大海と、大地にいきる我々は、それらがもたら
してくれる豊かな大自然の生命力を大切に保持せねばならない。
　考えて見れば、この至極当然で自然なことから全く大きく逸脱してしまった２０世紀である。そしてその
結果、もたらされた現代のあらゆる苦悩の問題に直面すればするほど、２１世紀に向けて、我々がどう
生きねばならないかは、自明の理である。　
　地球はあなた自身に他ならない。そして未来に生きるあなたの子らにどのような地球を残すというので
あろうか。その責任は、わたしや、あなたに重くのしかかっている。
　長い間住み慣れた寺の、松の木が、突然枯れて、機械が、あっと言う間に切り刻んで消してしまっ
た。２００年生きた木であったのに、ぽっかり穴があき、寂しくてたまらない。

自分自身であれ

自分自身であれ

　厳しい冬の寒さから解放されて、鳥のさえずる声にも、穏やかな春の安堵が感じられてきた。目にはま
ぶしい陽光にも嬉しさを感ずる。一進一退の春の寒暖に一喜一憂しているのは庭の福寿草も同じで、
のびのびと花開いたり、硬く閉ざしてみたり、まるで一歩一歩春のくるのを確かめているように思う。日本の
景気もちょうど同じような時期なのだろうか。
　自己の人生をあるがままに見てみると、恒久的な安心や安定などというものはどこにも全く見あたらな
い。死ぬまで常に新たな問題の挑戦を受ける人生である。そういった不安や恐怖の人生のなかで、い
ったいどうしたら真の安らぎや喜びを見いだせるのであろうか。　実は、その見いだし方が人生を左右す
る大きな分かれ道を決めている。一つは絶望から破滅へ至る道であり、一つは絶望から希望と創造へ
至る道である。ここで、注意せねばならないことはどちらも絶望的苦しみから出発している点である。別に
問題がなけば、この問いは起こらないし、逆に、絶望のあまり投げ出してしまってもこの問いは起こらない。
問題に直面し、それを避けるに避けれないでいるからこそ生じている問いである。この大問題に対し「本
当は自分でどうしたいのか？」を見いしているか否かがあなたの人生を大きく左右するのである。一つは
自己逃避、一つは自己解放である。この二つのあり方は根本的に全く異なる。自己逃避は、自分自
身から逃げることであり、過去の経験や他者に依存し、より大いなる権威や権力に同一化することで、
自己の問題のすりかえをはかるが、自分から逃げている限り、真の安心は得られず、ますます不安と恐
怖は増大し、破壊的破滅的傾向に走る。自己解放は、その問題から逃げず、自分自身に立つことに
よってもたらされる。自分自身に立つことがどうして自己解放に繋がるのか。それは、不安や恐怖は難
問に直面した自分自身の身の置き所のなさから生じているのであり、問題を避けている限り、どんなに気
を紛らわそうとしたり、安全なところへ退避しようとしても、それはあくまでついて回る。それゆえ、不安や恐
怖の現実から逃れようとせず、そこに自分自身を置く（心理的な意味で）ことで初めて、自分の不安か
ら解放されるのである。
　自分自身が何をどのように恐れているかをきちんと受け止め理解し、自分の抱える問題を見極める。
そうすることで自分自身に振り回されることはなくなり、問題を問題として正確に見つめることが可能にな
る。自己の不安は、自分自身を直視していない証拠である。不安や恐怖をバロメーターとして自己を
理解するテコとすべきである。「自分は本当はどうなのか？」と常に自分自身に問い続けることが大事
である。そうすることによって自己を縛り付けているあらゆる問題を理解することができるし、自己に責任を
持つことができる。
　自己に責任を持つとは、「自分自身である」ということである。常に、自己自身であるものは自己にと
らわれる必要はなく、自由である。ゆえに、自己解放しており、直面する問題に時々刻々と対処して不
安や恐怖はみじんもない。自己自身でないものは常に自己にこだわり、自己にとらわれ、不安と恐怖に
さいなまれ、心安らぐことはない。常に他に依存し、他に責任転嫁し、自己主張し、自己卑下をする。
やがて逃げ場を失い進退窮まると破滅せざるを得ない惨憺たる結果を及ぼすことになる。
　われわれ自身が今直面している世界中のさまざまな諸問題は、われわれひとりびとりがどう対処し行動
すべきかを投げかけている。自己逃避している限り、無責任である。自分にも、家族にも、社会にも、国
土にも、世界にも、大自然界にも責任ある行動はとれない。自己逃避が無責任と無秩序と破壊をもた
らしていることを考えてほしい。
　どうだろう、たとえどんな境遇に立たされているとしても、今立っているその場に自分自身を置くことが、
生きる勇気と知恵を湧きだたせてくれるものではないだろうか。確かに、不安と恐怖の絶望に戦いている
限り、心は動転し、混乱し、生きた心地はしないものだ。心はどうしても沈滞化せざるを得ない。しかし、そ
の現実に自分自身を置くことで、はじめて安らぎを自ら見いだせるのではないだろうか。
　あれほど一晩中高熱と激しい痛みにさいなまれつつも、ふと、その熱と痛みに身を委せきった一瞬、
窓から見える曙の空に、チチと囀る小鳥の声がして、大いなる癒しの力が全身を包み込むことを感じた
ことはないであろうか。
　あなたが真にあなた自身であるとき、あなた自身の中に奇跡のスイッチが入るのだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人龍雲好久

釈迦牟尼佛世尊　　最後のみ教え

釈迦牟尼佛世尊　　最後のみ教え
　
　釈迦牟尼佛世尊は、インドのクシナガラという町のはずれ、サーラの樹林のなかで、弟子たちに囲ま
れ、静かに、しかも諄々と最後の教えを説き示された。
御年八十歳の二月の夜半のことであった。
　弟子たちよ。あなたたちは、それぞれ自分(みずから)を灯火とし、自分をよりどころとし、ほかのものを頼
りとしてはならない。
大宇宙の命であるダンマを灯火とし、ダンマをよりどころとし、ほかのものを頼りとしてはならない。
　世の苦しみも楽しみも、ともに「苦」のもとであることを見抜きなさい。
あらゆるものに実体のないことを知り、煩いを絶ちなさい。自らの変わりゆくさまを見きわめて、執着から離
れなさい。自らの心の変わりゆくさまを見つめて、迷いを離れなさい。私の亡き後、このような生き方を守る
ものこそ、佛即ちブッタに帰依するものである。
　弟子たちよ、あなたたちとともに、これまで共に探求してきたものを、いつも心に思いめぐらし、いつも身
に修め、これを捨ててはならない。
　もし大宇宙の真理であるダンマの教えを修めるならば、その人は幸いである。ダンマの教えの要は、心
を修めることにある。それゆえ、あるがままの自己を観察し、おのれの欲望の実体を理解し、囚われを離
れ、そこから自由になりなさい。身を正し、ことばを正し、心を正すべく、よく自己を凝視し、貪りや瞋、悪を
あるがままに見つめ、囚われを離れ、そこから自由になりなさい。全ては無常であるということを忘れては
ならない。もし心が邪なことにひかれ、欲に執れようとしたならば、その心をよく見つめ、理解しなさい。囚
われていることに気づくことが執着を解き、心を自由にする。
　心に引きずられるのではなく、自らの心の主となること。心は人を佛ともするし、迷えば悪魔にもする。し
かし、目覚めれば誰でも佛となる。すべては心のなすわざである。
それゆえ、よく、あるがままの心を見つめ、心を正しく理解し、大宇宙の命であるダンマから離れないよう
つとめなさい。
　弟子たちよ。あなたたちはこのダンマが顕わになった仏陀の教えを理解し、互いに親しくし、互いに敬
いあって、争いを起こさず、、水と乳のように和合しなさい。水と油のようにはじきあっていてはいけない。
正しくダンマの教えを理解し、ともに学び、ともに修め、ともに励まし合って、ダンマの探求に喜びを同じ
く、あなた達の中に大宇宙の命であるダンマが顕わになるように生きなさい。
いたずらにときを費やすことなく、悟りの花を楽しみ、ダンマの教えの果実を味わいなさい。
　弟子たちよ、私には大宇宙の命であるダンマが顕わになり、私は（真理に）目覚め、あなた達にこのダ
ンマの教えを説いてきた。
　あなたたちは、ダンマの教えをよく覚り、ダンマのいのちを顕わにしていかなければならない。
このダンマが顕われなければブッタに会いながらも、ブッタに会っておらず、ブッタとともにいたとしても、
ブッタを去ること遠い人となる。ダンマの教えのとおりに修める者は、いかに遠く離れていても、そのものこ
そ、最もブッタに近い、本当の佛弟子である。
　弟子たちよ。いよいよ私の臨終も近づいた。別れの時は遠くはない。しかし、弟子たちよ。徒に嘆き悲
しむことのないように。世界は無常であって、生まれて死なないものはいない。いま、私の身体が、古くな
って壊れた車のように、しだいに壊れてゆくのも、この無常という真理を、身をもって示すものである。
それゆえ弟子たちよ、いたずらに嘆き悲しんではならない。変わりゆくものを押しとどめようとするのは、真
理に逆らうことである。変わりゆくものは変わりゆくことにまかせなさい。この無常という真理に目覚めて、人
の世の正しい姿を見きわめていきなさい。
　弟子たちよ、煩悩という悪魔は、いつもあなた達をうかがい、すきあらば倒そうとしている。もしあなたた
ちの住む部屋に毒蛇がひそんでいれば、その毒蛇を追い出さない限り、その部屋で安眠することはでき
ないように、悪魔は見つけだし、追い払わなければならない。
　弟子たちよ、いまやわたしの臨終も近づいた。あなたたちは、つつしんで心を護りなさい。いまやわたし
の最後の時です。しかし、弟子たちよ、わたしの死とは、わたしの身体の死であることを知りなさい。
わたしの身体は、父と母から生まれ、食べ物によって保たれてきたものであるから、煩い、傷つき、壊れ
て、ついには、滅びゆくものです。
　しかし弟子たちよ、本当のブッタの命は身体ではない。それは、身体をとおして顕われた大宇宙の命
であるダンマであり、さとりの智恵である。このブッタをもたらしたダンマの命は不滅である。さとりが成就さ
れ、ブッタにダンマが顕わになった。ゆえに、私の身体を見るものがブッタを見るのではなく、ブッタのダン
マを知り、ブッタのダンマを修めるものこそが、まことのブッタを見るものである。
　私の亡き後は、ブッタをとおして顕わになったダンマの流れこそが、あなたたちの導き手となる。ブッタに
顕わになったダンマを堅く受け保ち、ダンマそのものをわたし自身と思いなしなさい。
　弟子たちよ、わたしは四十五年の半生にわたり、大宇宙の命であるダンマを顕わにしてきた。いまや、
ブッタによりダンマは顕わになり、全てのもののなかにダンマが顕現しうることが可能になった。
　いまやわたしの説き残したものはない。ダンマの全てを顕わにし終わった。
　弟子たちよ、いまやわたしの最後の時である。これからわたしは寂静なるダンマの流れに戻り、静かに
涅槃に入り、限りないダンマの流れとなって、あなたたちの命を支えるダンマそのものの中に住む。
　さあ、最後にもう一度説こう。
　弟子たちよ、
　世の中のものはすべてうつろいゆく。生あるものは必ず滅する。その真理の中で大宇宙の命であるダン
マは常に生き続ける。あなたたちは怠ることなく、あなた自身の中にこの命ダンマが顕わになるよう、つと
め励みなさい。
これが最後のわたしのことばです。
　このように説き終わって、偉大なる聖者、釈迦牟尼佛世尊は、静かにその生涯を閉じられたのでありま
す。
　
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　朝日山　法圓寺
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　沙門・好久
　
　注　「ダンマ」とはパーリー語で、「法」を意味する。サンスクリット語で「ダルマ」ともいう。
ダンマは「大宇宙に流れる形なきいのち」を意味し、仏陀は「生きとし生けるもの、ありとあらゆるものは、こ
の形なき永遠のいのちのふるさとから生まれ出でて、生かされ、永遠のいのちに帰る」こと示され、ひとり
ひとりがダンマの流れ、いのちの力に目覚め、今を大切に生きるよう教え導かれた。

寂滅為楽

寂滅為楽

　激しく吹き荒れる猛吹雪の中、一羽の小鳥が電線に止まり、じっと耐えている。
おなかや目のあたりは凍って、真っ白である。
近づいても逃げもせず、電線の揺れるに身をまかせていた。
今にも吹き飛ばされそうであったが、しかし、何という力強い目の輝きであることか。
その精悍な目の輝きには、大自然の猛威に対する恐怖心は、微塵も感じられない。凍て
つくような寒さの中にあっても、その小さな体から発する気迫は、そのすべてを圧倒し
ている。
　しばらくして、彼は、突然、飛び立ち、吹雪の中に消えていった。
　折しも、街は、一切の交通機関がマヒ状態にあり、パニックに陥っている。
　確かに、生命というものはもろくてはかない。事故、災害、病気、戦争、暴力などの
前に、あっけなく、その命を落としてしまう。
その死の脅威は、ひとり人間のみでなく、先ほどの小鳥も、樹齢数百年という松も、い
や、人間の糧として堵ふられる家畜や魚介や野菜などに至っては、その脅威は人間の比
ではないだろう。
しかも彼らに、心や感情がないわけではない。一つキャベツに電極を通し、その微妙な
変化を測定できる装置を使って、別のキャベツを切り刻んだところ、あきらかに、もう
一つのキャベツが反応を示している実験を目撃したことがある。
彼らとて、けっして、死の脅威に鈍感なはずはなく、堵られることの恐怖や悲しみは、
人間と少しも変わらないということだ。
　あなたが野原に咲く花を摘むとき、自分や、わが子が誰かによって摘み取られること
を思ったことがあるだろうか。摘み取られるものの痛みをわからずして、いかに人は、
自分や自分の身内、愛するものの死には敏感であっても、ほかの死に対しては鈍感で、
横暴な存在であるといわざるを得ない。
　確かに、この世のあらゆる生命は、自らを生かすためにほかの命を堵ふり、我が身に
頂戴せざるを得ない。生と死はいつも隣り合わせである。堵ふるものは堵ふられるもの
である。自らを生きるために他を堵ふるあなたは、宇宙によって自らも堵ふられるもの
でもある。
　大宇宙の悠久なる生命の営みは、破壊と創造、変化変滅、生々流転の中に繰り広げら
れてきている。まさしくダイナミックな大宇宙大自然の生命の営みは、我々や身近なも
のの生死流転を離れてはない。その生老病死、生死流転奥底に脈々と流れる生命の奔流
にふれるには、あの小鳥のごとくあらねばならない。
　　　　　諸行無常　　諸法無我　　生滅滅己　　寂滅為楽
　猛吹雪の中にあって敢然と存在する小鳥。そのまなざしに、大いなる生命の威光を見
る。
　春はもうそこまで来ている。

小さな魂の叫び

小学校一年の女子、交通事故死
（小学校の帰り道、横断歩道で同級生に声をかけられ、赤信号に変わっている横断歩道を急に引き
返したたため、トラックにはねられ即死）
小職の檀家ではないが、M子が３歳の頃、身体に障害があるということで、親子で小職の寺に来寺し
相談。数回にわたり加持祈祷を行い、落ち着いた。その後、調子がよく、小職が関わることはあまりなく
過ぎ、無事に小学校に入学、明るく行儀の良い可愛い子で、クラスの人気者だったという。
　実は、この事故の日から翌日にかけて不思議な体験をしたので、動転しているこの子の両親に伝える
べきか迷ったが、感じたままを伝えた。するとこの子の父親も、事故の前日、M子が自家用ワゴン車の
正面に、考えられないような力で「み」と爪で書いているのが気になってならないという。見ると確かに、あ
の硬い車のボンネットにギギッとはっきり「み」が爪痕で残っていた。そのような不思議な出来事の話がき
っかけで、彼の菩提寺での葬儀がすべて済んで何日か過ぎたある日、両親のたっての希望ということ
で、この子の事故死に衝撃を受けて悲しみに苦しんでいる同級生やその父兄さらに学校の先生方に
対し話をさせていただくことになった。

　今日は、M子ちゃんのご供養にお集まりいただきありがとうございます。まことにこのような形で皆様にお
目にかかりますことは、大変悲しく辛いことでございます。ご家族や、ご縁の深い皆様のご心痛はいかば
かりかと、お察し申し上げ、心からお悔やみ申し上げます。
　私はM子ちゃんとは彼女が３歳くらいの時にお加持をさせていただいたご縁で、それ以来、ご家族の
皆様とも親交を深めさせていただいてきております。この度のあまりの突然の事故のお知らせは、私も茫
然自失、にわかには受け入れがたいものでございましたが、それを知らせる不思議な出来事を経験いた
しまして、それをご両親にお話ししたところ、M子ちゃんの供養のためにと、このようなお席を用意していた
だき、その話を皆様の前でさせていただくことになりました。しばらく、お耳をご拝借いたします。
　実は、ありのままにもうしあげますと、事故があった日。一日中、寺の用事で出かけていて、夜９時過ぎ
にやっと、自宅に戻りました。普段はめったにテレビを見ない私でしたが何気なくテレビのスイッチを入れま
したら、ちょうど、事故のニュースが流れていたのです。そのときは、M子ちゃんとは知りませんでしたの
で、なんて気の毒なことだろうと思いながら、疲れておりましたものですから、すぐにテレビを消して、少し休
もうとしたのです。うつらうつらしておりますと、M子ちゃんかなという気配のようなものにはっと目が覚め、まさ
か、という思いがしまして、気になりだし、深夜、不確実なことですから、直接電話で確かめるわけにもい
きませんから、考えたすえ、ご近所の知り合いの方にそっと連絡を取りまして尋ねてみました。そのときは、
どうもそれらしい様子は見られないということで、気のせいだったかと一安心しまして、寺務の整理をはじ
めたのですが、なぜかこの日は疲労が激しく、ついうとうとしておりますと、今度は、何と黄色い帽子をか
ぶって、赤いランドセルを背負った女の子がちょこんと私の膝元に座っているではありませんか。疲れて
いるからかなーと横になりますと、突然、電話が入り、やはり事故にあったのはM子ちゃんらしいというので
すが、今夜は遅いし、御本人宅から連絡が入ったわけではないので、そのまま、その場で寝込んでしま
いました。明け方、ふと目を覚ましますと、なんと、その女の子はまだ私の傍にいるのです。やはりこれは
尋常じゃないな！早速、本堂で供養の支度をしておりますと、電話が鳴り、昨日の交通事故でなくなっ
た子はM 子ちゃんだという知らせが入ったのです。
　M子ちゃんの菩提寺は別の寺でしたから、すぐにお伺いして枕経をあげることは控えましたが、仏縁の
ある彼女をこのまま放置しておく訳にはいきません。自分の寺の本堂で陰ながらご引導を授けてあげねば
と、修法に入ったのです。真言宗は曼荼羅という仏の世界の壇を築きまして、そこに本尊を勧請し、本
尊と一体になって、供養したり、祈願を凝らしたり、あるいは仏と私たちの結縁を結んだり、亡くなった方
に引導をお渡ししたりと仏の曼荼羅の世界と一体になり加持感応することを修法といいますが、それをさ
せていただいておりますと、なんと！彼女が修法している壇の向かって右手前に柔らかな黄金の光に包
まれた巣直径３０センチぐらいの水晶球のようなものがあり、その中に、彼女がこちらを向いてきちんと正
座し、合掌しているではありませんか！はっきりと心眼で見えるのです。間違いなく、真新しい黄色い帽
子に赤いランドセル、白い服に紺色のスカート姿でした。「M子ちゃんか？」「はい」祈念を凝らしておりま
すと彼女の思いが胸元で響きます。それはこうでした。「きのう、いきなり、大変なことになったのです。私は
ここにいるのに、誰も気づいてくれないのです。それどころか、大騒ぎで、みんな騒いでいました。どうやら
私ぐらいの女の子が事故にあったようで、その女の子の前で、お母さんやお父さんやおじいちゃんおばあ
ちゃんお兄ちゃんやお姉ちゃんまで、大泣きしているのです。M子ー！M子ー！って必死に私の名前を
呼んでいるのです。でも、わたしはここにいるのにどうして？私はここよ！！と必死に話しかけてましたが
誰にも聞こえません。私に気づいてくれないのです。どうしよう！どうしよう！誰か助けて！私はここよ！
必死に叫びましたが誰もわかってくれません。どうやら事故にあって横たわっている子は私らしいのです。
（どうしよう。どうしよう。私はここにいるのに誰も気づいてくれない。）とても不安でした。ふと、そうだあのお
寺のお坊さんだ！と思った途端、私はお坊さんのひざに抱かれていました。でも、お坊さんは非常に疲
れているらしく、少しは気づいてくださっているようでしたが、すぐに横になってしまいました。私は（お坊さ
ん！お願い！たすけて！どうしたらいいの！）と必死に訴えましたが、お坊さんは横になったまま寝ている
ようでした。でも、しばらくすると、お坊さんを包み込んでいる大きな光の輪のようなものが輝きだして、私をも
包み込んで（心配しなくてよいよ。大丈夫だから、さあ、一緒においで）といって、私がどういうことになり、
今どういう状態で、これからどうなるのかを教えてくださいました。すごく安心しました。父や母、家族のこと
は見えていましたから寂しくはありません。ただ、いくら話しかけても気づいてもらえません。私を包んでくだ
さっている心地よい光の輪に導かれるまま、今、お坊さんが拝んでいるところで待つようにと指示されまし
たので、ずっとお待ちしておりました。やっと私に気づいてくださいましたね。」
　小学校の新一年生がきちんと正座しているいたいけな姿でしたが、心に語りかけてくるその口調は、ま
るでおとなのようなしっかりした響きでした。そして彼女は続けてこう語るのです。
　「私の大好きなお父さんとお母さんにどうしても、今、伝えていただきたいことがあって、お坊さんが気が
ついてくださるのを待っておりました。」（今まで気づかなくてごめんね。）
　「お父さん、お母さん、私は大丈夫よ！痛くも苦しくもないの。だから安心して！突然、こんなことになっ
てごめんなさい。本当はもっとみんなと一緒にいたいの。お友達とも別れたくなかった。はじめは何のこと
やらさっぱりわからず、もうばたばたしてしまいました。でも、今は大丈夫。少しずつ、何が起きているのかわ
かってきました。大きな仏さまのような光が私に教えてくださいます。少しも不安や寂しさはありません。だか
ら、大好きなお父さん１お母さん！心配しないで！そんなに、あまり悲しまないで！私だって悲しいです
よ！お母さん！お父さん！・・・・でも、もう、どうすることもできないの。でも、私は大丈夫よ。お母さん！お
父さん！・・・短かったけどお父さんとお母さんの子でよかったです。本当によかった。感謝しています。
とても大事な魂の修行をさせていただきましたもの。ありがとうございました。私はね、今でもね、ほらこうし
て、お父さんとお母さんの大きな優しい気持ちに包まれているの・・・。だから、少しも、さびしくも怖くもない
よ。本当よ。でも、私には見えてても、お父さんやお母さんには見えないのね。はじめは、まるでテレビの中
のお父さんお母さんに話しかけているみたいで、とてもじれったかったの。でも、今は、お父さんもお母さん
もちゃんと傍にいてくださって私を包んでくださっているわ。大きな仏さまなような光は、お父さんとお母さん
からでているということがわかったの。そして、私のゆくところにはお父さんもお母さんもおじいさんもおばあさ
んもお兄ちゃんやお姉ちゃん、そして、大好きな学校のお友達もさっちゃんもみんないつもと同じようにいる
のよ。不思議ね・・・。だから安心して・・・。事故で横たわり動かないもうひとりの私を見て悲しんでいるお
父さんお母さん。私はここよ。そばにいるのよ！どうしてもそのことを伝えたくて、仏さまにお願いして、お坊さ
んの前に座らさせていただの・・・。」
　私には、彼女の思いがどんと入って、一瞬のうちに了解できたのです。彼女が話かけてきたプロセス
でご彼女の思いをご紹介させていただきましたが、実際には、思いの塊のようなものが私の心の中にどん
と入ってきて、その思いの塊に焦点を合わせていると次第にはっきりしてきて、そのはっきりしてきたプロセ
スを私が表現しているということでしょうか。いずれにしましても、私はその後、彼女に一つ一つゆっくりと
引導法をお授けさせていただきました。やがて、彼女は大きな光の球に包まれたまま、確かに、仏への世
界へと上昇していく姿をはっきりと心眼で目撃することができました。
　私は寺の住職をしておりますから、亡くなったかたを供養することが多いのですが、それにしましても、こ
のような体験をすることはそうめったにないものです。
　この話は本当なのだろうかといぶかしく思われる方もおられるかもしれませんね。見えない世界の話です
から、無理もないことだと思います。科学的には私を通して表現されたフィクションだと片付けるかもしれ
ません。それでも、それだけでは片づけられない不可思議なことはかなりあるものです。まして、人の生死
にかかわることは、いかに厳粛で重いものであるかということ。また、それだけに、めったなことをいうもので
はないということを自戒しておるつもりですが、やむにやまれぬ思いでこのお話をさせていただきました。どう
ぞ、ご理解ください。
　私たちはただ偶然この世に出てきたものではないでしょう。「われわれはどこから来てどこへ行くのか？」
これは、洋の東西を問わず、昔からの人類の永遠のテーマでもございました。仏教では「袖摺りあうも他
生の縁」と申しまして、すべては縁によって生起すると捉えます。しかもこの世に生ずるとは全く不思議で
はありませんか。科学が進歩すればするほどその不可思議さは増すばかりでございます。
　この世が創世されたのは気の遠くなるようなはるか昔、まして地球が誕生してわずか４０億年だといいま
す。この世に私が出現するには、この気の遠くなるような大宇宙の生命を誕生させる営みがあって初めて
生じたわけですから、たとえ一枚の葉、一匹の虫といえどその存在には全宇宙のすべてがかかわって
いるといえるのです。しかも、さらに不思議なことは、どの生命ひとつをとってもまったく同じものはないとい
うことです。一つ一つはまったく新しい宇宙の創造の賜物であり、たとえどんな生命であろうと、一つ一
つがかけがえのない存在であるということです。
　そんなはるか遠い大宇宙の営みからたった一つのかけがえのない生命でありながら、この世のもう一つ
の真実。つまり、生命は、一面いとも簡単に失われてしまうというはかなさ、脆さをもった生命でもあるとい
うことです。この世に生を頂戴した私どもにとりましては、これは、まことにつらく厳しい真実ではありますが、
これも本当なのです。どんなに遙かな大宇宙の創造のプロセスの中から生じた尊い生命であろうとも、
一本の釘を踏んだだけでも、どんなに権力を握り、強さを誇った生命であろうとも地雷に触れればいとも
簡単に吹き飛んでしまうものなのです。病気や事故、戦争、飢餓のまえに脆くも崩れてしまうほどに微妙
な生命。それを、無視しては存在が危ういのであります、生命が誕生し維持されていくには、大宇宙大
自然の環境条件が整い、我々人類が生み出す文明の生命に適する条件整備が必要であることをこ
うしたはかない生命は訴えているのです。病気や、事故。暴力や破壊，天災などあらゆる困難が立ちは
だかるのも、もろい生命をいかに維持していくべきかを考えよと訴えているのです。M子ちゃんの失われた
かけがえのない生命は、まさにそのことの大切さを身をもって示してくれているのです。二度とこの悲惨な
結果を繰り返さないよう、私たちは深くこの痛みと悲しみを心の奥に刻み込まなくてはならないでしょう。そ
れは確かです。それは苦悩するという心身の機能を与えられた我々自身の使命、自浄作用の一つで
あると思います。かけがえのない一つの小さな生命の悲惨な死を決して忘れたり、無駄にしたり、粗末に
扱ってはしてはならないでしょう。それは、残されたものの責務でもあります。
　それにしましても、生命の存在とは何なのでしょうか。遺伝子が物質的に継承されて存続するだけに過
ぎないのでしょうか。それとも何か見えない命というものが生き続けているというのでしょうか。
　真言宗では「阿字の子が阿字のふるさとたちい出て、またたちかえる阿字のふるさと」といいますが、こ
れは、どんな生命も大宇宙の仏の生命から生まれてきて仏の子としてのこの世でその使命を全うし、や
がて再び仏の生命にかえって行くという、生命の流れ、大自然の循環のようなことを示しております。
　私自身が日頃感じておりますことは、この世に生まれるということは、両親より頂戴した私という器（コッ
プ）で仏という大海原の水をくんだ状態。死ぬとはコップが割れて、私の命の水がもとの大海、すなわち
仏の生命に帰るということのようなものだと考えております。
　この世では、形ある物は必ず消滅しますが、存在のもとはは不生不滅です。すなわち、生滅を超えて
いるのです。川面に浮かぶに泡沫のように現れかつ消えはしますが、泡の元である空気と水は変わりな
く、泡沫の生滅に左右されていませんね。仏の命というものも、いわば、このような根源の生命とでもいう
べきものだと思います。ただ、泡沫のようにぱっと消えぱっと現われるように見えますが、コップの中の人
生という環境の中で色付いた水は、たとえ根源の命である大海原へ空けたとしても、空けてしばらくは
色づいた水として、しばらくは漂い、やがて大海原へ同化して、溶け込みますが、それは消えたのではな
く、元に還ったにすぎないのです。そして驚くなかれ、人間ひとりひとりのコップの命は本源の生命から切り
離れているのではなく、本源の生命の中で仮に分離しているだけで、本来は本源の生命の中に存在し
ているのです。この本源の生命の流れを仏教では「ダンマ」といいます。M子ちゃんの生命は間違いなく
ダンマの流れにあって、ダンマそのものの中に存在し、私たち自身もまたダンマそのものの中に存在する
ものですから、ダンマに目覚めれば、あの世とこの世の仕切ははずれ、不生不滅の真実に気づくことが
でき、そこで初めて分離したものは何もないということを理解することができるのです。
M子ちゃんの悲惨な死の悲しみを忘れることなく、その悲惨さを繰り返すことの無いよう、残された者た
ちは、しっかり肝に銘じて教訓とし、活かさねばなりません。
　そして、M子ちゃんは儚く消滅したのではなく、ダンマの根源の生命の中で私たちと共に生き続けている
ということをご理解いただければ、M子ちゃんから託された私のお役目を果たすことができると思われます
が、みなさま、いかがでしたでしょうか？
　長いこと、貴重なお時間を頂戴いたしましてありがとうございました。最後に、M子さんのご冥福を願い、
お大師さまのご寳號をお唱えし、私のお話を終えたいと思います。
合掌
　南無大師遍照金剛
　南無大師遍照金剛
　南無大師遍照金剛
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ありがとうございました。　　　

色即是空　空即是色

　　　色即是空　空即是色

　「我々はいずこより来たりて、いずこへ去るのか。」
　釈迦牟尼世尊は、「この世に生あるものは、必ず滅する」といって、この世に執着することの苦しみか
らの解放を示された。
　現代科学ではこれをエントロピーといい、遺伝子には、はじめから、この「消滅する」というプログラム
が組み込まれているという。
　何故だろうか。それは、その種の保存のためのように、それを包括するより大きな生命の保持のためで
あるという。素粒子が原子を支え、原子が分子を支え、分子が細胞を支え、細胞が、有機体を支え、
有機体生命が、種を支え、さまざまな種が地球そのものを支え、地球が太陽系を支え、太陽系が銀河
系を支え、銀河系が大宇宙を支え、それらが互いに生成と消滅の循環によって支えあっている世界で
あるという。ミクロの世界がマクロの世界を支え、マクロの世界がミクロの世界を支えているということだ。
そして、大なり小なりその宇宙全体に流れているものが「生死流転」・「エントロピー」の大原則すなわち
真相だという。
　この宇宙にあるものは全て生成し、分解し、消滅する。これが「色即是空」である。
そして消滅することによって、新たな生命が生成される。これが「空即是色」である。この大原則が全宇
宙を貫いている。このように「諸行無常」という真理を悟らず、この世に固執することは、苦しみである。
　だが、しかし、なにが、このような無常なる存在を支えるというのか。
死ななければならないものが、どうして生きなければならないというのか。凡夫である我々は、その大原則
の前に苦悩せずにはおれない。はたして、生老病死の苦しみは呪われた人類の原罪によるものだとでも
いうのであろうか。いや、そうではあるまい。なぜなら、天地自然もまた、「生老病死」のまっただ中に存在
しているからだ。では、この天地そのものが、苦しみに満ちている呪われた世界だとでもいうのであろうか。
いやそうではあるまい。なぜなら、苦しむのは、ひとり、天地自然の摂理に添えない我々の自身であり、他
は、苦悩の叫びはあっても、黙々と自然のあるがままに生滅を繰り返しているからだ。そこには、呪いとい
う不埒なものの存在はみじんも感じられない。
　では、いったい、何がこのような無常なる存在を支えるというのか。
それは、『不生にして不死なる本質』にほかならない。つまり、生死流転が支えるものは、まさに『永遠そ
のもの』である。「生即死」・「死即生」そして「生不異死」・「死不異生」。すなわち「色即是空」・「空即
是色」そして「色不異空」・「空不異色」である。これは一つの循環の在り方を示すが、しかし「生の後に
死」があり、「死の後に生」が続くという循環ばかりではない。「生死不二」という存在の中での「生と死」
であるから、「生が終わる」ことが「死」であり、「死が終わること」が「生」であることをも含んでいる。つま
り、生死の連続と非連続の両方を抱えた、「生死不二」すなわち「不生不滅」という存在の在りようが、
この生死流転を支え、この生死流転が支えるものが、「不生不滅」という永遠性である。これは「循環」
という「法」である。循環とは、円であり、その円なる循環の中にこそ永遠性が込められている。「無常」は
そのままに「永遠」を開示しているのである。これを『法円』という。
　たとえば、「水」を見てみよう。大海原の海水が太陽の熱光のエネルギーにより、蒸気となり、上空に
舞い上がり、雲となる。そして、気流に乗って、山の頂にぶつかり、雨・雪・霰となって舞い降りる。あるも
のは清流となって、渓谷を渡り、あるものは地中深く潜り、地下水となり、泉となり、またあるものは、大地
の汚れを洗い、またあるものは、他の生き物の体内に入り、生命を支え、汗、尿となり。またあるものは激
流となり。あるものは、氷となり。あるものは温泉となる。
あるものは地上に落ちる前に、揮発し、再び舞い落ちる。やがて、谷川の清流も、地上の多くの汚れに
まみれつつも、大河となって大海原へ帰る。
　水は、気体・液体・固体と縁によりその相は変わり、見え隠れするけれども、水そのものの本質は変わ
らないし、消えたわけではない。水の本質は「不生不滅」である。清流であったり、泥水・汚水であったり
するけれども、その水の本質は「不垢不浄」である。
　水は、天地自然の中にあって、その本質であるところの、水としての生命の働きを全うするため、循環
している。動物・植物・鉱物一切の生命もまた、こうした種の保存・進化の形態をとりつつ、循環のプロ
セスを経ながら、天地自然の生を生きているが、その本質は「不生不滅」であるといえよう。
我々が認識している進化や、種の保存は、地球上の一つの形態で、それが全てを表しているとはいえ
ないが、地球は地球なりに、火星は火星なりに、輪廻循環しているといえる。
それに、我々がこうして地球上に人類としての生を得ることは、天地自然の気まぐれな偶然の結果では
あるまい。そして、広大無辺な大宇宙の中には、地球と同じような生命圏を持つ宇宙が存在していても
不思議ではない。しかし、大事なことは、いかに広大な宇宙体であろうとも人類や、天地自然を含めた
大宇宙に存在するものの全ては、それぞれ「不二」なる存在であるということであろう。これは、背後に存
在する不生なるものが、厳然として在るということであり、しかもその存在は、まさしく天地自然そのもののと
不二一体であることを意味し、しかも同時に、一つ、一つには一つとして同一のものは存在しないという
不二性でもある。
　密教ではこれをこう説く。
「六大（地大・水大・火大・風大・空大・識大）は無碍にして常に瑜伽なり」と。
これは、大宇宙に存在する全てのものは永遠なる「ダンマ（法）のいのち」であり、どれ一つとして仏陀な
らざるはなく、全てが仏陀そのものであり、、仏陀から分離したものはない。ミクロのものも、マクロのものも、
全て仏陀でないものはなく、全てダンマの現れである。そして、この大宇宙に、ダンマが顕現すべく、生
死流転の相、生老病死の苦しみが在る。自浄作用としての苦がある。あくたもくたの混沌の中にダンマ
が顕現し、全てがダンマを認識するものとして、人類に自心が与えられている。それは、どんな生命も、
大宇宙に遍満する仏陀自身であるという認識を持つため、というより、仏陀が、「水」としてのいのち、す
なわちダンマを顕現し、仏陀が「あなた」としてのいのち、すなわちダンマを顕現し、存在たらしめていると
いうことにほかならない。仏陀が意識しているが故に存在しているあなたは、ダンマの顕現を担うものとし
て、永遠のいのちを生きている。それは『法円』であるが故に、過去も現在も未来も無く、永遠の今を生
き続けるという存在である。
　だから、どんなに苦しくとも、いたずらに死に急いではならない。他を危めてはならない。また生に執着し
て、死を怖れていてはならない。他の死をいつまでも嘆いていてはいけない。
　ひたすら今ある生に立ち、あるがままの生に立ち、そこに自らの本質である仏陀のダンマが顕現してく
れるよう、ひたすらにその生を全し、死ななければならない。
　そのダンマの流れは、深いあの河の流れのように、静かで、しかも、みなぎるいのちの力が、滔々と流
れている。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人・好久　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

心字の池（自然を映す鏡）

　　　　心字の池（自然を映す鏡）

　この頃、べっとりするような猛暑が連日続いている。しかし不思議なことにまだ蝉の
声がしていない。本格的な夏はまだこれからであるということなのであろう。
　今は、アジサイがどの家の庭先からも溢れだし、淡い美しさを醸しだしている。田の
青も日増しに色濃くなってきた。沢にはホタルが飛び交い、清流に混じって涼やかなカ
ジカの鳴く音が響いてくる。
　先日、わずかな沢沿いの畦道を歩いていてカルガモの親子に遭遇した。この地では滅
多にない初めてのことであった。人の気配を感じて、母ガモがしきりに声を出し５羽の
子ガモを安全な茂みへと誘導しているところであった。川をわたるカルガモ親子のなん
と愛らしくほほえましい姿であろう。しかし、驚かしたことをわび、足早にそっと通り
過ぎた。
　自然は正直なものである。もう少しすると、早朝、突然、ヘリコプターの轟音がとど
ろき、農薬が散布され、あれほどにぎやかな田圃の畦道のカエルもホタルも全く姿を消
してしまう。その静けさは恐ろしいばかりである。今年もやはりそうなのであろうか。
　そういえば、寺の境内にも、今、ホタルが飛び交い、驚いている。昔は、庫裡の障子
を開け放し、明かりを消して蚊帳の中からホタルの光を楽しむことができたが、ここ４
０数年ほどそういうことは全くなかった。自然が回復してきたのだろうか？
ただ考えられるとすれば、最近、庫裡の新築工事のため、生活排水が流れ込む、ザリガ
ニとボウフラばかりのどぶ池をすっかり掻き出し、新しい土と入れ替え、埋め立てて、
そこには生活排水が入り込まないようにして新しい池を作ったばかりで、わずかな雨水
と地下水で水源を確保し、ちょろちょろではあるが常に清流が流れているような池にし
たからではないかと思う。池といってもわずかな水たまりのような池であるから、とう
てい錦鯉などを放すことはできない。しかし、ツバメや小鳥たち小動物たちががよく行
水をしたりしているから、彼らにとっても喜ばしい池なのであろう。
　この池は境内の北にある池で、他のもう一つ池、境内の南にあるやや大きな蓮池（今
では名ばかりの）に繋がっている。その池には江戸時代のはじめ頃から水神が祀られて
おり大切な池であった。ここも最近はすっかりヘドロとザリガニと化していたので、こ
の機会についでにどぶを掻き出そうとしたところ、不測の事態が生じた。池のヘドロの
底のさらにまたその底から、なんとダンプ１０台分ほどの産業廃棄物がでてきたのであ
る。常識では考えられないことであった。誰がいつどんな風にしてこの池の底に埋め立
てていたかは全くわからない。昭和４０年頃の廃材であることは、でてきた瓶や空き缶
の表示でわかった。建築廃材から看板、コンクリートの固まり、清浄な池の底であるは
ずのところから、とんでもない宝物？瓦礫がでてきてしまったのである。
　街のど真ん中で家が所狭しと建ち並んでいるところである。こんな街中の小さな寺の
小さな池にどうやってこれだけのゴミを埋め立てることができたのかミステリーであ
る。先代住職や役員たちに訪ねてみても、全く心当たりがないという。不思議な話であ
るが事実である。
池全体を大人がすっぽり埋まるほどの深さまで掘ってもまだゴミがでてきた。普段は
子供たちがザリガニ採りに夢中になって入っても膝のすねくらいの水たまりで、以前、
池の補修の時に安全上浅くしたということ以外は特に工事をしたということは聞いてい
ない。　まさか、水神や火ぶせの神をお祀りしている清浄な池にこのようにゴミを埋め
立てていたとは想像すらできなかった。
　しかし、こんな片田舎の廃寺同然の寺だからこそ、日本がたどってきた文明の愚かな
足跡をそのまま映し出してきているのかもしれない。今、ちょうど昭和２年に建てられ
た庫裡が老朽化して、新しく庫裡客殿を建立すべく、古い庫裡を解体し、廃棄処理をお
願いしていたやさき、以前、この池の底に不法に投棄されたゴミを発見できたのも、な
にか因縁の不思議さというか、皮肉なものを感じざるをえない。
　自然は正直である。それから一月もたっていないというのに、この境内に数十年ぶり
にホタルが帰ってきた。カエルたちも戻ってきている。したたかなザリガニたちもい
る。
　寺にとって池は、本来、放生の池といい、施食（せじき）供養をする大事な供養の場
所である。施食供養とは、自分が施しを得て頂戴した食物の一部をほかの共生する仲間
である自然の小動物や飢えに苦しんでいる人々や精霊に分けてさし上げる供養の場を象
徴していた。お互いに分け合って生かし合う場である。心字の池というが、あらゆるい
のちあるものを尊び大切に生かしあう大慈大悲の仏の心を映し、仏の道を実践する場で
あった。もちろん寺の池は時代の流れや文化の流れを様々に映し出してきた。灌漑用・
防火用から極楽や浄土を映す名庭園や、悟りの境地を映し出す枯山水までさまざまなも
のが映し出されてきている。だが、あらゆる生命が共生する自然の環境を如実に映しだ
す鏡の池であるのが寺にある本来の池の姿ではないだろうか。いや、自然にある池はそ
のまま良いにつけ悪しきにつけ、ありのままに地球自然の環境を映しだすものであか
ら、人手が加わらぬ自然の池の方がもっと正確に映し出しているかもしれないが、いず
れにしても、弱くはかない命が住めないような汚染された池や人間の思い上がりを映し
出た池は、やがてあらゆる生命にとっても住にくい環境となることを映し出していると
いえる。
　この池がこれから先どのような姿を映し出すものであろうか。今は夕月がくっきりと
写されている。　

龍雲好久
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

真実を見いだす

真　実　を　見　い　だ　す

　きらきらとまぶしい川を背景に、ススキの穂が風に揺れている。
その陽炎の中をゆらりゆらりと蜻蛉が群をなしている。
刈り入れの済んだ田の広がりに、眼をやると、ところどころで藁焼く煙がたなびいて、
遠く山々が霞む。
その麓には幾つかの集落が穏やかな小春日和の陽射しの中に慎ましく肩を寄せあってい
る。
　久しぶりの光景にしばし見入っていると、道路工事で片側通行の車線規制を受けて止
まっていた車が動き出し、再び高速走行を始めた。
何処までも広がる田野の中をまっすぐに突っ走る高速道路。先ほどからぴっしぴっしと
フロントガラスがあたっているのは、どうやら、のんびりと大空舞っている蜻蛉らし
い。かといって、車を止めるわけにも行かない。かなりの数の蜻蛉の群、フロントはた
ちまち無惨にも蜻蛉の血がはじけ飛ぶ。
しかし、道を外れたところの蜻蛉たちは、そのような恐ろしさにも気づず、ゆったりと
大空を舞っている。
　人の世界も、動植物の自然の世界も、今ここに見たものがまさしく現実の世界を象徴
である。
　真実は、この世界を離れてはない。混乱と苦痛、狂乱と快楽に満ちた社会の現実の中
に、真理はある。この混乱と苦痛に満ちた現実を見据えてこそ、本当のものを見いだす
すべがある。この現実を、ごまかすことはできない。いたるところに、生死があり、破
壊と生成がある。これをごまかすことはできない。
　このごまかすことのできない現実の生を直視することこそ、真理に目覚める禅定であ
り、瞑想であるのだ。
　覚者J.ｸﾘｼｭﾅﾑﾙﾃｨが語りかける。
「わたしたちは、耳を傾けることが、ほとんどありません。
犬が吠える声に・・・。子どもが泣く声に・・・。通りすがりの人が笑う声に・・・。
わたくしたちは、あらゆるものから、自分を切り離し、その孤立したところから、物事
を見たり聞いたりしています。
きわめて破壊的なのは、こうした分離です。
というのも、そのなかで、ありとあらゆる葛藤や混乱が生まれるからです。
あなたが、すっかり静まって、あの教会の鐘の音を聴くなら、あなたは　その音にのっ
ていくことでしょう。
いや、むしろ、音があなたをのせて、谷を越え、丘のかなたへとつれ去ってゆくことで
しょう。
音とあなたが切り離されていないとき、あなたが音の一部になっているとき、そのとき
はじめて、その美しさが感じられます。
瞑想とは、分離がなくなることです。
しかし、それは、意志したり、願望することによって、おこるものではありません。
　瞑想は、生から切り離されてあるようなものではありません。
それは生の真髄であり、日々の生活の真髄です。
教会の鐘の音を聴き、妻とつれだって歩いている農民の笑い声に耳を澄ませ、通りすが
りに少女がならす自転車のベルの音を聴く・・・
瞑想は、そうした生の断片をとおして、ひとつひとつの断片だけでなく、生の全体を開
示するものです。」
　真実は、あなたとあなたを取り巻く現実をおいて他になく、あなた自身が目覚めなけ
れば、たとえどんな立派な真理でも、それはあなたにとって、虚偽でしかなく、無意味
である。真実を見いだすのはあなたでなければならないし、あなたは、真実を見いだせ
るのである。あなたの現実の生をとおして・・・・　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　沙門・
好久

真理に目覚めよ

　　真理に目覚めよ
　
　今年ほど夏の終わりから秋のはじめの移り変わりの激しさを感じたことはないのではないだろうか。一陣
の風が吹くごとにまるでどすんどすんと音を立てるかのように冷え込んでいく。ことのほか厳しかったこの
夏は跡形もなく、まさにつるべ落としの秋である。
　秋の日差しはキラキラと万物を黄金色に輝かせる。躍動していた生命の営みも止み、沈みゆく大きな
夕日の中で、人々は、静かに収穫を得た感謝の祈りを捧げる。草木や小動物たちも、その働きを終え
て、大地に静かに帰る。
　秋の夕暮れは、かつて農耕の社会を生きてきた我々の祖先の安らぎの思いを呼び覚ますのであろう
か、妙に故郷が懐かしい季節でもある。
　いかに文明が進歩しようと、我々は大地と共に生きていることに変わりはない。
あらゆる生命は天地自然の営みの中にはぐくまれている。あらゆる生命は天地自然と一体であり、天地
自然の営みを無視して存在することはできない。それは、それぞれの生命の内側にも外側にも一貫して
流れる法則である。
　だが、文明がグローバル化するに従って、天地自然の営みを恣意化するものが自他を破壊してきて
しまった。天地自然の大きなサイクルを狂わしつつある現状にあってなおも破壊し続けてさえいる。その大
きなつけはやがて大きな苦しみとなって我々全体を襲うに違いない。
　人類は大宇宙大自然界のあらゆる生命を通して流れている普遍的な法則について、もっと謙虚に、
深く学ばなければならないと思う。学ぶといっても理屈を学ぶのではない。現実を通して示されている真
理を学ぶことに他ならない。真理とはなにも哲学や科学や宗教といった専門家のいうところのものではな
く、あらゆる生命の現象を通し、一貫して流れている真理であり、それを人類ひとりびとりが自らの人生の
責任においてを学ぶことに他ならない。なぜなら真理とは人によって作り出されるものではなく、すべては
真理の中に存在しているのであるからである。
　迷いや苦しみや混乱は、仏教でいう無明、すなわち天地自然の道理を解せず、真理に反することへ
の警鐘である。だから本来あらゆる生命は、自ら真理によって生きるよう導かれているものである。真理
に反すれば大きな混乱と苦しみが自らを襲うようにできており、真理に生きるよう軌道修正されるべくはか
らわれている。それを「メタノイア」という。であるから、我々人類ひとりびとりは、決して天地自然の道理や
真理に無縁ではなく、また、だれでもが自らの人生を通して、真理に対する責任を持っている。「真理？
そんな絵空事にうつつをぬかしている暇はないよ！」というとき、彼は天地自然の中に生かされている自
らの人生の責任を放棄していることになり、それはやがて自らと世界を滅ぼしかねないのである。
　これは決して大げさなことではない。どんな些細な日常の事柄の中にもあらゆる形で天地自然の道理
が現れている。自らの人生を通していかにその真理に目覚めていくかが問われていることなのである。
　そのためには、まず、現実を直視することが大事だ。現実を直視するとは、何度もいうように、ありのまま
をきちんと観るということ。大宇宙や大自然界。我々の社会や家庭。我々の心や身体。さらには原子
や素粒子に至るまでのマクロやミクロの世界に起きているあらゆる現象をできるかぎり直視し、観察する
ことから始まる。天地自然の営みや、人類の愚かな行為を通して現れる悲惨な世界にも目を反らすこと
なく、ありのままを凝視する。
　そして、「なにをどのようにすればどうなるか」という一見単純な事柄を通して現れている大宇宙の奥深
い法則というものを全的に理解することが大事である。断片的であってはいけない。全的に理解せねば
ならない。
　なぜなら、大宇宙体に流れる法というものを全的に理解し得ないかぎり、断片的で狭量な精神が、世
界を混乱や苦しみに導いてしまうからである。
　たとえば、人類の世界には国家における憲法や外交における国際法をはじめさまざまな人為的規則
規定を定めて、よりグローバルな形での統合化された社会を目指しているが、断片化し、孤立化した一
部の権力者や一部の国家の利権の争いの衝突が、それを難しくしていることは明らかな現実である。す
べての民族が、すべての国家が、すべての人間が大宇宙大自然界を全的に理解しようとしない限り、
人類の目指す平和はあり得ない。
　文明の進歩により、地球はますます狭くなった。しかし地球規模の文化の発達は未だ未熟といっても
過言ではない。地球規模の文化の発達に欠かせないものは、大地に根ざした個々の人間の全的な真
理の統合によるしかない。
　まもなく、宇宙ステーションが建設され、人類は大気圏外で生活するようになるという。しかし、地球と
いう大地にしっかり根ざしていなければ、糸の切れた風船のように、大宇宙の漆黒の闇の中に消えてゆく
しかない。大宇宙に大きく羽ばたけるのは、地球にしっかりと根ざしているからであり、人生を大きく限りなく
羽ばたきうるのも、おのれ自身にしっかり根ざし得ているからに他ならない。
　自らの人生を通し、真理に責任を持ち、真理に目覚めることがいかに大事なことであるか。そしてそれ
がいかに自らや世界を大きく変えてゆくものであるか、我々はそろそろお互いに自覚せねばならない時期
に来ているのではなかろうか。
　世界は明らかにそのような方向に流れている。
　弘法大師空海の言を紹介しよう。　
　「かの仏の教法(みおしえ)は遙けきところいあるのではなく、わが心の中にありて、きわめて近いのであ
る。真如(さとり)は自らの外にあるのではない。我が身を捨ててどこにそれを求めることができようぞ。
　迷いといい悟りといっても、わが心のいかんによることであるのであるから、発心(おもいたち)する一念
のうちに、直ちに悟りの境地に到達することができるのである。
　悟りの光明(みひかり)というも、迷いの暗黒(くらやみ)というも、自らの他(ほか)にあるのでないから、自
らその教法(みおしえ)
を信じ、それを修すれば、忽ちにして証(さと)ることができるのである。
　それにもかかわらず、哀れなるかな、哀れなるかな、いつまでも長い迷いの闇夜に眠れる子(もの)よ、
苦しいかな、痛ましいかな、あくまでも無明(おろかさ)の酒に狂酔(よいし)れる人(もの)よ、痛く狂酔(よいし)
れるものは、かえって他人(ひと)の酔わざるを笑い、酷(はなは)だしく睡れるものは、さかさまに、目覚めた
るものを嘲るのである。
　かくていつまでも、医王としての仏の教薬を訪(たず)ね服せないとせば、いずれの時にか大日の悟りの
光(みひかり) を見ることができようぞ。」
　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

人類の根本問題

人類の根本問題

秋晴れの休日、参詣客も少なく、寺は実に静かである。戸を開け放ち爽やかな空気を取
り込む。お香がゆらりと堂内を一巡し、外に流れ出る。
　こんな日は実に世間の響きが間近に聞こえて広がりを増してくれる。
遠くで催しものを告げる花火の音。それに驚く小鳥たちのけたたましい鳴き声。稲田で
鳥追う砲筒の音。境内の松風かと思えば、遠く、風切る列車や自動車の音。墓参の人の
明るい話し声、小鳥たちのさえずり、急に救急車が右に曲がりますと告げて、急ぎ過ぎ
て静けさが戻る・・・・・さやさやともみじの葉ずれ、からからと願い事を思い出すか
のように揺れる絵馬。風鐸がカランと揺れ、一鳥声がして、ぱたりと沈黙があたりを再
び飲み込む。穏やかな日だ。
　先日、一人の青年の死に出会う。生後十ヶ月目で事故に遭い、爾来、２２年間、寝た
きりで、流動食のみで生きてきた人だ。透き通るような美しいその顔は、まさに純真無
垢そのものであった。当時、あと数ヶ月も持たないでしょうといわれながら、今日ま
で、家族の支えひとつで生きてこれた、尊いいのちであった。こんな美しい死に顔を眼
にするのは初めてである。壮絶極まりない介護の人生ではあったが、実に能く家族の慈
悲心を引き出してくれるものであったのだろう。赤心のままあの世に帰ったといえる。
彼は死後、迷うことはない。
　古く釈尊の時代に、仏教には五戒や十善戒という戒があって、仏教徒として守るべき
戒めが定められてあった。これはまた、今日に伝わる、日本の仏教においても、仏の世
界に渡る（悟りを得て、迷わずに成佛する）ために不可欠なものとして、臨終の際や、
死後直ちに引導を授ける際に、まず、確認させられるものでもある。
この世とあの世の狭間で必ず、自己の人生をふり返えり、自らの生きざまを見つめさせ
られる。これはどんな人でもそうである。そして、自らがさらにこの世を去った後に修
行すべき課題を決め、あの世の生活に入る。
　「死後裁きにあう」とは、本来の自分が、この世で生きてきた自分を総括し、さら
に、自己の果たすべき世界に赴くことをあらわしている。
「迷えるものは迷える世界へ、悟れるものは悟れる世界へ。憎悪に満ちたものは憎悪の
世界へ。他を苦しめてきたものは、自らまいた種を刈り取るごとく、他に苦しめられる
世界へ」とまさに因果応報の世界へ導かれ、本当の安心と悟りを得るまで、自らの行い
によって、自らの進むべき世界を決定しながら、輪廻し修行を続ける。
　しかも、現代的に言えば、この世と違って、あの世の時間はそのスパンがこの世から
見ればかなり長い。故に、死後、苦悩から脱却するにはかなりの時間がかかるといわれ
る。　　　　　　　この世は、まるで地獄も極楽も、悪魔も天使も同居しているような
世界だけ、一面、迷いやすいし、反面、悟るにはまたとない機会だといえる。
この世の一日はあの世の何千年に匹敵する。それだけに生老病死の苦しみの世界が展開
するこの世での修行の意味は、霊魂にとってまことに大きく、人としてのいのちを頂戴
するのは稀有のことである。仏教では百千万劫（無限のとき）を経ても得がたいことだ
という。
　しかし、忘れてはならない、迷いは今、この世に生きている私自身にあり、それをい
つまでも迷い続けるか、それとも克服できるか、そのどちらかである。それは、実に、
今の私自身にかかっているといえる。たとえ、今現在、死んで、地獄に落ちていたとし
ても、その地獄の世界から自分で迷いに気づき、悟りを開いて行くしかない。
　しかも、迷いは果てしないが、悟りは一瞬である。その一瞬の悟りで迷いはたちどこ
ろに消え去る。
　それは、また、迷いを断ち切るには、今をおいてほかにないということでもある。人
はたとえどんな境地に在ろうとも、そういったところに立たされているといえる。それ
を忘れないようにしたい。
　自らを見つめ、迷いを断ち切るべく指導してきた仏教は、人間の根本問題を指摘し、
そのおろかさを凝視させるべく、戒をあえて、提示した。
（１）【不殺生戒】生き物を殺さないこと。（２）【不偸盗戒】盗みをしないこと。
（３）【不邪淫戒】男女の間を乱さないこと。性に関して乱れないこと。（４）【不妄
語戒】嘘をつかないこと。（５）【不飲酒戒】酒を飲まないこと。
　これは古い時代の仏教の五戒であるが、他に十善戒、二百五十戒などと、修行する段
階に応じて、より厳しく内面化されてくる。しかし、五戒を見てもわかるように、その
問題は今日においてなお、大事件として現れている人間の大問題である。
　今日の人類のありさまを見ると、まことに、人類は業が深いといわざるを得ない。こ
の私自身も、生きれば生きながらえるほどに罪業を深めていると言わざるを得ないのが
現状だ。　　　
　彼の青年のような赤心のまま、天真爛漫にこの世を渡ることなど、とうの昔に捨てて
しまった気がする。生きながらえるほどに罪深くなる自分。悟れるどころか、どうにも
済いようがない自分ばかりである。
　しかし、その自分から逃げられないし、また、逃げてはならないのだ。
五戒というものは、罪重ねるごとに魂に深く大きくのしかかってくる。その重みが身に
しみるばかりである。
だからこそ、仏の教えは絶やしてはならない。いつか、人類がその根本問題に一瞬にし
て解決するまでは・・・・・・・
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　　　　　龍雲好久

　

人類は滅びるしかないのだろうか

　人類は滅びるしかないのだろうか

　朝からかなりの蒸し暑さが覆い被さっていた。夜になり、とうとう耐えきれなくなってポツリポツリと雨が降
り出した。稲光が光り、遠く雷鳴が聞こえる。どうやら待ち遠しかった雨がやってきて涼しくなるようだ。そう
思いながら、明日の施餓鬼の準備をしていた。やがて雷鳴が人の話を遮るほどになってきた。いきなりバ
キッと割れんばかりの稲妻と雷鳴が轟く、人々は一瞬、仕事の手を留めざるをえなかった。それでも雨は
まだポツリポツリで、闇にとっぷり暮れてしまった雲の中で光る稲光と雷鳴は不気味である。やがて強烈
な雷鳴とともに、たまりかねたように激しい雨が降ってきた。３階位いの高さであるこの本堂からは江戸川
の向こうに広がる都心が見渡せる。ひっきりなしの稲光と雷鳴は都心の上空であちこちで間断なく続いて
いる。まるであの湾岸戦争のような光があちこちで閃光を放つっている。その度、上空の雲と下の都心の
高層ビルが闇に浮きあがる異様な光景は尋常ではない。一瞬、東京空襲か！？と思うほど、激しいも
のであった。それからどれほどの時間そうであったのだろうか。夜更けて自室で本を読んでいるうち、い
つのまにか激しかった雷鳴もどこか遠くへ行き、残り雨の雨音と秋の虫達の鳴く音がよく聞こえる。ほっと
する静けさである。網戸を通し心地よい風が部屋を通り、あの厳しい夏が去って、秋が到来した。
　人は戦争の恐怖からはまだ解放されていない。
　これは今現実に起こっている話である。ある国ではダイヤモンドの鉱脈を持ち、石油を埋蔵する富める
一国家であるばかりに、単なる国内の政権争いが、石油を手中にする政府軍とダイヤモンドを手中にす
る反政府軍の対立となって増幅し、その国の人々を絶対的恐怖と困難に陥っている。それは、世界中
の大国が、政府軍からは石油を買い求め、反政府軍からはダイヤモンドを買い求め、政府軍も反政府
軍もその得たお金の大半を軍備にかけて、とどまることを知らないからだ。国民の生活は疲弊し、窮乏
化するばかりでなく、互いに仕掛けた地雷はその国のほとんどのスペースを埋め尽くし、毎日人々の誰
かが、無差別にその地雷の犠牲になっている。地雷の目的は大量殺戮をねらったもの、足だけを吹き
飛ばし、生殺しの状態にすることによって、その犠牲者の治療や人的ロスをねらいその国家の全面的
衰弱をねらって開発されたローコストのものなど、実に何百種類のが出回り、その国家の国民の数と同
じほどの地雷が埋められて、人々の生活を根本的に脅かしている。そして一度ばらまかれた地雷は、
完全に撤去するには計り知れないほどの危険と時間がかかるのである。彼らは、自国の石油やダイヤ
モンドが光り輝くものを世界に吐き出し、代わりに世界から自らを滅ぼす悪魔の武器を食らっている。な
んと悲惨で愚かな現実であることか。この現実に激しい憤りを覚える。この国の悲惨な姿は、実は、
我々が今立つ地球上の悲惨な運命の象徴である。人々が、互いに民族や国家やイデオロギーや主
義に固執し、飽くなき自己拡大を諮ろうとする限り、紛争と戦争は耐えない。政治・経済・宗教などに関
わらず、人々が自己優先に立つ限り、戦争の脅威は決して消えることはなく、地球は破壊され滅びるし
かない。いや、このままでは人類は滅びるだろう。搾取と殺戮を手段とする限りいつかは自分を殺す、滅
びの運命にある。かの国の現状は、地球の現状である。
　人類は今こそ叡智を働かせねばならない。戦争と殺戮を終結さねばならない。そのためには人類は叡
智を働かせねばならない。その叡智は、世界の現実を直視することから始まる。いま、目の前で何がなさ
れ何が起きているかを直視せよ。
　一人の農民が道を歩いている。飢えでふらついている。少し脇道にそれた。次の瞬間地雷で吹き飛
んでしまった。そして、爆煙が虚しく漂う。何事もなかったように景色はあったが、その人はいなかった。そ
の農民はあなたであり、あなたの最愛の人なのだ。
　殺戮と破壊を終わらせねばならない。そうでなければ、この静寂な庭の秋の虫も何もかも、吹き飛ぶし
かないのである。

　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲　好久

吹き消されざる内面の炎

　吹き消されざる内面の炎

震災や大津波は、我々の拠って立つ大地は決して不変のものではなく、動き続けるきわめて不安定な
ものであるということを否応なしに突きつけ、正月気分どころではなくなった。大自然の天変地異は多くの
尊いいのちを根こそぎ奪い破壊する。あっという間の出来事になすすべもない。地球にとって地殻変動
のちょっとした動きかも知れないことが、これほどの大きな災害をもたらす。地球上に生活する我々にとっ
ては、自然や宇宙の変動を無視することはできない。多くの生命が損なわれ、さらに生活のすべての基
盤を破壊する。
　人類はそのような危ない地球上で繁栄を築くべく、あらゆる災害を教訓として、危ない地球とともに共
生していく道を模索せざるを得ない。いま、世界中が地球レベルでこの問題に取り組んでいることは、不
幸中の幸いであり、一つの新しい時代の幕開けであるように感ずる。地球がそれを人類に問うたのかも
知れない。
　時々刻々と変化変滅のさなかに生かされている現実を忘れないことが肝心である。恐れに問題があ
るとすれば、変化変滅の現実と乖離した感覚から派生する恐怖心である。変化変滅の現実とは、地
球でいえば地殻変動、環境変動。我々でいえば生老病死。こういった現実の問題から乖離する精
神、すなわち、自我の永続性を願う感覚であり、それが現実逃避や閉鎖的精神をもたらし、ますます現
実から乖離してしまう。恐怖心は本来危険を回避する自己保存や安全性を確保する大事な反応であ
る。しかし、多くの場合、本当の危険性よりも、精神的恐怖心により現実乖離を起こし、混乱した行動を
とってしまう。これが問題である。この恐れがあるかぎり、現実はきわめて過酷な環境でしかない。
　我々が祈らざるをえない多くの時とは、まさしく困難に直面したときであるが、内面の恐怖心に駆られた
ままの祈りはあまりにも脆い。際限もなく繰り返される苦痛や苦悩に苛まれた精神は、絶望の縁に立ち、
絶叫する。「神様たすけてーっ！」と。しかしその叫びはむなしく暗闇の奥深く消え、やがて絶えてゆく。
　あなたはこれを他人事のように聴いているかも知れない。正月早々縁起でもないと避けるだろう。でもよ
く見つめてご覧なさい。これらのことは、あなたの側でごく当たり前に起きている現実であることに気づくの
に、そう時間はかからないだろう。
　恐れからの解放は、恐れそのもに直面するしかない。恐怖から逃げていてはいくら祈っても、解放され
ず、真の安らぎは得られない。
　時々刻々と変化変滅のさなかに生かされている我々にとって、かけがえのない時とはいまのいまであ
り、その中で最善を尽くし、悔いのない生き方を目指すしかない。現実の変化変滅の恐怖にさらされつ
つも、そこにしっかり立つとき、あなたはきっと何者にも吹き消されることのない不生の光明を自身の中にし
っかりと見いだせるはずだ。それはいかなる転変地によってさえも毀つことのできないものだ。それこそ永遠
のものであり、自分自身の最奥に輝く「本性」である。
　まさに、祈りとは「本性」を開眼することに他ならず、それはいま自身が立たされている現実の中から、
いかなるものにも吹き消されざる内面の炎である自己の「本性」の探求をおいて他にない。
　
　

生きるということ

生きるということ

　雪降りしきる中、この古寺の荒れ果てた泥池に、今年は珍しく白鷺が１羽飛来してき
た。どうも子どもたちの話では、毎日やってくるらしい。なかなか敏感で、彼を見よう
と思っても、すぐその気配に気づかれて、いつも見失ってしまうのだが、今日は牡丹雪
がしゃらしゃらと降っているためか、人も白鷺も周りの景色もみな雪に埋もれて、気づ
かれず、しばらく一緒にときを過ごすことができた。
　この池は古くから寺の北側にあり、薮垣で囲まれていて、ザリガニを捕ろうとする近
所の子どものほかには滅多に人の入らぬ場所であった。昔は、スイレンやハスが美しく
咲き、小さな池のほとりには四季折々の花が可憐に咲いていた。タニシやゲンゴロウ、
ミズスマシ。フナやドジョウ、コイなどがたくさんおり、夏にはホタルが無数に飛び交
い、戸を開け放し、電灯を消して、蚊帳の中それを楽しんだものだ。アマガエルやヒキ
ガエル、トノサマガエルなど実ににぎにぎしく住んでいたものだ。ところが最近は、と
んとこれらの生き物にお目にかからなくなった。ここ数十年の間には池の様子もすっか
り変わり、戦時中掘った防空壕が池と合わさって広くはなったものの、やがて、人々の
生活排水が流れ込み、あきらかに池はひどく汚染されていた。この寺は、何代か無住職
の時代があり、近年もしばらくそうであったが、その後移り住んできた寺の者も、私を
含め無粋なものたちばかりで、今となってはもうすっかり、ヘドロ化したドブ池であっ
た。それでも、秋の祭りのあとに残った金魚や、ミドリガメ、釣り人がときおり放すコ
イたちがわずかではあるが生息していた。とくにザリガニの王国であった。
　２年ほど前、寺の役員たちが、「この池の方角も悪く、庫裏のいたみをひどくするば
かりで、薮蚊ばかりが繁殖して、盆の墓参りに難儀しているから、いっそのこと埋めて
しまいましょう。」という意見がでた。誰もが、汚いし、子供らにも危険だし、この池
をなくすしかないなと思っていた矢先、不思議なことに、その話がでた年から、この池
に、珍しい訪問客が飛来するようになった。昨年は冬の間中、鴛鴦が２羽、やってき
て、春暖かくなるまで滞在していたし、この冬はなんと！白鷺が毎日飛来している。こ
んなことは初めてである。池を残せという寺のご本尊様の思し召しであろうか。
　雪振りしきる中、しばらくそのような感慨に耽りながら、白鷺の様子をじっとうかが
っていた。
　彼は、池のほとりの岩かげのあたりに佇ずみ、目を閉じ、じっとしている。雪に同化
してはいたが、しかし、周囲から隔絶した独自性というものがあった。やがて目を開
け、その細く長い足で、池をゆっくりと歩き始めた。片足ずつ、そろりそろりと、あた
りに十分に気を配りながら、ときおり、水に浸けようとする片足をぷるぷると振るわせ
ながら、おお！冷た！といわんばかりに振るわせながら、ゆっくりゆっくり池の中を歩
いていく。ああ！鳥とはいえやはり水が冷たいのだと思っていると、突然、ぱっとその
黒く細長い長い嘴を池にすばやく差し込み、何か餌を捕らえた。ぱっとくわえ、ぱっと
飲み込む。そして、また、そろりそろり、足をぷるぷるさせて、ぱっとくわえ、ぱっと
呑み込む。彼は、餌をついばむために、全神経を集中させていた。足を振るわしていた
のは冷たいからではなく、泥を撹拌させ、泥中に潜む獲物を探していたのだ。しばらく
して、また、じっと岩かげに身を寄せ、目を閉じ、そして、目を開け、そろりと歩きだ
し、ときおり翼を広げ（それは見事なまでに美しい翼であったが）、ぱっと捕まえ、ぱ
っと呑み込む。それを何度も繰り返す。その立ち居振る舞いの見事さは、すべてに隙が
なく、すばやい動きであった。全くの無音の静中動の所作そのものであった。ふと気を
そらした瞬間、彼を見失った。彼は突然飛び立ったのだ。その飛び立つ瞬間の気配は、
全く感じられなかった。ほんの一瞬の出来事で、その動きは全くの沈黙の中でなされた
といってよい。気がつくと、雪振りしきる湖面ばかりが残っていた。やがてしばらくし
て、彼はどこからともなく飛来して、沈黙の中に降り立つ。彼が来る気配は彼からは全
く感じられない。何度かその気配を掴もうと挑戦してみたが、いつも不意をつかれてし
まう。結局ほかの小鳥たちの動きでつかむしかなかった。彼が来るとき、小鳥たちは奇
声を発し、ぱっと飛び散る。そして人の頭上の電線に待機する。どうやら、彼らには人
の方が安全らしい。少しして、案の定、彼は静かに悠然と舞い降りてくる。目を閉じ、
いつまでもじっとして動く気配がない。しかし、周りの気配には十分に目覚めており、
危険と安全を熟知していた。その佇まいは、禅僧のそれであった。ここには生のすべて
があった。全的に生きることのすべてがあった。
　さて、人々の世界はどうであろう。相も変わらず簡単に人の命を奪ってしまったり、
自分の命を落としたりといった悲しくも愚かな現象が毎日のようにおきている。生きる
ということの、本当の在りようがわからなくなっている時代なのだ。
　環境が住み難くなって、人が住む池に白鷺が飛来するという現象も、異常で不自然な
ものの一つかもしれない。しかし、そういった困難な環境、汚染された世界にあってな
お毅然と与えられた生命を全うしている彼の姿には生きるということの本当の在りよう
が込められているような気がしてならない。人はこの困難な時代にあって、生きること
の本当の在りようを掴んで、しっかり自分を生きていかねばならない。

萬歳楽山人　龍雲好久

精霊による療法

『精霊による療法』

　我に絶大なる生命の奇蹟がある。
　霊妙なる自然はこの肉体のあらゆる細胞に活動して、我が身体を愛育しつつある。
　病あれば病を去り、病毒あれば病毒を追い出して、この身を健全に導くことを怠らな
い。　この作用は到底人工の薬物及ばぬ神聖偉大なものである。
　我が身に絶えず神秘の霊薬が湧き出している。
　病何ぞ。病はこの霊薬の前に何の防ぎとなるか。
　病は必ず治る。病はこの霊妙なる作用によってこの身から逃げ去っていく。
　我が身は必ず健全に甦る。
（この言葉を瞑目して心の底で叫んでみよ。精霊の力が全我に漲るのを覚える）
　
　これは、小職が真言の僧侶として修行が始まったばかりの頃、我が師青木融光大和尚
から賜ったものである。
　恩師青木融光大和尚は、学生である小職に対し「佛にお仕えするものは、病める人々
の心に生きる喜びと、深い感謝の心を喚起させ、心に安心を得させることにこころをい
たさねばならない。愚痴、不平不満、怒り、飽くなき欲望などのこころが苦しみを生み
出す。それらを捨てて、自分に頂戴しているあらゆるものがご本尊からの賜り物であ
り、自分を生かし導いてくださっておられるものである。それらのおかげで、いのちを
頂戴し、生かされていることに心から感謝すべきである。寝間着でも、服でも、履物で
も、眼鏡でも、鉛筆や毛筆でも、どんなものに対しても、そのおかげで自分は佛の道を
学ぶことができるのだから、必ず押し戴いて感謝して使いなさい。そうするとそれらが
みな自分のために本当によく協力してくれるのがよくわかるもの。それらが自分の活力
や生きる力となって作用し、生きる勇気、生きる喜びが自然に湧いてくるものである。
これらのことを病に苦しむ人たちによく理解させることが大事である。」と事あるごと
に諭してくださった。
　私が東京都清瀬市の円通寺を初めて訪れたのは、昭和４３年、大正大学一年生の時の
夏であった。飯坂の円蔵院住職八幡龍山伯父から教えられた青木先生の手紙の住所を頼
りに、清瀬駅から歩いて一時間ほどのところにある寺を訪ねた。夕暮れであった。
　「ごめんください。ごめんください。あのう、私は大正大学の学生ですが、お経が全
くわからず、教えていただきたく、参りました。」事前になにも連絡もせず、また誰の
紹介もなく、見ず知らずの者が大正大学の学生というだけでいきなりのことであった。
寺に育ったと言うだけで、一般大学の受験勉強ばかりしてきた私には、いくら本音で僧
侶を目指したいと思っていても、佛教の実践的授業が理解できず、そのときにはかなり
追いつめられた思いがあってのことであった。
　このとき私は青木大和尚のことをなにも知らず、ただ伯父に先生の住所を教えられた
だけで門をたたいたのであった。後でわかったことであるが、このとき師は真言宗の最
高位の大阿闍梨で、宗教界で初めて人間国宝になった方で、文化勲章をお受けになって
おられた方であった。しかし、愚かな青年にはそれを知らなかった方がよかったのかも
しれない。とにかく佛道の修行がしたくて思い切ってお尋ねしたのであった。今にして
思えばまことに失礼極まりないことであった。
　しかし、恩師はそのとき、じっと小生の顔をしばらくご覧になられて、「今、本堂の
普請の工事をしているところである。ご本尊さまが庫裡にお出ましになっておられるか
ら、君を泊めてあげる部屋がない。今君はどこに住んでおるのかね？もし通えるなら、
明日からいらっしゃい。」
　そこで十日間、毎日通い、真言宗の尊いお経を教えていただいた。そして、たくさん
の薫陶を頂戴した。恩師は明治生まれの老師、私が十八歳の若僧であった。この時に教
わったことが、その後の私の人生を全く変えてしまうことになり、私自身の僧侶として
の探求の絶対的中核を占めている。
　特に小生の母が病弱であって、寝たきりであることをことのほかお心にかけてくださ
り、
その後、師にお目にかかる度に、我が母のことを気遣ってくださり、「親を大切になさ
い。」
といつも注意してくださるのであった。
　昭和６０年に師が遷化なさるまで、１７年間、師から学び取るように終始一貫してご
指導いただいたのは「病に苦しむ人たちをどのようにして安楽ならしむ（癒す）べき
か。」すなわち『病者加持』のことであった。
　老師には立派なお弟子が世界中にたくさんおられ、そのほとんどの方が密教の第一級
の大阿闍梨としてが活躍されている。小生はそのお弟子方の末席を汚すこともできない
者である。しかし、冒頭に掲げた『精霊による療法』はこの老師が個人的に最も大事に
されていたものであり、これを頂戴できたものはどうやら他にはおられないらしい。
　この「言霊」は病者に心を込めてお伝えし、「元気」を漲らせる不可思議な言霊であ
る。師は病める者に対してはいつも全身全霊を込めて、人々を癒しておられた。師はど
んな場合でも、病人（すべての来談者）の話すことに、辛抱強く耳を傾けておられたが
印象的である。けっして、はじめから諭すようなことはされない。たとえどんな話であ
ろうと、本人の言うことを注意深く、かつ充分によく聞きいて理解することに集中して
おられた。来談者は様々な悩みや不安、恐怖、不平不満等々延々と訴えるのである。あ
るいは、偉い和尚に認めてもらいたい一心で滔々とまくし立てる若い僧侶の話にも、そ
のままに耳を傾けておられたので、これは師の相手に対する一つの姿勢であったのだろ
う。やがて、相手が充分に話し終える頃に、相手に共感しながら、しかし、日常の心の
持ち方一つで、世界が変わることを師自らの体験を例にして話されるのであった。自分
に関わるあらゆる物事は自分に力を貸してくださっているのであるから、感謝して生活
をすべきこと。感謝の心を捧げれば、あらゆる物事が自分に協力してくれ、生きる力と
なり喜びとなって私を甦らしてくれること絶えずわかりやすく話されてくださるのであ
った。
　師はその精神の深みを晩年ふと開示された。それは、お亡くなりになる十日程前のこ
とであった。私が師のご高齢で痛々しいばかりであったお体に対し、お加持をさせてい
ただくことをお許しいただいたときであったが、不思議なことに、師はそこでもなお霊
妙なる加持のお力を自ら現じられて、法身の気というものを私に向かって放射されてお
られたことを今も忘れることはできない。それは何ともいえない慈しみに満ちた優しい
光明に満ちたものであった。しばらくして、師はやおら起きてこられ、次のようにお示
し下された。
　『三世常恒に宇宙法界を照らし玉ふ　大日如来　凡聖を貫き　十方に普く　自他一如
の真心白浄の蓮華の如く　円明の月輪の如く　清浄無垢円満　無碍の心物と対立する心
でなく　物心不二の霊体である。」』と。
　昭和６０年６月、これが唯一の恩師から頂戴した最後の言葉となった。奇しくも、こ
の師に導いてくれた我が母もこの年正月に他界している。
　最近、遺伝子の暗号の解読が進み、後３年後にはすべて解読されるだろうといわれて
いる。
病気と遺伝子との関係も次第に明らかにされつつある。自分の遺伝子には呪われた宿命
が組み込まれているのかいないのか。これから誕生する生命を人間が峻別して良いのか
悪いのか。まさに、２１世紀はアダムとイブが知恵の木の実を口にして、あがないきれ
ぬとんでもない原罪を犯してしまう時代の幕開けとなってしまうのであろか。新たな問
題が浮上してきている。
　ただ、忘れてはならないことは、どんなに生命の神秘の解読が進んでも、それをどの
ように展開するかは人類にかかっている責任であること。それを解読した人類のまこと
に重たい問題であるが、解読した以上、真剣な課題として常に真正面から取り組んで行
かねばならないし、ごまかしたり、放り出すことはかえってまずいことになろう。倫理
で規制できるレベルを超えてしまうかもしれない。しかし、真理の探究に対しては人類
は謙虚であらねばならない。わからないことの方がまだまだ多いのだ。まして霊性の問
題に対しては現代人は全く無知のレベルにある。遺伝子を超えた霊性の問題があること
理解しない限り、人類は自己の存在や生命の存在に対し大きな誤りと混乱を起こすこと
になろう。決して神の領域に踏み込んだなどというおごりを持ってはなるまい。大宇宙
の神秘からみればほんの少しかいま見る程度にすぎないのであるから・・・・。
　明治時代の老僧の言霊が、今もなお鳴り響いているように思われてならない。

　　　　　萬歳楽山人・龍雲好久

静寂なる愛（生と出会う）

　　静寂なる愛（生と出会う）

　穏やかな秋の日差しを浴びて、笹の茂みの中から顔を出しているカリンの実が愛らしく輝いている。ま
ぶしいけれど柔らかな日差しは、庭の白い塀に樹木の長い影を映し出し、色づきはじめた木々の葉をよ
り鮮やかに映し出す。風もなく静かな日、鳴く鳥の声にもくつろぎを感ずる。時折、藪の中で蜘蛛の糸に
ぶら下がった一枚の枯れた笹の葉がクルクルと回転し、微風が渡ることを知らせてくれる。やがて、開
け放たれた部屋の窓から心地よい風がやってきて、差し込む光と一緒に戯れ、勝手口の方へと出て
行った。そこには子犬がうたた寝をしていた。心地よい光と風は彼女を優しく愛撫し、さらに向こうの垣根
の葉群へと去っていった。何気ないことだったが、まさに、それは毀つことのできない愛と沈黙に満たさ
れている一瞬であった。

　クリシュナムルテｲは次のように語りかける。
　奇妙なことは、あなたが何の、誰のためにというのでもなしに、そのようなすばらしい愛情の感覚、愛と呼
ばれるものの充満を感じることである。重要な唯一のことは、その深みそのものを探ること、終わることのな
い思考のつぶやきに満ちた浅薄でちっぽけな精神と共にではなく、沈黙「静寂」と共にそうすることであ
る。沈黙はあまりにも汚染された精神から自由なものに貫入することができる唯一の手段、道具である。
　私たちは愛が何であるかを知らない。私たちはその「歪められた」徴候は知っている。それは快楽、苦
痛、恐怖、心配等々である。私たちはそれらを解決しようと努めるが、それは闇の中の彷徨になってしま
う。私たちはこのことに昼も夜も費やし、それはほどなく死を迎えることによって終わる。
　あなたが岸辺に立って水の美しさを見つめているときのように、もしも静かに愛と呼ばれるこのものに自ら
をひたすことができるなら、人間のあらゆる問題と制度、人の人に対する関係・・・それが社会なのだ
が・・・は、すべて自らの正しい位置を見つけだすだろう。
　私たちはそれについて多くのことを話し合ってきた。若者は皆、誰か女性を愛していると、司祭は彼の
神を、母親はわが子を愛していると言い、政治家たちはもとよりその言葉をもてあそんでいる。私たちは
本当に言葉を台無しにしてしまい、それに無意味な内容・・・私たちの狭く小さな自己の内実・・・を負わ
せている。この狭くちっぽけな文脈の中で、私たちは他のものを見つけようとし、それは私たちの日常の混
乱と惨めさに苦痛に満ちたものとして跳ね返ってくる。
　しかし、それはそこに、水面にある。あなたのまわりのすべてに、木々の葉の中に、パンの大きなかけらを
呑み込もうとしている家鴨の中に、今通り過ぎた脚を引きずる女性の中にある。それはロマンティックな自
己同一化や、小利口な言語による合理化の中にはない。それはそこにある。あの車やあのボートと同じ
ように現実的なものとして。
　それが、私たちのすべての問題に答を与えてくれるであろう唯一のものである。いや、答ではない。とい
うのも、そのときそこに問題はなくなっているからである。私たちはあらゆる種類の問題を抱え、それらを愛
なしに解決しようと努めている。だからこそそれは増殖し、拡大するのである。それにアプローチする、ある
いはそれを保持する方法はない。しかし時折、私たちが道端に、湖のそばに立って、花や木を見たり、
農夫加工を耕すのを見れば、そしてあなたが静まっていて、夢想しておらず、白昼夢にふけっていたり、
疲れていたりせず、強烈さをもって沈黙の中にとどまっているなら、そのときたぶんそれはあなたのもとにや
ってくるだろう。
　時々はひとりになりなさい。そしてあなたが幸運ならそれはあなたのもとへやってくるかも知れない。落葉
の上から、あるいは何もない野原にひっそりと立遠のく木から。
（クリシュナムルテイ著『生と出会う』大野龍一訳　コスモライブラリー　から）

　本当の生に出会うには、心のあらゆる条件付けから解放されていなければならず、その条件付けから
解放されるには、条件付けられていることに気づくことによるしかない。愛や自由というもは涵養されたり
育てられるところのものではなく、沈黙や静寂と同じく、われわれの条件付けられた精神によって、それは
決してとらえられないものである。このいろいろな意味で条件付けられた断片的エゴや議論に終止符を
打ち、かの心地よい微風が渡るほど、おおらかで無垢な心であればこそ、そこに愛や自由は現れる。お
おらかで無垢なる心を失わせるわれわれ自身のあらゆる混乱や問題を直接見つめ、そこに潜む欺瞞生
を見抜くことなしには、本当の生に出会うことはない。

　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

千の風

　雨上がりのぬけるような紺碧の空に青葉が映え、なんという美しさであろうか。陽光の輝きが万物にいの
ちを吹き込み、すべてが躍動している。あのくっきりとした影までもがエネルギーに充ち満ちて、そして、さわ
やかな風が元気とともに通り過ぎる。なんとすばらしい季節であろうか。

　こんなときは、あの詠み人知らずの美しい詩を思い出す。

　

　 A　THOUSAND　WINDS　　　　　　　　　　　いくつもの風

　

Do not stand at my grave and weep,　どうか　わたしのお墓の前で悲しまないで・・・

　　I am not there, I do not sleep.　　　わたしはそこには居ないし、眠ってはいない

　

I am a thousand winds that blow,　　　わたしは無数に吹きわたる　風

I am the diamond glints on snow.　　　わたしは雪の上できらきら輝く　ダイヤモンド　

I am the sunlight on ripened grain,　　わたしは実った穀物にふりそそぐ陽の光

　I am the gentle autumn's rain　　　　わたしは　穏やかな　秋の雨

　

When you awake in the morning hush,　朝の静けさの中であなたが目覚めるとき　

　　 I am the swift uplifting rush　　　　　わたしは　アマツバメとなって　素速く舞い上がり

　　　of quiet in circled flight,　　　　　　　紺碧の大空を　旋回する

I am the soft star that shines at night.　あなたがやすむ夜　わたしは　そっと瞬く星になる　　　

　

Do not stand at my grave and cry,　　どうかわたしのお墓の前で泣かないで・・・・

　 I am not there, I did not die.　　　　わたしはそこには居ないし、

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　わたしは　死んではいないのです

　

　

　わたくしたちが、”いま　ここに　ある”のは　この人生のすべてを通し、生死の向こうにある　真実に気づ
くためにほかなりません。

　この世のなかに繰り返される痛ましい事件や殺戮の現実は、本当に遣り場のない憤りと悲しみを感じま
す。

　いったい何がひとをしてこのような暴力や破壊、殺戮に駆り立てるのでしょうか。事件の背後を見つめま
すと、これもまたどうしようもない悲しい現実が潜んでいることが多いようです。破壊を企てるものの肩を持
つことはできません。しかし、背景にある人間の愚かさや悲惨きわまりない苦悩やその怨念を直視しなけ
れば、人類の悲しみは消えることがないのでしょう。

ここには、「生」と「死」を直視できず、「生命」そのものを理解できない人類の混乱があります。そして、この
混乱があるかぎり、人類はどうしようもない慟哭と激しい怒りを残したままです。

　しかし、ここに掲げた詠み人知らずの一編の詩はそういった混乱の絶望の淵に立つ「残された者」に
対する深い慈悲、何者も毀ぼつことのできない「愛」すなわち「生死」の向こうにある真実を詠わんとして
いることに気づきませんか？　（『千の風』の名訳が幾つか書店にでているようです。）　　

　さあ！いのちある限り、悲しみや絶望をのりこえて、生きて参りましょう。あなたに愛があるとき、世界に愛
があるのです。

　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人・龍雲好久

戦争と平和

戦争と平和

　いま、世界は戦争やテロの緊迫した情勢の中で、地球全体としての人類のあり方が真に問われてい
ますね。人類のすべてのカルマがありのままにぶつかり合っています。ひとりひとりが真剣でなければならな
いのはもちろんです。
　そして、人類最後の緊張を生み出しているのが原理主義的宗教間の争いによる戦争やテロであると
いう現実を見逃がしてはならないと思います。彼らは絶対なる神の名の下に地球制覇と独裁化をはか
る妄信狂信の輩なのです。どんな高邁な真理と正義を説こうとも、その本質は、自らの野望のため、自
らの信仰や宗教やイデオロギーに固着し、同一化してそれらを自らの大儀として、自分の意に添わない
相手を異端者扱いし何千年もの間戦ってきているようですね。セクト化した原理主義的妄想にとりつか
れたまま、しかも、恐怖心や敵愾心に駆られヒステリックに反応している姿は、まさしく異常であり、狂気そ
のものです。もっとも怖いのは、その狂気性が生命を殺傷する武力的手段を持っていることです。まさに
「気違いに刃物」です。狂気性に満ちたものは、ルールも手段も選びませんから、彼らのなすことはもは
や正気の沙汰ではありません。従来はこれを力で押さえてきたのでありますが、現代はこの狂気性に核
や細菌といった壊滅的な武力と緻密性が加わった戦略システムが乗ってきますから、一度でも行使さ
れたら大変な惨事です！オームがそうでしたように、どうすることもできない惨状を招くのが現実です。絶
対にそのような事態に陥ることだけは防がなければならない。これは人類にとって、緊急の課題です。
　果たしてわれわれはこの狂気性からどれだけ身を守り、愛する家族や社会、世界を守ることができると
いうのでしょうか。
　仏教はありのままの生を凝視し、人生の苦悩の根本原因を「生・老・病・死」や「愛別離苦、怨憎会
苦、求不得苦、五蘊盛苦」の四苦八苦をあげておりますが、これは人類にとって普遍的反応です。世
界中がテロや戦争に戦慄を覚えるのも、そこには残忍で壊滅的な「死の苦しみ」があり、あらゆる苦悩が
展開する恐怖があるからです。
　一方、あらゆる生命には自己保存という本能が備わっており、あらゆる外敵から自分を守り、種を守
り、生命を守るべく反応するようプログラミングされています。
そして、この世に存在するあらゆる生命は自らのいのち保つために、他のいのちを搾取せざるを得ない二
律背反的自己矛盾を抱えた存在であるのです。「生きるために食べる」ということ一つ見ましても「生きる
とは他を屠る」ということにほかならないのです。
動物や植物や微生物といえど生命ある存在であることに変わりません。自然界では「自らのために他を
屠り、他のために屠られ」ています。しかし、それは大自然全体の生命の保存システムとして働いており、
常に自然界のバランスを保とうと機能しておるものです。
　人類とて、この大自然界の所産に過ぎないのですが、問題は、人類の持つ狂気性にあります。個人
においても集団においてもこの狂気性が全体の生命システムを根本的に破壊し、バランスを崩し、破滅
に追い込む。そして、自己保存や自我我欲の本能を知性を通して異常に極大化させ、自己の利害独
占に向かってバランス破壊のシステムを拡大し、大量破壊兵器や経済流通破壊を企て世界を破滅と
混乱に導いていることこそが、人類の最大の狂気性であります。狂気性は手段を選ばないとは、人類の
あらゆる場面に現れるということです。
　ですから、人類にとって最大の課題は「人類の狂気性を正気に戻すこと」しかありません。ただ、このこ
とが人類にとってかなり困難な問題であることは歴史が証明しております。狂っている当事者は自分が
狂っているとは微塵も感じていないのが常です。指摘されれば自分に対する攻撃としか受け取れないの
です。
　自己の狂気性を認識することで、狂気が終わり、狂気が終われば、まさに正気なのです。ですから、
人類にとって「ひとりひとりの自覚」すなわち「正覚覚醒」が根本課題となります。「覚醒」は人類の有す
る普遍的性質です。苦悩が人類に普遍的に感ずるようにできているのも、その苦悩を通して狂気性を
正気に戻す機能であるのでしょう。
　しかし、何度も申しますが、人は薬物で麻痺するように、信念やイデオロギー、宗教などによっても麻痺
し、あらぬ方向へ突っ走る狂気性があるのです。一部の狂った野心家・独裁者にとって「正気」や「正
覚」は自我存続の最大の敵ですから、躍起になって弾圧や異端狩りを繰り返し、「正気」を麻痺させ、
打ち砕くべくマインドコントロールを図り続けます。そして、狂気がもたらすものは、いつも、きわめて冷酷で
残忍極まりない搾取と破壊であります。
　「国連」という「戒」体があっても「民族」という人類の業（カルマ）をもつ人間が「戒」を保つことが困難
であるように、さまざまな思惑と利害関係が交錯し、問題をより複雑で難しくしています。
　しかし、「自戒」こそがわれわれの狂気を正気に目覚めさせうるものなのです。「国連」が人類の狂気を
正気に目覚めさせうるか、そこが今日の最大の課題となっております。
「何が真に問題なのか。」人類はそれぞれの思惑を離れて、それを直視し喝破せねばならない問題に
ぶつかっているのです。
　自らの行為が真に善であり得るためには、自らの行為の悪の問題を自覚せねばなりません。悪の問題
を理解してこそ悪をたちどころに消滅させうるのです。
世の中は善と悪が対立しているのではなく、本質的に悪が対立を生み出したのです。暴力についても、
暴力に対する非暴力というのではなく、また、暴力を阻止するための暴力や非暴力というのでもなく、暴
力の本質を見抜いて、暴力をたちどころに終わらせることこそが重要なのです。ですが、あなたや私が
本当に自己の暴力性を認識し、直ちに暴力を終わらさせることが果たして可能でしょうか？自己に暴
力を保持するかぎり、私やあなたが実は暴力の原因であり、また、テロや戦争行為の加担者でもあるの
です。
そうなると、人類の平和は全く不可能に近いもののように思われますね。それとも「平和」は幻想に過ぎな
いのでしょうか？しかし、ここであきらめては悲惨な暴力の問題からは逃れられないのです。
　今、世界は国連を舞台にイラク問題で「戦争」か「平和」かで大きく揺れています。誰だって戦争は望
みません。平和を望んでいます。しかし、人類の暴力の問題を解決できない限り、テロや戦争の危機か
ら開放されることはないでしょう。攻撃の危機にさらされている限り、暴力を阻止する自衛手段を整えね
ばなりません。それが現実です。力対力、暴力対暴力この構造にはまった結果が今日の世界情勢な
のですから、現状のままであるかぎり、人類は大量殺戮の惨事からはけっして開放されない宿命にある
のです。本当に人類にとって切実な問題はあらゆる暴力や戦争を直ちに終わらせることはできないかと
いうことです。
　はたして戦争や暴力が終りうるのでしょうか。それは全く不可能なのでしょうか。武力で武力を押さえるし
かないのでしょうか。力が物言うという社会のありようこそが諸悪の根元であるのでしょうか。力によらない
ありようがあり得るのでしょうか。力による限り当然それはないことだけは明白です。では、力に問題がある
のでしょうか、それとも力の行使に問題があるのでしょうか。人類はこれまでさまざまな権力のもとでまとまろ
うとしてきました。ですが、そこには必ず権力闘争があったのです。権威や力によっては人類は統合され
えなかったのです。それは絶対と信じる神の名においてさえもそうであったのです。では、人類のすべてが
武装解除や武装放棄に応じ、統合されるのでしょうか。それを理解するためには、あるべき姿に求めるの
ではなく、何が世界を分断し混乱と破壊に導いているか、その本質をあるがままの現実の苦しみを直視
して、人類の暴力性を終わらすことに全人類上げて取り組まねばならないことだけは避けてはならない
問題なのではないでしょうか。

善き種子を蒔く

善き種子を蒔く

　早いものでもう２月も過ぎ、弥生となった。今朝方降りしきっていた雪もいつか雨混じりとなり、境内に積
もる雪も泡雪と化した。本堂の屋根からずり落ちる雪もいささか水っぽいが、子犬には驚きらしく、突然の
ことに、一瞬、動きが止まる。
　それにしても、この冬の豪雪はかなりすごかった。今ごろになって、根雪もさすがにすっかり融けてしまっ
たが、雪の覆いを取ってみると、地肌にはまだイチョウの実が沢山残ったままで、松葉もたくさん落ちたま
まである。早い時期からの大雪だったなあと、雪かきの追いつかない日々をしみじみ思う。
　銀杏は小粒ながらも豊作で、先ほど、お参りに来た近所のおばあさんが、もったいない、もったいないと
お賽銭をおいて、この銀杏の実を一日かけてきれいに拾っていってくれた。果肉をむいているその素手
では八十を越えてなおかくしゃくと農業で鍛えられたたくましい手であった。
　さて、三月は春彼岸の季節でもある。お彼岸の風習は先祖を大切にする農耕民族日本人独特のも
ので、間もなく、墓は春を呼ぶ花々で賑わう。
　春彼岸は仏の子として「善き種子」を蒔く季節でもある。善き種子とは彼岸（さとりの世界）に至るため
に蒔く六波羅蜜の種子をいう。六波羅蜜とは仏・菩薩に「閼伽水を供え（布施）」、「香を塗り（持
戒）」、「花を供え（忍辱）」、「香を焚き（精進）」、「ご飯を供え（禅定）」、「灯明をともし（智慧）」供養す
ること。これらは六種供養といい、供養の最も基本となるものであり、また究極の供養でこれに勝るものは
ないとされている。
　閼伽水とは功徳水のことをいい、すべてのいのちにこの功徳水を平等に供養するはたらきで、「無垢
なる愛」を捧げることにほかならない。
　香を塗るとは戒を保つことで、煩悩の熱悩を去って法性の清涼を供養するはたらきであるが、これは
自己のあるがままを見つめ続けることを意味する。持戒とは「自己を見つめること」にほかならない。なぜ
ならば、自分の愚かさに気づかぬ限りその愚かさからは抜け出せないばかりか、たとえ、戒律として規範
を設け、それに合わせようと努力してみても、絶えず、あるべき自分とあるがままの自分との葛藤に苦しむ
人間であるが故に、自分を愚かだと判断するのではなく、ありのままの自分を見つめることから、自分の
愚かさに気づき、その気づきが自己を解放する。これが「戒を保つ」という本当の意味である。
　花を供えるのは花は実に素直にわけへだてなく人々に慈悲の香りをかもしだし、しかもその美しさはあの
汚泥に咲く蓮の花のごとく、決してこの世の汚濁に染まることのないの清純無垢の本心のはたらきを意
味する。忍辱とはどのような濁世にあろうともそれらによって決して傷つくものでない真実を示している。ど
んな辱めを受けても耐え忍ぶと字義どおりに受け取られがちだが、奥にある本来の自分、真我や無我
が無傷であることを理解できる人は少ない。
　香を焚くというのは真実の炎もっておのれやこの世の欺瞞や妄心の薪を燃やし続けるはたらきをいう。
人は過去の経験や自分へのこだわりからどうしても頑なな自我を通し、その殻に閉じ籠もってしまう。そし
て、柔軟な心や探求心を失い、いつしか自我は腐敗してしまうものである。香を焚くということはこのような
腐りきった心に堕すことなく、探求の炎を燃やし続けることを意味する。
　ご飯を供養することがなぜ禅定なのであろうか。禅定は一般に座禅といわれ、ただ黙って、ひたすら
自己を見つめることをいう。精神統一や瞑想、心を鎮めるヨーガとしても知られているが、自己を知らぬ
ものがいくら坐禅をしても野狐禅に堕す。人の批判や猜疑心に堕すものは、心が飢えており、満たされ
ない自我がくすぶっているのである。それが野心となって我田引水を張るため、常に争いや葛藤をもた
らす。、その飢えた心に如来の飯食を供養する。如来の御食を食すには禅定が必要で、その禅定は
自己のあるがままを見つめ、自己の愚かさに気づき自我を解放することで自ずとすべての生きとし生ける
ものを慈しんで止まない、滋養となり滋味となって働く仏のはたらきが自分の中に自然に働いてくるので
ある。禅定とは個人を離れた、すべてのいのちとつながった本来の自己、融通無礙の無我が顕われる
法界体性の世界に生きることにほかならない。
　灯明を供養するとは無明の痴暗をはらす観察の智慧をはたらかすという意味がある。観察の智慧と
は、自己の鏡を通して世界を見ること、如実知自心のことだが、ひたすら観ることの中にこそ般若の智
慧が働いているものである。見るものと見られるものの探求を通し、自分を理解していくのであるが、自分
を見るには自分を含み越えたさらなる奥の自分の眼が開かれねば、見えてこない。見る目を妨げるのは
自我というこだわりである、これが外れるには葛藤が理解され含み越えられねばならない。そのようにして
みるものは深まり、高まって、最終的に「私は誰？」ということになる。観察そのものが智慧であることを知
るものは少ない。
　さて、この春、穏やかな日差しもと、お互い善い種子を蒔いて育てようではないか。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

全ての先祖があなたとしていまに生きている

　　全ての先祖があなたとしていまに生きている

　墓所での供養を終え、庭の中道を戻ると、木々の茂みから無数の蝉群がバラバラと一斉に飛び出
した。その数のなんと多いこと、こんな光景は初めてであった。この夏は蝉が多く、夜中でも昼間のごとく
鳴き通しであった。蝉の時雨れる季節は盆の季節。盆の季節は先祖をお迎えし、しばし時を同じくする。
１３日に迎え１６日に送る。蝉のいのちもわずか三日ほど。もしかするとあの蝉に乗ってご先祖達は帰っ
て来るのかもしれない。今年はずいぶんと多くの先祖や精霊が戻ってきてくださったのだろう。しかし、そん
な思いでこの夏を過ごしたかたはどれほどいたのであろうか。厳しい経済情勢のさなか、先祖どころでで
はなく仕事に精を出していた方もあろう。あるいは夏休みで家族して万博でも見に行った方もあろう。そし
て、万博会場でも蝉が鳴いていた。きっと、先祖も一緒に見にきて、驚き楽しんでくだっているのだと思
う、そんな声も聞こえそうだ。
　そうこうしているうちに、盆も過ぎ、あれほどの蝉も少なくなり、なごり夏を思う風鈴の音が葉群を心地よく
渡り、瓦屋根に陽光がまぶしく舞う頃となった。
　そんな折り、ひとりのおばあさんが寺を訪ねてきた。「なにか、この頃、家の中で怪我をしたり、思いがけ
ないことが頻繁に起きたりして、お障りでもあるのかとどうしても気になりましてね・・・」と、家族に起きている
いろいろなこと、子供や孫たちがいっこうに仏壇に手を合わせることもなく、先祖や、亡くなったおじいさん
やおばあさん、亡くなった夫のことなど少しも気にとめる風もなく、なにか自分だけがひとり仏間に取り残さ
れているような気がしてならない。どうしてみんな昔のように家族して墓参りやご先祖をお参りして団欒した
り、朝晩、手を合わせることもしなくなったのか。これでよいとは思えないし、どこか心配である。それに、仏
壇の祀り方が悪いのか、花の飾り方や位牌の位置に問題があるのか、どうもあまり家庭内でよいことが
ないし、火の消えたように暗い家庭である。仏壇の中に遺影を入れておくのは良くないと言われ、そのせ
いなのか気になって仕方がない。家の中が思うようにいかないのは、何かこういったご先祖をないがしろ
にしていることにあるのではないかなどと縷々述べ、拝んでほしいというのだった。
　確かに、我々の暮らしぶりや信仰の有り様は昔とはずいぶん変わった。こういったことを気にかける人
もいるし、気にかけない人もいる。それでもこうした祖霊信仰はまだ日本人の底流に流れているとは思う。
それに、いかに進歩した現代とはいえ、人々の不安や問題がなくなったわけではない。何か困難な問
題に直面すると、不安が募り、こういったことが気になり出す。まして、テレビなどを通し、カリスマ的祈祷
師がズバズバそういったことを口にするのを耳にすればなおさらのことである。しかし、問題はこういった祈
祷師が指摘する内容のほとんどは根拠のないものばかりであることだ。彼らは独特のパフォーマンスで
そのことを勝手に言い放っているだけなのであるが、それを真に受けて気にしてしまう現代性に問題があ
る。現代人は孤独で脆いものなのだろうか。
　どうだろう。すこし考えて見ればわかるように、あなたの「いのち」は両親からもたらされ、その両親はまた
その両親、その両親はまたその両親というように、そのいのちは宇宙の始まりから連綿と引き継がれてき
たいのちであるのだ。あなたの中には父のいのちも母のいのちも、それぞれのお祖父さんのいのちもお祖
母さんのいのちも曾お祖父さん曾おばあさん・・・・・・連綿とひきつながれたいのちであることは確かだ。と
いうことは、先祖というのはかつて生きていたいのちではあるが、現在の我々自身とともに今を生き続け
ているいのちでもあるのだ。すなわち我々自身は無数の先祖とイコール。先祖は私という姿で生き続けて
いると言っても過言ではない。
　ということは、我々が不幸にも苦しみ嘆き悲しんでいることは我々に繋がり我々自身として生き続ける
無数の先祖が苦しみ嘆き悲しむことに他ならない。もし、先祖供養が大切だというのであれば、先祖自
身である我々が本当に幸せになることをおいて他にないのだ。
　もちろんかつて自分のようにいのちを受け継ぎ、後のいのちのために身を粉にして働き続けいのちを全う
してくださった先人を敬う心は、自分が今日いかに生きるかを考える上でも大事なことである。
　ただ、最も大事なことは受け継いだ自分のいのちを大切にすること、自分のいのちであって自分のい
のちでない。この自分のいのちはまさに無数の先祖そのものであり、自分を大切にし、供養することは先
祖を大切にし供養することに等しいということであること。
　釈迦牟尼佛世尊が死後のことを気にしている人々に向かって、「死後の世界を考えることより、いまの
あなたが自身がその苦しみから抜け出なければならない。本当の安らぎを得なければならないのだ」と仰
せられたのも、ここにある。
　蝉のいのちは儚くとも、過去も未来も「ただ、いま」こそがいのちの燃えるときと教える。そのいのちをいま
に全うすることにこそ全生命力は注がれていること知るべきであろう。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

尊きいのち

尊きいのち

　山にはいる。
里はもう桜も散り、桃の花も色濃く、若葉が萌え出で始めようとしているのに、ここはまだ冬なのだろうか。
木々のつぼみもまだ堅く、梢のごうごういう風もまだ寒い。山の高みはまだ眠っているのかもしれない。
　わけあって、奥山深く分け入っている。昨晩の冷たい雨も止み、晴れ上がり気分がよい。温もる土の
香りがする林道づたいにゆっくり登る。
清流がきらきら輝き、雪解け水には勢いがある。土手の所々にはスミレが愛らしく咲き、うららかな陽光を
いっぱい浴びて嬉しそうである。
谷の向こうには清楚な山桜が咲いていた。可憐で美しい。里のどっと、ライトアップされた桜とは違い、
かなり慎ましやかである。
遅ればせながら奥山にも春は着実にやってきている。
　林道のあちこちには水たまりができていた。その水たまりの中で動くものがあった。人ははじめ、何かが
絡み合った異様な動きに驚いた。蛇かと思った。近づいてみると、なんとそれはヒキガエルの一群であ
った。１５センチぐらいはある大きなものであった。一つの水たまりに５、６匹はいる。河原の茶色の石に似
た色である。雌だろうか、気を惹かせるようにまだら色をしているものもいる。春の日差しをいっぱい浴びて
水遊びをしているのだろう。　人が近づくと一斉に水たまりに潜る。それでしばらく留まると、やがて眼だけ
を水面から出して、じっと怒ったようにこちらの様子を見ている。声をかけると、また沈む。
よく見てみると、あちこちの水たまりはヒキガエルの産卵の場であった。ほとんどが重なり合った二匹の蛙
たちで、中には３、４匹重なり合っているのもいた。そのときは、決まって足だけが幾つか蹴りあって動いて
いるのがいかにもおかしい。
交尾しているものはまったく動かない。かなり側に近づいているのだが、にじり動きもしない。正面から見て
いると、二匹とも半眼で、その顔はまるで瞑想のそれであった。後尾ではあるがそのいのちのいとなみの
厳粛さがまわりを圧倒し尽くしている。傍らには、長い蛙の卵がぐるぐると巻いてあった。人の貪欲さとは
違う、生命の尊厳さというものが漂っていた。
　どこまでも続く林道のすべての水たまりの中に蛙たちがいた。いくつか道にあふれた川を渡って、どん
どん奥まで入る。しかし、やがて行き止まりであった。崖崩れで道が消えているのだ。細い道はえぐられ、
深い谷底まで岩が崩れている。あきらめて、しばらくそこで休んでいると、下の方から男女二人の乗った
ジープが登ってきた。しかし、人のいるのに気づいて、引き返していった。
　やおらして、山道を降りる。先ほどの水たまりがことごとく濁っていた。その濁りに、はっとした。くだんの
蛙たちはどうしたのだろう。無事であるのか。濁り水の中で相変わらず蛙たちは動いていた。どうやら大
丈夫らしい。しかしその期待もすぐに裏切られた。歩いているうちに、やはり数匹の雌の蛙が犠牲になっ
ているのを発見した。車にひかれ、臓物が飛び出して潰れていた。見るも無惨な姿であった。が、そのよ
うな悲惨な事件が起きたばかりだというのに、傍らでは、連れ合いを無くした蛙たちが別の蛙の中に潜り
込もうと必死であった。その姿は、いのちをなんとかつなぎ止めようとする激しさがあった。すさまじいだけ
に、哀れで悲しい。
　そういえば、先ほどの車とは別に、山に入ってまもなく、下りてくる１台の車とすれ違った。近くに住む老
人のなのだろうか。独り山に分け入る者を怪訝そうに一別して通り過ぎたが、その老人はしきりに水たまり
を避けて通っていた。車の汚れを気にしているのかと思ったが、今思えば、蛙をひき殺さないようと注意
深く運転していたのであった。こうしてみると、山道にはいるにも、いのちを粗末にするものと、大切にする
ものの違いは大きい。
たしかに、大自然の中ではぐくまれるいのちの現実は厳しい。そしてそのいのちはあまりにも脆くてはかな
い。しかし、だからこそ、そのいのちを守るべくあらゆる自然のはからいがなされているのも事実だ。宇宙、
自然によって守られていなければ、いのちは何一つとして存在し得ない。いったい、いのちとは何である
のか？
　人々はこの大宇宙、大自然界の中で脈々と生かされ、はぐくまれ、受け継がれている「いのちの本
質」を見なければならないだろう。
確かに、このいのちのさらされている現実は絶えず何かに脅かされ、生存をかけ、種の保存をかけ生き
残るべく戦っているように見えるかも知れない。侵略者や略奪者、細菌やウイルスなど、戦災や災害、
事故、病気・・・
世界では未だに戦火を逃れ山中に籠もり、貧困や飢餓に苦しんでいる人たちがいる。ペルーではテロ
リストたちが全員射殺されされ、幾人かの犠牲者を伴って、人質となっていた人たちが解放された。脳
死を人の死とする法案の可否が国会で審議されている。ニュースを見るまでもなく、常にあらゆるいのち
は生と死と狭間に立ち揺れ動いている。他人事ではない現実なのである。
　しかし、忘れてはならない。いつの時代、何れの所に得たいのちであろうと、この世に一つの形となっ
て現れたいのちは、宇宙のすべての歳月が育んできたかけがえのないいのちであり、たとえ生死の現実
はよどみに浮かぶうたかたの様に見えても、そのいのちの本質は決して泡ぶくではない。どのいのちも、ち
りあくたに等しいものかも知れないが、そのちりあくたに等しいいのちを支えてきているものは、大宇宙大自
然であり、そしてあらゆる生命体に心が与えられているのは、大宇宙の生命が滲み出している生命体と
しての生命の器としてである。大宇宙の生命これをダルマという。大宇宙体を法身という。そして、その
ダルマはちりあくたな生の現実に透徹し、その存在の基底、否、全存在を支え、脈々と流れている。す
べてはかけがえのないいのちであり、仏身であるあなた自身にほかならない。この意味で、人は世界の一
つ一つのいのちに対して責任があるということにほかならない。それを顕にされたのが仏陀であった。
　滅多に人の分け入らない山中で、こともあろうに車によって踏みつぶされたヒキガエルの死体は、人
に、あらためて「いのちとは何か」を強烈に問いかけるものであった。あのヒキガエルの現実、それはその
まま人間社会の現実でもあるのだ。
　人々は現実を直視しながら、いのちの尊厳についてもっと深い自覚をもたねばならないのではないか。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　龍雲・好久

大楽金剛不空真実三摩耶経

大楽金剛不空真実三摩耶経

　弘法大師空海が弟子達に常用（いつもお唱え）するように指示しておられた経典に『般若理趣経』と
いうお経がある。正式なお経の題名は『大楽金剛不空真実三摩耶経般若波羅蜜多理趣品』とい
い、お経としてはかなり古く、密教が伝わる以前からある経典で、サンスクリット（インド）やチベット語の経
典も残っている。日本の真言宗では中国唐代の大広智不空三蔵が漢字に訳された経典を使ってお
り、今日、法事やお葬式には必ずお唱えする。しかし、一般的には『般若心経』ほどには知られてはい
ない。どちらも膨大な「般若経」という経典群（漢字に訳されたものだけでも六百巻以上）に属し、「空」
という仏教の根幹を扱っている経典である。特に『般若理趣経』はその中でも真言宗の最重要経典と
して特筆されている。理由は、経典の中で「これを書写し、読誦し、思惟すれば、無量の重罪があった
としてもも、必ずその罪をあがなうことができる（救済）」と繰り返し述べられていることにもよる。
　その内容はと申せば、これが、なかなか深秘（奥が深く霊妙不可思議）なものがあり、真言の弟子で
すら、うかつに解釈を下してはならないと厳しく諫められるほどのものがある。それゆえ、日常読誦されて
も、その意味は？となると、よほどの大阿闍梨でないとお話できなことになる。これは宗教的信仰上の問
題もさることながら、いわゆる経典研究に学問的解釈上の問題が大きく関与している。特に真言宗は
サンスクリットを仏陀如来の真実のことば（真言）としてそのまま伝承いたすことを旨としているので、なお
のこと秘密めいてしまっている。
　だが、私どもが、せっかくこの世に生を頂戴して、この『般若理趣経』を知らず人生を終えることは実に
もったいない！また、この経典に流れる「空（本初不生）」と「大悲胎蔵（慈悲）」の仏心こそわれわれの
本質であるから、これを知らずして人類の未来はない！
　私は幼少の頃より、ある志しを立てて僧侶の道のご縁を頂いてきたのだが、しかし、人生には思いも掛
けぬ落とし穴があって、自分の至らなさと愚かさにより、取り返しの効かない大罪を犯してしまったことがあ
った。その罪はいまでも死罪を持ってしても決してあがないきれるものではなかった。本来であれば、こうし
て書いていること自体許されるほどのものは微塵持ち合わせていない者なのだ。まして、真言の阿闍梨
などとどの面下げていえるのか！。自らの罪を知れば知るほど奈落の底にある苦しみよりもなお苦しい。
苦しいと思うことすら許されぬ、その罪という事実の前に、これまでの自己の意義は木っ端微塵に吹き
飛んでしまったのである。他の誰が許してくださることはあっても、自分自身を赦せなかった。
　そういえば、最近出た『ZEN』という映画のなかで道元禅師がもっとも信頼を寄せて、「典座」を任せて
いた弟子が、修行中に罪を犯してしまい、弟子はその罪の重さに耐えきれず、道元禅師に願い出て、こ
のような自分がいてはお山に迷惑がかかると、自ら山を下りることを願い出た。しばらく見守っておられた
禅師は「まだ鬼は去らぬのか？」と尋ねられる。他の兄弟子たちは見かねて、その弟子に「去ったと申し
上げよ」と進言するのだが、弟子はただ涙をこぼし、お赦し下さいと低頭するのみであった。袈裟と法衣
と鉢を残し、山門を下りる、遙か彼方の愛弟子にむかって、禅師は「永平寺はいつでも開かれておるぞ
ーっ」とお声を掛けられる。そのようなシーンがあったが、その弟子の心が痛いほどよくわかる。そして道元
禅師のお言葉が痛いほど胸に響き、私自身思わずその場で慟哭してしまった。
　そのように、いかんとも度しがたい自分でいるとき、ふと、『般若理趣経』の次の一説にであった。
所謂妙適清淨句是菩薩位。慾箭清淨句是菩薩位。觸清淨句是菩薩位。愛縛清淨句是菩薩
位。一切自在主清淨句是菩薩位。見清淨句是菩薩位。適悦清淨句是菩薩位。愛清淨句是菩
薩位。慢清淨句是菩薩位。莊嚴清淨句是菩薩位。意滋澤清淨句是菩薩位。光明清淨句是菩
薩位。身樂清淨句是菩薩位。色清淨句是菩薩位。聲清淨句是菩薩位。香清淨句是菩薩位。味
清淨句是菩薩位。何以故一切法自性清淨故般若波羅蜜多清浄金剛手若有聞此清淨出生句
般若理趣乃至菩提道場一切蓋障及煩惱障法障業障設廣積習必不墮於地獄等趣設作重罪消
滅不難若能受持日日讀誦作意思惟即於現生證一切法平等金剛三摩地於一切法皆得自在受
於無量適悦歡喜以十六大菩薩生獲得如來執金剛位
（いわゆる妙適清浄の句はこれ菩薩の位なり。欲箭清浄の句これ菩薩の位なり。触清浄の句これ菩薩
の位なり。愛清浄の句これ菩薩の位なり。一切自在主清浄の句これ菩薩の位なり。見清浄の句これ菩
薩の位なり。適悦清浄の句これ菩薩の位なり。愛清浄の句これ菩薩の位なり。慢清浄の句これ菩薩の
位なり。荘厳清浄の句これ菩薩の位なり。意滋沢清浄の句これ菩薩の位なり。光明清浄の句これ菩
薩の位なり。身楽清浄の句これ菩薩の位なり。色清浄の句これ菩薩の位なり。声清浄の句これ菩薩の
位なり。香清浄の句これ菩薩の位なり。味清浄の句これ菩薩の位なり。何を以ての故に。一切法は自
性清浄なるが故に般若波羅蜜多は清浄なり。
　金剛手よ、若しこの清浄出生句の般若理趣を聞くこと有らば、乃し菩提道場に至るまで、一切の蓋
障、及び煩悩障、法障、業障など設い広く積集するも必ず地獄等の趣に堕せず、設い重罪を作ると
も消滅せんこと難からず。若しよく受持して日々に読誦し作意し思惟せば、即ち現生に於いて一切法
平等の金剛の三摩地を証して、一切法に於いて皆自在を得、無量の適悦歓喜を受け、十六大菩薩
生をもって如来と及び執金剛の位を得べし）
　｛仏の胸に　いだかれて　妙適なるめぐみ　身に沁みつ　ふかき慈悲に　つつまれる
われを知るこそ　菩薩なれ　すくい求むる　慾の箭は　やがて接取の　み手に触れ　きよき慈愛に　つな
がれて　おもいのままに　生きてゆく　まこと仏を見ることも　仏に触れる　適悦も　いやます愛は　なおさら
にきよき慢となりぬべし　仏の智恵に　かざられてこころはとわに　滋沢えり　み光のもと　身はつねに　楽
しからぬは　なかりけり　眼に見る色は　仏なり　耳に聞く音は　仏なり　鼻に嗅ぐ香は　仏なり　舌に嘗む
味　仏なり　それはなぜにと　たずぬれば　すべてのものは　そのままに　いずれも浄き　ものなれば　もしそ
の性に　目覚めれば　きよき悟りの　彼の岸に　到れる真実　そこにあり｝　
　この一説に触れて、不覚にも滂沱たるを禁じ得なかった。
紙面の都合上、これ以上は遠慮したいが、生涯を掛け、『般若理趣経』に触れつつ、人生の探究を
深めていきたいと切に願っている。この尊い「心の通信」の読者に対し、この『理趣経』に触れていただく
機会になればと稿を起こし始めた。お許しいただければ、時折、この『理趣経』を取り上げてみたい。
　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久
　

沈黙の光

　すぐ近くに産が沢という沢があって、夜道を歩くと、実に多くの河鹿がなき、蛍が飛
び交う。水が張られ稲がようやく伸びはじめた棚田ではヒキガエルや蛙たちが実にかま
びすしく合唱しているのだが、暗闇の中でスーッとともる蛍の光に遇うと、一瞬にし
て、そのかまびすしさは消え、その神秘的な明滅が不可思議なほどに沈黙を呼び覚まさ
せる。何という美しい光なのであろう。何もかも忘れてしまうほどの輝きである。
　光は太陽のようにすべてを明るく照らし出す光もあれば、この蛍の光のように闇の奥
く深さを示す光もある。長雨で増水し、怒濤のごとくあふれる濁流の恐ろしささえ、一
瞬にして消してしまうこの光の神秘性は実に形容しがたいものがある。
　河鹿のあの鈴を転がしたような透き徹るような鳴き声は蛍の光にも似て、よく沈黙を
誘う。あの声に遇うと周辺の深山幽谷がいやさらに深みを増してくる。
　この沈黙は、田んぼのあぜ道を通りかかったとき、あれほどまでにかまびすしく鳴い
ていた蛙たちが、人の気配に気づいて、それこそ田一面に水を張ったようにピタッと黙
ってしまう、この沈黙とはまた異なるものである。
　音にも光にもこの不思議な沈黙の深みがある。学生の頃に、ひとりの虚無僧が吹く尺
八（わだつみ道といっていた。一度しか聞いたことがないが）の音色に出会ったが、あ
の不思議な感覚は今でも忘れることはできない。耳に聞こえない音から聞こえる音、そ
して再び聞こえない音へと本当の音の流れとでも言おうか、無から有へ、有から無へと
流れる音の本質というものが、音楽にはうという私にも、それが実によく感ぜられた。
初めての体験であった。それはまた森で聞いた篠笛の音色にも感ぜられたものであっ
た。　かすかではあるが一本の透き徹るような音色が辺りに不思議と沈黙を呼び覚ま
す。その一つの音色により、世界中のあらゆるものに美しさが与えられ、生き生きとし
てくる。
まるですべてのものに美という息吹が与えられたような不思議な感覚であった。
雑踏の中で奏でられたその笛の音色は周りの雑音にかき消されるどころか、また戦いも
せず、周囲の雑音や騒音、人々のおしゃべり、空を飛ぶ飛行機、通り過ぎる宣伝カー、
ガチャガチャした街の雑踏・・・ありとあらゆる生活の雑然たるあふれんばかりのかま
びすしい音のひとつひとつを、その一本の笛の音色ですべてのものを美しい音色に生ま
れ変わらせていた。それはまるで深い沈黙の中で揺れ動き、きらめき、輝く星々のシン
フォニーのように、見事に調和されたものであった。
　すべてを包み込む深い沈黙性、それこそがこの新たな息吹を与える源である。　この
沈黙、静寂というものは騒々しさと対極にあるものではない。演奏会場で「シーッ」と
静かにすることで生まれたり、強制されるような静けさではない。
なぜなら、すべてはその沈黙の中で生滅する煌めきであって、この沈黙には生滅はない
からである。
　禅定や瞑想もしかり。精神を集中すべく雑念を追い払い、無念無想になろとしても、
その求める心が沈黙を失わせている。しかし、この沈黙はどんな場合でも失われること
はなかったし、これからも失われることはない。なぜならすべては沈黙の中の所産なの
であって、はじめから沈黙であるのだから・・・
　最近、町の人の話では、この産が沢の蛍や河鹿を楽しもうと、毎晩、一千人もの人が
来ているらしい。あまりの人の多さに蛍よりもここに住む人々のほうが驚き困惑してい
るという。が、それも深い沈黙のなせる業かもしれない。実は、あなたがこの不滅の沈
黙にいまここで出会わなければ人生の本当のすばらしさに気づけないのだし、不生不滅
の沈黙に気づきなさいと、そんなことをここの蛍や河鹿たちは教えてくれているのだと
思う。
　どうだろう、あなたも、あなた自身よりも身近にあるこの深い沈黙に出会っています
か？

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　　　龍雲好久

独り居る

独り居る

　現代における人々の文化交流は花盛りであり、これほど個人が様々な趣味や興味あるサークル活
動に自由に参加できる時代も珍しいと思う。
しかし、いろいろなサークル活動に所属していても、果たして、それが本当に創造性に満ちた活動にな
るかどうかについては、はなはだ疑わざるをえない。
本当は自由と創造性を求めて関わったはずの活動も、関われば関わるほど、なにか互いの人間関係
や、師匠と弟子のような関係の軋轢にぎくしゃくして、かえってよけいな神経を使い、いつしか創造性を
失った、不自由なものと化しているのではなかろうか。
そして、その関係を切り、自立するほどの勇気と自信はなく、ただずるずると、泥沼に引き込まれているこ
とが多いのはなぜだろうか。
　これは、茶の間に間断なく流れるテレビやラジオのおしゃべりに心を奪われているときなどと同じように、
結局は、淋しさを紛らわせ、不安を紛らわせ、虚しさを紛らわせ、不安や恐怖を紛らわすため、とりあえ
ず、なにかに夢中になっていないといられないということを示すのではないだろうか。
　若者たちも、盛り場や２４時間営業の店の前などの明かりのある場所に三々五々集ってきて、夜通し
たむろしているという。彼らも、結局は不安や孤独にたえられないため、なにかに気を紛らわすべく、しきり
に、酒や歌、踊り、とめどもないおしゃべりなどに興じているのであろう。けれど、どんなに夢中になっても、
終わってしまえば、元の寂しい自分が残るだけ。明け方ひとりまたひとりと欠けていって、自分だけが取り
残される。その淋しさが、またとても耐えられない・・・・。
　「けっして誰も本当に自分の淋しさを癒してくれるものはいない、誰も本当のことはわかってくれやしない
のさ」と諦めるまで、自分の孤独に耐えきれず、あてもなくさまよい歩いている姿だ。あなたはそんな姿を自
分自身に見たりしないだろうか、あなたの周りに見たりしないだろうか。
　総じて、これが現代人の心底辺に流れているものかもしれない。つまり、恐ろしいまでの孤独感である。
　社会に蔓延しているこのような孤独感はいったいどこからくるのだろうか。
それを考えてみてほしい。
　これは、現実に対する自己逃避からくるのではないだろうか。
否応なしに次から次へと襲いかかってくる現実の諸問題に直面したとき、ありのままの自分に自信が無
く、何かほかのものになろうとしたり、頼ろうとして、現実に直面することを回避すべく自己逃避する結果
ではないだろうか。
自己逃避がある限り、自分自身でいることができない。いつも、不安と恐怖におびえつつ、周りをあて
にし、気を遣って生きていなければならない。とても本当の自分はさらけ出せない。だから自分の気持ち
をごまかすため、何かに夢中になろうとするのではないだろうか。
しかも、それでいて、少しも、満たされない。結局、孤独な自分からは逃れられないのだ。
これは、現代人の多くの人が自分の本心に直面するのが恐ろしく、自信がないために落としいる孤独
感であろう。この孤独感がこんにちのさまざまな社会問題を発生させる根本問題ではないだろうか。
　人は、まさに、今、自分の孤独をみつめなければならない。自分自身に直面しなければならない。たと
えどんなに恐ろしく孤独であろうとも、あなた自身があなた自身であることから出発しなければならない。あ
なた自身があなた自身であることをやめたときから、あなた自身の人生は狂い、孤独で、あてのない放
浪の人生となる。
　あなたが孤独なのは、誰もあてにならないからではない。あなたがあなた自身でないからである。あなた
があなた自身であるとき、あなたは、たった独りででも生きていけるのである。そこでは、他に依存したり、あ
てにしたりする気持ちは全くない。したがって、裏切られたり、見捨てられたり、けなされたりする不安や恐
怖もない。
　あなたが独り居るときにこそ、孤独は消える。不安や恐怖心から解放される。このときにこそ、はじめて、
あなたは、あなたの人生を創造的に生きることができるのである。このときにこそ、あなたの周りにいるすべ
ての存在と、本来の関係を持って生きることが可能になる。すなわち、なんの屈託もなく、彼らと共にある
ことができる。
　これは、たとえどのような自分であろうとも、あなた自身の人生の一切の責任をあなた自身が持って生
きるということに他ならない。
それほどあなたは尊くかけがえのない、独自の存在なのである。その独自性はまさに神に匹敵するといっ
ても過言ではないだろう。
これが釈迦の「天上天下唯我独尊」の真意であると思う。
　このことからして、間違っても、他人のいじめや迫害への報復のために自らの生命を絶つというような
悲惨な行為を阻止せねばならない。他人に搾取された人生ではなく、もっと、自分自身で生きることの
大切さを教えなければならない。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　法円寺沙門・好久

南無大慈大悲観世音菩薩

　南無大慈大悲観世音菩薩

　この秋の台風や地震の被害はとてつもなく甚大で、被災者の方々にはまことにお気の毒なことと心か
ららお見舞い申し上げます。狭い日本であり、いつ何時このような自然災害が自分のところで発生する
か、予断を許さない現実を突きつけられた気がします。
　そのような中で、あのすさまじい崖崩れの中から奇跡的に救出された2歳の男の子姿はどれほど大勢
の人々の心に安堵と喜びを与えてくれたかわかりません。そして、きっと誰しもの心に映ったことは、いの
ちを落としても必至に守ろうとする母の愛念がきっとあのような奇跡を生んだに違いないという思いでしょ
うか。自らは痛ましくも瓦礫に押しつぶされて絶命しても、なお、生存しているわが子を助けんとする母親
の強い気持ち、悲壮なまでの必至な魂の叫び、愛念こそがレスキュー隊の心に届き男の子の奇跡的
救出につながったに相違ないと思います。
　レスキュー隊員に抱きかかえられ助けられたわが子の姿を見て誰よりも安堵されたのは傍らで亡くなっ
た彼の母と幼き姉であったろうと思います。
　本当にすごいことでありました。
　レスキュー隊員に抱きかかえられたその姿はまさに慈母観音に抱きかかえられた男の子の姿のようで
ありました。きっと、母の心が慈母観音となって出現し、救ったのでしょう。おそらくみなさんも観世音菩薩
を目の当たりにされたのではないでしょうか。
　慈母観音は必ず人類のこの悲痛な叫びの中に出現する菩薩であります。大慈大悲の観世音菩薩
は生ける者も死せる者をもその筆舌に尽くしがたい悲嘆の苦しみから救済せんと顕れる菩薩であります。
南無観世音菩薩のこの偉大な慈悲の心は世の中のありのままの実相を観じ、その悲痛なまでの万生万
物の声を聞き済度する偉大なる仏陀の大慈悲の化身であり、あらゆる世界、あらゆる時代に大慈悲の
光明としてあらゆるすがたかたちを通し出現する究極の菩薩といわれています。母と子の本来の姿はこ
の観世音菩薩の大慈悲を表わしており、その慈悲の力は何者も及ぶ者はないのであります。
　観音経に観世音菩薩のことを次のように説きます。
　　若有無量。百千万億衆生。受諸苦悩。聞是観世音菩薩。
　　一心称名。観世音菩薩。即時観其音声。皆得解脱。
（もし無量百千万億の衆生が諸々の苦悩を受けていたとして、この観世音菩薩の名を聞いて、一心に
その名を称えたならば、観世音菩薩は即時に、その音声に観じて、皆苦しみからの解放を得る。）

　しかし、このような観音さまが本当にいるのなら、どうしてこの世にいつまでも悲嘆や苦悩が存在する
の？亡くなった人は救われなかったの？と・・・・もちろん、そんなことはないのです。みな救われているし、
いつかこのような悲嘆を繰り返さない世界が出現するまで観音さまはずっと救済し続けられることでしょ
う。
　ただ、大事なことは、観世音菩薩の大慈大悲の誓願はどこから発せられるかということです。そう、そ
れは、「あらゆる生き物の苦悩の叫び声を聞いて」というところに大事なポイントがあります。
　私どものありのままの生は実に不安定でおぼつかないもので、常に災害や事故、病気など危険なもの
と隣り合わせであります。
自然の災害は人類の微弱な力では回避しきれないものもありますし、生老病死も避けられるものではあり
ません。そもそも生命は常に死と隣り合わせであるのです。
　こうした中で人類社会を混乱させ、過ちに導くものは、人類自身がこの悲痛な苦しみや悲しみを直視
することを忘れたときから始まるのではないでしょうか。
　そして、死への恐怖心から、直視することを避け逃避したり、あるいはその恐怖心を楯に脅迫を手段
に人類社会に重圧をかけたりし、やがて悲惨な状況が展開されてしまいます。目には目を、恨みには恨
みをといった無慈悲な争いが至る所に蔓延し、そのたびに悲痛な叫び声があがります。いつしは、誰しも
が、そのような叫びに鈍重になり、冷酷無比な心になってしまいます。万生万物の悲しみを理解できない
精神や魂がつまらないイデオロギーや信仰、利害追求の邪鬼となって、世界中を侵略し、破壊し、か
けがえのないいのちを惨殺するのです。それが、現実世界です。
　観世音菩薩が人類に示唆する何よりも大切なことは「もし無量百千万億の衆生が諸々の苦悩を受
けていたとして」「その苦悩の叫び声に耳を傾けよ」ということはないでしょうか。
　その苦悩が了解されたとき、人類の行動は自ずと慈悲の行為に変わるものであると思います。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久
　

日本の仏教

日本の仏教
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　龍雲好久

　早いもので、もう九月、まだ残暑が厳しいが、それでも風にゆらりと揺れる木々の葉
影に秋の気配を感じるこの頃である。
　今年の夏はとりわけ百日紅が鮮やかであった。傍らのキョウチクトウがいささか色あ
せて見える。
　七月、八月は盆供養の季節でもあり、寺は忙しい。寺に墓地ができるようになり、檀
家さんが寺を護持するようになってから久しい。寺も、昔と違い、本山末寺といった形
態が薄れて、どのお寺も世襲化されてきた。坊さんが妻帯し、家族を持つようになって
から、その傾向は強くなってきた。檀家と住職のつながりが、何世代にもわたって続い
ていくという関係は、日本仏教固有のものである。葬式仏教とさげすむ人もいるが、生
老病死の生々流転の流れにあって、きわめて穏やかで自然で、同苦同悲の慈悲深い宗教
として、きわめてすばらしいものであると思う。
　確かに、悟りを得るために、世間との関わりを捨て煩悩を断ち切り、修行いていくと
いう厳しいあり方が僧侶の本質であり、それは今日でも変わらないものである。しか
し、仏教は単に釈尊の時代から機械的にその教えを守り伝えてきたというより、その時
代時代の僧侶たちによる真剣な命懸けの問いかけと探求がなされ、その時代、その地域
の人々の生活の苦悩や喜びの中にあって、その中に仏の慈悲の根を深く下ろしてきたも
のであるといえる。常に人々の苦しみとともにあって、人々の苦しみからの解放と安心
を目指してきたのである。これが、菩薩道といわれる日本に流れてきた仏教の原型であ
るが、そこにはいささかの欺瞞性もない。苦しみがある限り、彼らはその苦しみととも
にあって、仏の救いと安心を目指し続けようとしているのである。
　今日の日本の仏教は、釈尊の時代とはだいぶ異なった形態である。そしてこれが仏教
か、これが坊さんかといぶかるような問題も多々あるが、日本の仏教ほど、家族的で、
親しみやすく、心の安住を与えるものは他にないのかも知れない。
　その時代時代の慣習や制度の中に根を下ろしつつ、常に人々の苦しみや哀しみ、ある
いは喜びとともにあるがゆえに、それこそが、仏や如来の心でもあったのかも知れな
い。
　この夏、あちこちの寺院では、盆の供養や、お施餓鬼の供養がなされた。蝉しぐれる
暑い本堂を開け放ち、施餓鬼壇を飾り、香をたき、人々が集う。事故や戦争や飢饉など
悲惨な状態でなくなった精霊や不幸にも地獄や餓鬼道に陥ってしまった有縁無縁の精霊
の菩提を願い、回向を手向ける。そして先祖や、亡くなった精霊・仏を供養する。歩く
のもやっとというお年寄りもおれば、生まれたばかりの赤子を背負う若い母、金髪の若
い男女、祖母の側でじっと手を合わせる幼子、働き盛りの青年、寺の世話役など老若男
女が集い、仏に手を合わせ、僧侶の読経に触れる。ふと心地よい風が堂内をめぐり、何
気ないこの一風景に、仏の本当の慈悲を感じる。「あの世この世に変わりなく、仏はい
つも側にいてくださる。」これが日本に伝わる仏教の本質なのだろう。

念彼観音力（ねんびーかんのんりき）

　　
　朝まだきまどろみの山の中腹から幽かに鐘の音がひびいてくる。その音に驚いて森の
小鳥たちがチチと目を覚ます。が、あたりはまだ眠りの中にあるらしく、沈黙のさなか
にある。しばらくして、鐘の音が再び、微かに、しかし、やや強めに響き渡る。小鳥た
ちはすっかり目覚めたらしいが、空も森も街も、まだ、暗がりの中、静かである。やが
て、パタパタとあわただしく石段を駆け上る雪駄の音がして、箒で掃き清める音がす
る。あたりはすっかり目覚めたようだ。はるか下の方の谷間の街で、カチャカチャ、キ
ーッと自転車が動いている。丘の向こうではカタカタ、ゴーッと一番電車が足早に過ぎ
てゆく。　やがて、全山、萌え出る新緑に満ち満ちて、次第に明るくなってきた。
　山の中腹の観音堂から、ドンドンドンドンと朝の勤行の始まりを告げる太鼓の音が鳴
り響く。突然、鳥がチチッと驚き飛び立ち、再び、全き沈黙が覆った。老若男女の参詣
者も三百九十九段の石の回廊をゆっくり、ゆっくり確かめるように登る。左右には百五
十種、七千株余の牡丹の花々が朝露に濡れて初々しく、彼らを迎える。登り切ると隠り
くの初瀬の谷を見下ろす舞台作りの『大悲閣』に至る。十メートルを超える楠の一木作
りの十一面観世音菩薩が祀られ、掃き清められ磨き抜かれたお堂。千三百年もの香りが
連綿として続き、漂う。早朝、すがすがしく、凛として、清浄である。僧も人々も、寡
黙に、ただ無心に本尊に向かい、手を合わせ、祈念をこらし、佇む。すでに大勢の参詣
者で溢れていたが、静寂であった。供物を供える僧たちの衣ずれの音がして、瞑目する
者のそばを風を残して過ぎる。
　やがて、支度が調ったのだろう。引金の音と共に、全ての僧侶たち入堂し、礼拝が始
まる。太鼓が鳴り、若々しく力強い読経の声が勢いよく全山に響き渡る。本尊御前の緞
帳がゆっくり降りてきて、大きな大きな観世音菩薩の大慈大悲の厳かなお顔が現れる。
そのまなざしはあまりにも懐かしく、優しい。その尊顔を拝する者は誰でも無心にな
る。何だろう。懐かしい、本当に懐かしい。よく来た、よく来た、よく来てくれたねと
優しく迎える観音のこの懐かしさは何だろう。その観音の慈悲のみ前に、僧侶たちの読
経の声すら遙か彼方に消えて、圧倒的な沈黙の深いやすらぎがあたりに充ち満ち、しか
も活き活きとしている。「念彼観音力・念彼観音力・・・・・」繰り返される読経が再
び耳に届いてくる。
　杖をつきつつ漸くたどり着いた老女がふと漏らす。「も来られないかな、もう来られ
ないかなと思ってましたが、今年も来られました。ありがたくて、ありがたくて、きっ
とこれで最後になるでしょう。それだけに嬉しいのです・・・」ふと、気がつくと、勤
行も終わり、あれほど大勢だった参詣者もみな下がり、その老婆とあの大きな観音さま
だけが残っていた。小鳥の声が響き、さわやかな風に木々の葉が揺れて、葉ずれの音が
して、「念彼観音力」の響きが聞こえ、彼の菩薩が語りかけてきた。
「あなたがたは　耳を傾けることを忘れている　犬がほえる声に　子どもが泣く声に
通りすがりのひとが笑う声に・・・・
　あなたがたは　あらゆるものから自分を切り離し　その孤立したところから　ものを
見たり聞いたりしている
　きわめて破滅的なのは　こうしたあなた方の分離です
　というのもそのなかで　ありとあらゆる葛藤や混乱が生まれているからです
　あなたが　すっかり静まって　あの寺の鐘の音を聞くなら　あなたはその音にのって
いくことでしょう　いや　むしろ　音があなたをのせて　谷をこえ　丘の彼方へと連れ
去ってゆくことでしょう　音とあなたが切り離されていないとき　あなたが音の一部と
なっているとき　そのときはじめて　その美しさが感じられます　
　瞑想とは　分離がなくなることです　瞑想は　生から切り離されてあるようなもので
はありません　それは生の真髄であり　日々の生活の真髄です
　寺の鐘の音を聴き　妻と連れだって歩いている農夫の笑い声に耳を澄ませ　通りすが
りに少女が鳴らす自転車のベルの音をきく・・・悲しむものの声を　苦しむものの声を
　怒り狂うものの声を　孤独にさいなまれるもののふるえている声なき声をきく・・・
あるがままにきく・・・
　瞑想は　そうした生の断片に眼をこらし耳を傾け、世界のあるがままの音を観る（観
世音）、そう！今のあなた自身の心である彼の仏心（念彼）にこそ　生の全体を開示す
るものです　そして観ることが、聴くことが即大慈大悲の生きる力となるので
す・・・」
　この声なき声を聴いた老女の眼にはいつしかひとしずくの涙がこぼれていた。その放
心している老婆を後にして、人は静かに僧坊に降りていった。人の心には、いつまでも
「南無大慈大悲観世音菩薩、念彼観音力・・・・」の温もりがあった。

　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

不生の仏心

江戸初期の禅僧盤珪禅師が指摘された「不生で一切がととのう」とは、いったいどういうことなのであ
ろうか。
　盤珪禅師は何度もこう語りかけられる。
　「親の産み付けたもったは、仏心一つでござる。余のものは一つも産み付けはさしゃりませぬ。その親の
産み付けてたもった仏心は、不生にして霊明（れいみょう）なものでござって、不生で一切のことが調いま
する。
　その不生で一切のことが調いまする証拠は、みなの衆がこちらを向いて、身どもが言うことを聞いてご
ざるうちに、後ろにてカラスの声、雀の声、それぞれの声が、聞こうと思う念を生ぜずに居るに、カラスの
声、雀の声が通じ別れて、聞きたがわず聞かるるは、不生で聞くというものでござる。その如くに一切のこ
とが不生で調いまする。これが不生の証拠でござる。
　その不生にして霊明なる仏心にきわまったと決定（けつじょう）して、直に仏心のままで居る人は、今生
より未来永劫の活仏（いきぼとけ）活如来（いきにょらい）でござるわいの。今日より活仏心でおる故に、
我が宗を仏心宗と言いまする」。
　この盤珪禅師が直裁なことばに、解説はいらないのだが、それでも、禅師は江戸初期の方、現代は
「仏心」、「不生」、「決定」、「活仏」、「活如来」ということばにはほとんどなじみがないので、理解しにく
いと感じる。実は、僧侶でも必ずしもこの辺りを直截に把握できるものは、盤珪禅師の頃も、現代も少な
いと言われている。これほど、簡単明瞭であるものが、どうして、難しくなるかというと、頭で理解しようとし
ているからにほかならない。「悟得」がなければ、ただのことばに過ぎないことを示している。
　それにしても、盤珪禅師が述べられる「仏心」とは何であろう。
端的に示せば「仏のもつ心」、「仏のような慈悲深い心」を云い、その「仏心」一つのみをわれわれ自身
に生み付けられ、活きているということである。
　「仏」というのは「ほとけ」であるがこれは「完全なる覚り」を開いた「ブッダ（仏陀）」のことである。それ
は、とりもなおさずお釈迦さまであるのだが、正確には、ひとりの人間であるお釈迦さまが「完全なる覚り」を
開いて、正覚者「ブッダ（仏陀）」となられたということである。
　ここで、大事なことは、ひとりの人間、それはとりもなおさずお釈迦さまであり、盤珪禅師であり、これをお
読み下さっている読者ご自身、つまり、「私自身」であるが、まさに「ひとりの人間が覚醒してブッダ」とな
るというところである。
　では、「真理と云うが、いったいどんな真理に覚醒してブッダとなるのか」。実は、ここからが難しい。い
や、難しいというのは、真理を覚るための修行や方法、その内容が難しいというのではない。難しいの
は、人はよく「真理を覚るべきだ」というが、そういう場合、大抵は経験や幻想の自己欺瞞に陥りやすく
（これは、『こころの通信』で何度も指摘してきたところであるが）、真理を見誤りがちであるという難しさで
ある。
　だから、どんな真理に到達してブッダとなるかという命題は仏教の根本命題でありながら、まさに、そう
いった意味で難しい。
　その困難さを克服されブッダになられたお釈迦さまは、では一体、何を覚醒されたのか。その内容をこ
とばにすること自体が間違いなので、もちろん、お釈迦さまはお説きになられることはなかった。それは、龍
樹尊者やクリシュナムルティも同様であった。説くことの欺瞞性をブッダも龍樹尊者もクリシュナムルティも
見抜いておられた。
　ゆえに、ブッダ等は教えるのを拒まれたわけではなく、言語概念を超え、しかも、感覚が麻痺した神秘
体験などの欺瞞性とは異なる、全き精神の沈黙や透徹した明晰性がなければ人が「不生」を覚醒する
ことはありえないために、各人の覚醒を呼びかけられたのであった。
　では、この現象世界繰り広げられる「生滅」あるいは「生死流転」に非ざる「不生」を活きるには上記の
ように、寂滅した境地や精神の沈黙に依らざれば不可能なのだろうか。それゆえ厳しい修行と修練が
必要なのであろうかというと、ブッダも龍樹もクリシュナムルティも盤珪も、そのようなことは、また何かに至
ろうとする欺瞞であると指摘をすることはあっても、そのような修行によって至れるとは一言も発せられてい
ない。
　では、「不生」とは何であるのか。筆者は「不生」は現代的に云えば「エネルギー」であると見ている。
確かに「エネルギー」は直接把握できないが、この現象界にさまざまに形態として、発生し、作用し、変
化し、滅するけれども、まさにそのエネルギーそのものは変わらない。すなわち、「エネルギー不滅の法
則」こそ、「不生」の法則性を如実に示している。エネルギーその不生にして霊明なる仏心にきわまった
と決定（けつじょう）して、直に仏心のままで居る人は、今生より未来永劫の活仏（いきぼとけ）活如来
（いきにょらい）でござるわいのが先験的になければ、ものは発生してこない。そしていったん出現したもの
は即消滅しなければ、エネルギーが新たに開花することはない。この現象界も、あるいは物質界を超え
たエーテル界、アストラル界、メンタル界、ブッディ界、コザール界などといわれる意識界や霊界といわ
れるものもエネルギーが生死流転することによって展開している虚妄なる世界であるがゆえに「それらに
執着するな」とブッダも龍樹もクリシュナムルティも語られ、盤珪は「身びいきが執着と迷いを生むからそ
れを離れよ」と語る。生滅する世界に執着するのは自己中心性にほかならない。遍満しているエネルギ
ーを断片化しようとするものである、太陽光を切り出して使おうとしても、切り出した途端、光は消えるよう
なもので、光源であるエネルギーが背後に脈々と息づいていなければ光は生まれることはないようなもの
であろう。つまり、「エネルギー」も「不生」も現象世界を生み出しはしてもこの現象世界で把握できない
が、それは、決して「零」や「虚無」、「うつろな空っぽの空」とは全く異なり、「常に新たに創出する」無碍
自在な遍満する「慈愛」そのものにほかならないものである。「不生」が無限のエネルギーとして到来し現
象化するがゆえに「如来」といわれ、会寝る戯画常に新たに刻々に創造されるがゆえに「活仏」といわ
れ、まさにわれわれ自身をもたらしているものこそ、この刻々のエネルギーすなわち「不生」であり、刻々に
意識化する「不生の仏心」であり、それは後天的に獲得され、脚色されるような代物ではなく、「カラスの
声、雀の声、それぞれの声が、聞こうと思う念を生ぜずに居るに、カラスの声、雀の声が通じ別れて、
聞きたがわず聞かるるは、不生で聞く」あるがままで天真爛漫な「不生の仏心」である。
まさしく、その「不生にして霊明なる仏心にきわまったと決定（けつじょう）して、直に仏心のままで居る人
は、今生より未来永劫の活仏（いきぼとけ）活如来（いきにょらい）でござるわいの」である。　　　　　　萬
歳楽山人　龍雲好久

文明の黎明期

物質文明の終焉と新しい時代の幕開け
　　・・・・生命の本質に根ざした文明の黎明期

　世界は、腐りきった果実の終焉とともに、新しい時代の黎明期に入った。大木は倒
れ、やがて新しい芽の肥やしとなっていく。
　この新しい時代の幕開けは、まず、人間自身のおごりに対する警鐘から始まる。そし
て、苦しみを経て、全く新しい文明、すなわち、地球を一つのグローバルな生命体とし
てとらえる統合的文明開花の曙となる。
　グローバルブレインは、「地球生命意識」の新たな芽生えを意味する。地球自身が意
識を開示するのである。その意識の伝達細胞としての一翼を担う人類の役割は本来、宇
宙の経綸の中における地球そのものの大いなる進化を促す媒体でもあるのだ。この自覚
に基づいた文明開花。これが新しき時代の曙である。
　しかし、人類は、これまで、地球を蝕み、滅ぼしかねない悪性の癌そのもので、地球
環境を汚染し、破壊し続けてきている。自分の首を絞めつつあるこの行為に歯止めをか
け、改善と改革を断行せねばとんでもない結果をもたらすことがいよいよ明々白々にな
り、人々はあわてている。しかしその深刻な現状を理解するものは、ほんのわずかな人
たちであるのだろうか。相変わらず、深い井戸にはまって、今まさに切れかかっている
縄にぶら下がりながらも、そんなことはすっかり忘れて、ぽたぽた落ちてくる甘い露を
口にしようと無我夢中になっているものが多い。いや、遂に落っこちてしまった者たち
が続出しているのが現状だろうか。
　これから先に味わう地球の苦痛から見れば、今はまだ微熱に苦しむ地球であるかもし
れない。しかし、その原因を知って、それを根絶しない限り、病気の付けはいつかわれ
われ自身が子孫という未来の時代に、それもそう遠くない時代にその厳しい代償を支払
わねばならないだろう。
　しかも、ここで注意しなければならないことは、そんな地球の先のことなど今の自分
には関係がないと思う人も、また、後の世代のためにも苦しみの付けを残すなという人
も、その苦しみを担うのは、別人と考えているようだが、しかし、そのつけの苦しみを
担うのは我々自身であるということである。
　というのも、我々自身を含め、あらゆる生命体は時空を超えた普遍の存在であり、現
在私自身として現れた生命体は、過去においても、また未来においても生き続け現れ続
けている一つの生命体であるからである。
　しかも一瞬一瞬の今を生き続ける「唯一無二の個としての存在」でありながら、「普
遍的生命体で、永遠の存在」でもある。一瞬一瞬のはかない個としての存在でありなが
ら、永遠に生き続ける普遍的な存在。「一」であり、「全」である。「個我」であり
「無我（全我）」である。極微の世界から極大の世界に至るまで、即ち素粒子の世界か
ら、無限大の大宇宙の世界にいたるまで、それは「全体として唯一の生命体」であると
いうことだ。
　たとえば、ひとりの人間は、素粒子や原子・分子の集合体であり、有機的に統合され
た生命体である。同じように、我々の住む地球は我々地球上のあらゆる存在と共に有機
的に統合された一つの生命体である。それはまた、恒星や惑星、太陽系や銀河系といっ
た宇宙大に広がりつつも、必ず全体として一つに統合された存在、すなわち大生命体で
あるということである。
　「限りなく個に集約されつつも、同時に、限りなき広がりを持ち、全体として一つに
統合された無限の大生命体」こうした生命体の地球レベルでの目覚めこそが、新しい時
代の幕開けであり、人類は、地球の生命のプロセスを自分自身の生命のプロセスとして
自覚せねばならないのである。
　消・滅、生・死は、極微の世界や極大の世界でそのスケールにちがいはあっても、極
微の世界でも、無限の宇宙レベルでも我々の生死スケールをはるかに超えた「集合」と
「拡散」の生命現象であり、まさに、生命の本質を支える「不生・不滅」の世界である
といえる。
　であるから、我々の間違いは、全宇宙の苦しみに繋がる。その苦しみのつけは、必ず
我々自身が支払うようにできている。
　新しい時代は、物質文明を超えて、人類の意識がまず地球レベルにグローバル化し、
そして大宇宙という無限の生命体にリンクしていく新しい「生命体文明」の幕開けであ
る。
　地球が病に倒れるか、この苦しみを深く自覚して、人類が本質に気づき、大いなる飛
躍をとげるか、当に今、この大事な時代に、私たちは立っているのである。
　新年を迎えるにあたり、新しい時代の黎明を担う人類に期待したい。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　龍雲好久
　

遍　路　巡　礼

　　遍　路　巡　礼

　かなり山奥に分けいると、いきなり、古い大きな寺院が目に飛び込んできた。
かつてはかなり広大な寺領を有した伽藍ではあったが、今は維持することが困難なよう
で、どの立派なお堂もすっかり朽ちはてて、荒れ放題であった。しかし、それはそれで
時の流の重厚さを周囲に醸し出していた。
　全山を覆い尽くす樹木林は生々としており、新緑がまぶしいほどに輝き、生気に満ち
ている。圧倒されるほどの樹海のなかに埋もれる堂宇のたたずまいには、風情があっ
た。
近づいてみると、かなりの大きさを誇る大伽藍であった。なんともいいようのない沈け
さがたちこめていた。
　清流が滔々と流れ、その響きは、瀬音というより、まさに僧侶の唱える真言陀羅尼の
経文ように聞こえる。いや、確かにそれは陀羅尼の真言で、しかも、「仏頂尊勝陀羅
尼」や「一切如来心宝篋印陀羅尼」に聞こえる。「ノウホ゛ウハ゛キ゛ャハ゛テイタレイロキャハラチヒ゛シシュタ゛ヤ
ホ゛タ゛ヤハ゛キ゛ャハ゛テイタニャタオンヒ゛シュタ゛ヤヒ゛シュタ゛ヤアサンマサンマサンマンタ゛ハ゛ハ゛シャソハランタ゛キ゛ャチカ゛カノウ・・・・」耳
を澄ませば澄ますほどそう聞こえてくる。だが、この伽藍内には僧侶たちの姿は全く見
あたらないし、どこかで経文を読誦をしている様子もなかった。それだけに不思議な感
慨があった。　さびれてしまった伽藍に厳かな清流の真言陀羅尼が全山響き渡る。風に
木々の葉が思い思いに揺れている。
　突然、小鳥たちが数羽、歓喜の声をあげて頭上を飛び去った。しばらくして、遠くか
すかに鈴の音がして、だんだん近づいてきた。数名のお遍路の白装束を身にまとい、金
剛杖をついた巡礼者の一行であった。根来寺は、かつて新儀真言宗の大伝法院の根本道
場であった。なぜか、観光化にも毒されず、というより長い間放置されていたのだろ
う、尋ねる人もまばらであった。皮肉にもそれがかえってその山の霊性を保っているの
である。　
やがて巡礼者の一行は伝法堂内上がり込み、大きな大日如来など三体の金箔が剥げ落ち
古色蒼然とした本尊の前でお参りし、賽銭を入れ、灯明や香を手向け、全員、脇に並ん
で、深く礼拝し、正座、数珠をすり、経文を取り出して、おもむろにお経を唱えはじめ
た。ガランとした堂内にその声はよく響く。敬虔な巡礼者とともに、しばし黙想しなが
ら、その読経に聞き入っていると、不思議に、彼らの唱える経文に混じってこの世のも
のとは思えない重厚な大音声が一緒に呼応しているのに気づいた。彼らの声とは全く違
った声が響いているのである。巡礼者は60～70代の女性ばかりであったが、その不思議
な声は低く、力強く、しかも本尊大日如来の背後から響いてくるように思える。お堂の
裏に誰かいるのかと、うかがってみたが、人の気配はなく、国宝の荘厳な本尊がさびれ
たお堂に鎮座しているのみであった。もちろん、巡礼者達はそのようなことには全く気
づいてはいない。ひたすら経を唱えている。ということは、それは佛の声であったのだ
ろうか。うねるように、しかしはっきりと、力強い響きでもって堂内を圧倒し尽くし、
明らかに巡礼者のそれとは異なるものであった。やがて、その響きは堂内を抜けて、全
山に滲み入り、さらに広がりを増して、地球そのものを包み込み、宇宙大にまで広がっ
ていった。本尊の前では地球も芥子粒のようになっていき、巡礼者たちも目にも入らな
いくらいであった。しかし、どんなに小さくなっていっても、決してその姿が消えるこ
とはなく、巡礼者たちは厳然とそこに存在していた。
　巡礼者らはご詠歌をあげた後、静かに礼拝を済まし、ややおぼつかない足取りで、お
堂を降りていった。お参りが済んで安心したのだろう、談笑しながら、その顔は明る
く、すがすがしい表情であった。やがて巡礼の鈴の余韻だけを残し、伽藍は再び元の静
寂さにもどった。彼らが手向けた香煙がゆったりと堂内に充ちていた。
　ひとは、何か大事なものを失いかけているとき、ふと旅に出たくなるときがある。毎
日の喧噪に振り回され、自分を失いつつあるとき、ふと、どこか遠くへ行きたくなると
きがある。それはどこか知らないところに逃避するのではなく、おのれ自身を取り戻そ
うとする自然の行為であろう。人が自分を見失うときというのは、本来の自分ではない
状態で生活を続けているときである。どこか自分でなく、ただ、しがらみの中で逃れる
こともできずに苦しんでいるときである。表面はなんでもないように振る舞いつつも、
心の奥底では、絶望的で、しかも半ばあきらめることによって、自分をごまかし、ある
いは何か別のことに夢中になることによって、一時しのぎをしながら、救いようもない
自分の苦しみを伴って（あるいはかけがえのないものを失った悲しみを背負って）、こ
の人生に流されている。
　ふと気がつくと自分はいつの間にか旅に出ている。悪業深い自分が、佛を求める旅に
駆り立てるのであろうか。強情ばかりをはってきた自分に疲れ果てて旅に出てしまった
のか。いずれにせよ巡礼者の心境はひとりひとり異なり、その人自身のものである。
ただ、共通しているのは自分探しの旅であって、人はどこからきてどこへ去るのかとい
う内面の奥底のテーマに駆り立てられて、聖地を巡っている。神を求め、仏陀を求め、
大師に巡り会うべく、また観音の慈悲にすがるべく、あるいは失いしものの菩提を弔う
べく旅している。
　そして、人は、自分に絶望しつつも、それでも捨てきれないでいる自分の愚かさを理
解し受容したとき、はじめて、本当の自分に巡り会えるのかもしれない。
　人生は巡礼の旅でもあった。
　
　平成11年６月19日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲・好久

豊かな内面の花開く

豊かな内面の花開く
　
　季節の流れがいつになく早い。新緑の候と待ちこがれるものにとっては嬉しいのだ
が、自然との関わりで生業をたてているものにとっては、この季節の思わぬ変化の早さ
に対応するに四苦八苦しているのであろうか？それとも、人間の思わくがはずれて四苦
八苦するだけであり、自然は全体としてありのままに流れ、一瞬一瞬を正直にけなげに
生きているだけなのかもしれない。自然相手なのだから、われわれも、黙々と自然と共
に対応するのが実際なのだろう。
　ただ、そうはいっても、自然という環境や生態系を人類のエゴイズムで破壊するよう
なことを続け、地球滅亡に拍車をかけることだけは、絶対にさけねばならない。そのた
めには、やはりこういった自然のリズムの変化の意味することをしっかりと踏まえなけ
ればならないし、人類がこれまで探求してきた自然科学の真価が問われているとも言え
る。
　さて、近年、ある意味で国家的戦略に基づくグローバル化の波が否応なしに押し寄せ
てきている最中、急がれるのはそれぞれの民族や国家の自立性を重んじながらも共存共
栄を図るための国際法の確立であろうが、その根底を支えるものは、やはり、人間を含
めた自然界の育む生命への尊厳であろうと思う。一つ一つの命を大切にできない思想や
イデオロギー、あるいは人心であるかぎり、世界の葛藤、紛糾は絶えることはない。
　自分自身を含め自然界や地球上の人々の姿をよく見つめてみることだ。本当によく見
つめてみるとすぐに理解できることだが、彼らとあなたといったいどこに違いがあるの
かということである。確かに全く同じ姿をしたいのちはない。どんないのちもそれぞれ
個性を持ち独自性を保ち、言葉も考えも習慣も全く異なる。しかし、では、彼らの悲し
み、葛藤、苦しみ、喜び、不安、怒り、嫉妬、・・・・これらこの内面の「思い」があ
ることは、同様ではないのか？日本人にあって、ヨーロッパ人にないなどと言うことは
ない。
　内面の「思い」については、あなた自身のことはよくわかるが、他者については見え
ざるもので、それを知るには、その悲しみや苦しみを訴えるコミュニケーションを通じ
てしか理解できない。しかし、それとても、あなた自身にその内面性がなければ理解す
ることは不可能である。
　実は人間同士ばかりではなく他のあらゆる生き物についても人間と何ら変わることの
ない内面の「思い」、すなわち内面性があることをご存じだろうか？これは、人間の物
に対する単なる感情移入といった自己投影とは明らかに異なったもので、その存在自体
が有する「思い」という内面的働きをさす。この「思い」は一般的には「こころ」とか
「精神」と言われるが、この内面性が実はすべてに存在する普遍的なものであることを
ご存じだろうか？
　そして、この見えざる内面性は、お互いがお互いを深く理解しおうという「愛」がな
ければどんな場合でもお互いの意志疎通をはかることはできない。人間同士にかかわら
ず、動物や植物を含めあらゆる自然とのコミュニケーションもお互いがお互いをよく理
解し関わろうとする理屈抜きの「愛」がなければお互いの「思い」を理解することはで
きない。まして、人間が持つ表現手段と異なるものを持つ場合には、なおのこと何とか
相手を理解し交流を図ろうとする強い「愛」がなければ難しいものである。
　先日、テレビで重度の脳障害を持つ11歳の天才詩人・”日木流奈君”の奇蹟が放映さ
れた。体を動かすことも話すこともできず、すべての表現手段を絶たたれてしまった流
奈君に文字盤という表現手段を与え、豊かな内面性を引き出せたのは、「ドーマン法」
というリハビリに巡り会ったこともさることながら、両親の「我が子の内面性はすべて
を理解していることへの確信と、どうしてもこの子との深いコミュニケーションを持ち
たい。」という強い熱意（まさに「愛」以外の何者でもない。）があったからだと思
う。為すすべもなくとるべき手段もなくそのまま放置してしまったなら一瞬たりとも生
きていけない脆くはかないいのちの奥底に実にあれほどの尊厳性に満ちて力強く、深く
豊かな内面性が存在するとは当の両親ですら思いもよらなかった。しかし、おそらく、
こうした障害を持った方と交流されておられる方々は時として彼らの奧に「神性」なる
ものを感じておられる方も多いのではないだろうか。
　本来、この豊かな内面性は彼らばかりでなくすべての人類すべての生き物に内在され
ている。それを開花させるのはお互いの「愛」しかない。しかし、現実には、どうして
こうもお互い理解し合うこともせず、自己主張ばかりしていがみ合い、争い合い、戦争
ばかりしてお互いに傷つけ合うのだろうか。
　流奈君が「あなたが幸せでないとき、世の中は幸せではなく、あなたが幸せであれば
世の中は幸せになる。」と優しく、しかし命懸けで語りかけている真実に、世界はまな
こを開かなくてはならないだろう。彼の言葉は全人類にとってまことに重いものであ
る。
　今こそ人類は本当の「愛」に目覚めたい。人間は苦境に立たされないと大事なことに
気づかないという愚かな一面を持ち合わせているが、今まさに、地球全体が苦境に立た
されいることを実感することが大事だろう。
　今年、自然の四季の移り変わりが早いのも、われわれひとりびとりが少しでも早くこ
の「内面の豊かな愛を開花させよ。」と言うメッセージが込められているのかもしれな
い。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

本不生（ほんぷしょう）

　夏がぱたりと止み、あたりには沈黙が漂っている。ふと見ると、堂宇の濡れ縁に一匹の蝉が座して死
んでいた。びくともせぬそこには一切を寄せ付けぬ厳粛さがあった。
　生にとらわれる限り、死は生を脅かすなにものでもない。生きるものは常に死を恐れ、戦き、怯えてい
る。生きることは、生命の維持拡大延長であり、死はそれを根こそぎもぎ取るものである。それ故、死は生
きるものには苦痛のなにものでもない。
　では、死は絶対であり生は砂上の楼閣にすぎないのか。生きるものにとって死は理不尽であり、生のす
べてを灰燼に帰す横暴なものである。生における不安と恐怖の根底にあるものは常に死である。生の有
限性を死がもたらす。しかし、生は死に直面するまで、それを回避し阻止すべく苦闘する。全生命力を
上げて死を阻止する。しかし、死は圧倒的な威厳を持って必ず終わりを告げにやってくる。
　人は、生にとらわれるがゆえに恐れ、戦き、回避しようとする。あまりの恐怖と苦痛から、麻痺をおこし、
死を直視することをあくまで拒む。しかし、いかに死後の世界をイメージし、天国や極楽を信じたいと思っ
ても、否応なしに生を終わらせる死のまえにたたされて木っ端微塵に消え去る。あくまで死を避けているの
であれば、いかに死後の世界を願おうと、真実ではなく虚偽である。
　死が何であるかを生は決して理解できない。生が知っている死は、他者の死であり、自らの死そのもの
ではない。生きている限り死はとらえることはできない。なぜなら、生のすべてが終わること自体が死である
からだ。
　しかるに、死は絶対でありながらその中で生滅が生じ、繰り返されている。生滅の中、とくに生の枠内
にのみとどまる限り、滅は脅威であり、苦しみであり、はかなく、もろく、決して、生滅を見れることはなく、し
たがって、死を理解することはない。
　さらに、生が自我中心のもので、しかも、有限なることを無視して、自我の永続性を願う限り、そこに本
当の安らぎは得ることはできない。
　自我とはこの有限なる生において形成された自意識のことを言う。有限なる生において形成された自
我は他のものと同じく死によって滅する。すなわち解体雲散霧消するものだ。生の側面のみのよって形
成された自我は死を決して受け入れることはできない。自我（わたくしやわたくしと同一化した信念など）
の永続性と拡大を希求するばかりである。生死（しょうじ）は一如（いちにょ）であることを理解しないため
に、他者に対しても自らに対しても生を過大評価するか、反動的に生を軽んずるかだ。それらの自己中
心性はすべて死の恐怖であり死を無視しようとする自我の本性である恐怖心である。
　このような、永続性を願う自我の問題はいったいどこから来るのか。繰り返すが、それは、自己中心性
からくる。すなわち、過去・現在・未来という時間の流れに乗って自己を存続しようとする働きである。昨
日よりは今日、今日よりは明日と考えるもであり、昨日がだめだから今日もだめ、明日もだめだとはかな
むものでもある。自己中心性は自ずと時間と空間の枠をくくり、自己の位置を測定し、そこから大小、遠
近、優劣等さまざまな比較計量をし、領域やテリトリーを確保し、自我を維持拡大させようとする。そこか
ら他者との飽くなき相克、葛藤、闘争を展開する。自己中心性は生を起点にしているがため、時空上
からも有限なるものであり、常に死の脅威にさらされている。支配するものもされるものも、殺すものも殺さ
れるものも死の恐怖に基づく。たとえ、死の恐怖を変形し、永遠の命を信じようとも、恐怖を麻痺させよう
とも、恐怖の元である自我からは解放されていない。
　このような生に基づく自己中心的な自我によっては、決して死をとらえることはできない。死がとらえきれ
ないから、自らの拡大と永続性を希求する自我は死を前にして、じたばたせざるを得ない。なぜなら、自
己中心性による拡大と永続性は時間と空間の枠内での生を意味し、決して死をとらえることはできず、
まして、時空を超えた生死の本源、本不生を理解することは全く不可能であるからだ。
　だが、かの蝉は本不生を生きた。森羅万象万物すべての生は本不生を生きている。人もまた本不生
を生きている。
　「われわれのいのちは本不生である」かの蝉は無言でそれを示している。時空を超えた生死の本源、
本不生とはまさに「只、今を生きる」ことに他ならない。過去は死滅し、現在は全く新しい生であり、未来
は死と新たなる生である。新たなる生は刻々の死であり、刻々の生である。死がなければ新たなる生は
なく、生死流転は自我の錯覚で、刻々の死、刻々の生である「いま」があるのみ。移ろいゆく現象世界
は生死流転なれども、ただ只いまにこそ本不生は厳然としてあることに気づかなければならない。
　堂宇の濡れ縁の片隅でぱたりとその生涯を終えた一匹の蝉がまさにそのことを示している。
　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　龍雲好久

本不生を覚る時代

　雨がしとしとと庭の竹の葉を濡らし続け、時折、野鳥の声が響く静かな一日である。
手元に数冊の読みかけの書物がある。いずれも翻訳ものだが大著で難解なものである。
どんなものか一部をご紹介すると、『エノク書』（旧約聖書外典）、『シークレット・
ドクトリン』（マダム・ブラヴァツキー著）、『エノクの鍵』（J,Jハータック著）、
『聖と俗』（ミルチャ・エリアーデ著）、『進化の構造』（ケン・ウィルバー著）、
『新復活』（高橋信次著）なるものである。この中で学術的で著名なものは宗教学者エ
リーアーデと宗教思想哲学者ウィルバーのものであるが、他の書物は霊性上の叡智の書
としか形容しがたい不可思議なる書物である。なぜ、手元のあるのか。これも不可思議
としか言いようがない。いずれも神聖壮大なる神の意思と大宇宙の経綸を扱った不二一
元の啓蒙の宗教書なのである。これらにかかわらず、世界に散らばる古代神話を含め天
地自然の創造のシナリオは、書かれた時代や文化や宗教など歴史的にもかなり隔たり
と、異なりがあるにもかかわらず、その象徴的な意味合いは驚くほど一致しているので
ある。人類の潜在的太古からの共通意識が物語るためであろうか。特に近現代ではブラ
ヴァツキー、ハータック、高橋信次のものが完全に一致している。高橋信次は昭和５１
年６月に４８歳で他界するまで、その当時側にいた小生に対し、三ヶ月間、毎日のよう
にエルランティの太陽系霊団の壮大なる宇宙論を紐どいててくださった恩師である。そ
の意識のレベルはメタトロンであると小生は確信していたが、平成２２年９月に、ひょ
んな事で出版されたばかりの『エノクの鍵』（J,Jハータック著：原著は高橋が語りだす
２年前の昭和４９年頃に啓示が与えられている）を手にして、全く驚いてしまった。全
く高橋の紐どいている世界を証明し、補完するものであったからである。これは、まさ
に驚愕としか言いようのない大宇宙経綸・神々の意思についての一致であった。なぜ、
このようなことが起こりうるのだろうか。まさに、不可思議である。思わず体が打ち震
えてしまった。おそらくは、これらの書物に描いてあるとおり、人類の過去・現在・未
来の壮大な宇宙神の計画書として、新人類としての霊性の飛躍がまさに起ころうとして
いるものが、”いま”なのであろう。地球上のあらゆる問題がその事実を加速化させて
くるのかもしれない。いずれにしても、これまでにないとてつもないエネルギーの爆発
化によって、一挙に人類の意識のレベルアップが図られるかもしれない。しかし、今の
人類の意識の状態では、人類は宇宙の藻屑と化して、また、ゼロからの進化をスタート
せざるをえないのかもしれない。皮肉なことに、そのきっかけとなるのがいわゆる「預
言者」を立てる神の宗教による対立やイデオロギーや独裁的自我権力闘争の暴走であ
る。今回は、紙面上、その詳細を論ずることはできない。また、小生、高度な宗教的叡
智を云々できるものは何一つ確実なものは持ち合わせていない。ただ、はっきりしてい
ることは、今人類がどのような局面に立たされていようとも、ひとりひとりが「不生の
仏心」に目覚めねば、これらの偉大なる預言書は神といえども成就できないということ
である。それが、この全く取るに足らない田舎の弱小貧寺の愚鈍なる僧のもとに次々と
起こる不可思議現象が人々に訴えている真意ではないだろうか。
　さて、このような重大な局面を迎えている今日の我々の時代であるからこそ、ブッダ
（覚者）の声を真剣に聴かねばならない。その声を権威とするのではなく、自らが覚醒
するものであることとして・・・・・

　　覚者（ブッダ）の問い　その２

　本不生を覚る禅定（瞑想）は極めてきびしい行為である。
それにはもっとも高度な規律、自らに厳しい規律がもとめられる。
　しかし、その規律というものは、悟りを得るために、特定の宗教や修行方法に従うこ
とではない。つまり、それらの教えやあるべき姿に順応したり、摸倣したり、服従した
りすることではない。というのは、そのようにして課せられた規律性は、枷せられたも
のであり、条件付けられものであり、意図されたものであるかぎり、ダメなものからマ
シなものへ変わろうとする自己欺瞞に陥らざるを得ず、いかに、敬虔に、規律的に、鍛
錬によって努力しても、本然の不生とはほど遠いところものであるからである。いかに
高邁な規律を掲げようとも、それを目指すことが規律であるのではない。
　では、ここで申し上げたい規律とはなんであるか。
　それは、たえまない気づきのことをいう。
自分の外側でおこっていることだけでなく、内側でおこっていることにもたえまなく気
づいていることである。
　本不生を覚る禅定（瞑想）行為はもっとも高度な規律、自らに厳しい規律がもとめら
れるが、それは、人里離れた山中や聖なる宗教施設に籠り、瞑想するというような、世
間から隔絶していく行為にはなく、日常の生活のなかでおこる活動であり、それは、た
えまない気づきである。
　確かに、日常の生活のなかでは協調性と感受性と知性が必要とされる。
ただしい生活をしっかり築いていないと、瞑想はひとつの逃げ道になり、まったく価値
のないものになってしまいかねない。
ただしい生活とは、単に、社会の道徳にしたがうことではない。
それは、自心のねたみや貪欲さや権力の渇望などから解放されており、心がまったく自
由であることである。
　ねたみや貪欲さや権力の渇望などはすべて憎しみをうみだすものであるが、しかし、
解放されるということは、解放されようとする意志のはたらきによって、それらから自
由になろうとすることではない。
　まさに、あるがままの自分を知ることをとおして、それらに気づくことによって、そ
のこだわりや執着、恐れなどのから自由になれるのである。
　自己を理解すること、自分がなにをしているのか気づくことがなければ、禅定瞑想行
為は感覚の昂揚をもたらすだけの、自己満足でしかないものになってしまう。
　何らかの修行的方法によって、より広いより深い超越的な体験をたえず追いもとめて
いくのは
世俗的思考から培われたものであり、ダメなものからマシなものへと移行しようとする
不安や恐怖に駆られた意図的行為とかわりなく、その本質は“あるがまま”の実際の現
実から逃避していくひとつの姿にすぎ無い。確かに、意図的により良い結果をだそうと
することがそもそも我々であり、それによって築き上げられてきた世界に住んでいるの
も我々自身である。しかし、その我々自身の変革・進歩・発展の創造の源、真の聖なる
ものや宗教的なるものは、そのような断片的自我中心的思考や信念によって生み出され
た俗なるものでしかない人為的宗教や霊的ビジョン。国家イデオロギー、経済理念など
によってもたらされるところには決してないことを、まず、我々自身がはっきり自覚せ
ねばならない。
　“あるがまま”の現実とはわたしたち自身のことである。それは、わたしたちの条件
づけられた心のことである。　この心が、めざめていて、叡知があり、自由であるな
ら、ことさらにそれを“体験”しようとしたり、獲得しようとはしない。
光は光である。光がもっと多くの光をもとめたはしないように、本不生でいることは、
まさに、自分が自身の光であることにほかならない。

　　　　　　　　　　　　　　　龍雲好久

盆回向

　　盆回向
　
　あのじりじりする焼け付くような暑さに耐えかねていると、ふと一陣の涼風が渡り、
生き返った心地がする。それにしても耐え難いのは、あのじっとりと湿った動かぬ空気
の中で刺す暑さだ。
　この時期、寺では盆の月である。東京あたりは７月の盆であるが、田舎は月遅れの８
月の盆である。盆休みの帰省で都心はがらがらになり、田舎は久しぶりに家族が集ま
り、賑わう。猛暑の中、仕事の休みをもらって、田舎で先祖をお迎えして、家族全員で
涼やかなひとときを過ごせた人はどれほどいようか。
　人はどんな自由な世界にいようとも、あるいは不自由な世界にあろうとも、自分の故
郷が大事である。その故郷というのは自分が生まれ、育ち、旅立ち、再び帰るところで
あるが、なにもそれが田舎という場所に限ったものばかりではなく、いわゆる、「自分
がどこから来て、どこに帰るのか」という、自己の存在の奥底に流れる「生命の本流」
というべきものを指す。
　盆は、そもそもその「いのちの本流」に立ち返り、「元気」を取り戻す大切な時期で
もあるのだ。
だから、どんなに暑くとも、どんなに混雑しようとも、どんなに疲れていても、人は自
分の故郷に向かおうとする。いのちの元気を故郷の両親や先祖から頂戴するため
に・・・・。
　夏は、猛暑に比例するように数多くの蝉たちががしきりにこの世のわずかな生を精一
杯謳歌し、そして、ぽとりぽとりと散っていく。蜻蛉や空蝉が猛暑とともに去っていく
この季節は、精霊の世界とこの世とをより身近に感じさせる時期でもある。
　炎天下のうだるようなこの時期は、ほんのわずかの風の揺らぎにも精霊の声を聞くよ
うな気がする。
あのはかなく散っていってしまった弱いもののいのち。過酷で悲惨な戦争で落としたい
のち。飢饉や熱病の中で次々と落としていったいのち。突然の事故で落としたいのち。
道ばたに倒れ込んでしまったいのち。あんなに元気に遊んでいたのに、突然、自然の災
害や凶刃に襲われて落としてしまったいのち。この悲惨な最期を遂げたいのちへの切な
さが、過酷な猛暑の中に必死に生きて、ぽとりぽとりと落ちてしまった蝉と重なる。だ
から、蝉時雨のしみいる声の静けさが何ともいえない。あれは精霊の世界にまで響き渡
るものなのかもしれない。
　こんな季節、寺ではどこでも精霊の回向をする。苦しみや災難にさいなまれ、逆さ吊
りにされているような苦しみにあえいでいる精霊に、あの世の安らぎを得ていただきた
いと願い、故郷の野山や蕩々と流れる清流をあらわす、精霊棚や笹やマコモ、ホオズキ
などで飾り、水や、キュウリやナス、そうめん、水菓子や果物やご飯をお供えして、真
言陀羅尼（仏の言葉）を供養する。
　悲惨な最期を遂げたいのちはそのあまりの苦しみできっと何ものも信じられず、暗い
世界に閉じこもっているかもしれない。だから、笹藪を用意し、誰にも気兼ねせず、お
供物が食されるよう。あまり明るくしたり豪勢な飾り物はしない。
　飢えで苦しんでいのちを落とした餓鬼世界の精霊はとても小さいので、棚は低く用意
し、また彼らはかなりおびえているから驚かしたりしないようリン（仏教で使う鉦）も
打たない。仏の光と真言陀羅尼を静かに唱えて成仏を願う。
　現代は、平和で豊かな時代になって、昔のように悲惨な光景を目の当たりにすること
も少ない。コマーシャルベースに乗った仮想現実の世界の情報に踊らされて、生の現実
を見れなくなった。だから本当の精霊の世界も感じれれなくなった。
　あるいは逆に、テレビを通して放映される衝撃映像も情報過多で麻痺してしまって、
悲惨な事件をみても、怪訝な気分にはなっても、なにも感じないでいる。
いずれにしても、直接関係しないことはすべて他人事でしかないらしい。まして、餓鬼
の苦しみ得ている精霊のことなどは思いもよらない。何かに祟られることは恐れて
も・・・
　この時期、わが町では、帰省しているの若者のために、盆踊りや、カラオケ大会など
様々なイベントを催して、飲んだり食べたり歌ったり、踊ったり、遊んだりとかなりの
真夜中まで野外ステージのスピーカーボリュームを最大限にし、賑わっている。それば
かりか、この暑いさなかセスナ機のアクロバット飛行までして、静かな町中をけたたま
しい爆音で揺るがしさえしている。奇をてらった企画のどこかがおかしいと思えるのは
小生だけであろうか。
　盆も過ぎ、この町もいつもの静けさに戻った。現代は、盆に先祖が戻ってくるという
より、盆がすぎて人々がまた自分の生活に戻ったとき、そっとあの世の先祖や精霊が、
やってきて、大切ないのち、限りあるいのちしっかりいきなさいよと、あちこちでそっ
と応援してくださっているような気がしてならない。
　ふと、仕事の手を休めたとき、そこに、あなたのご先祖が見守ってくださっておられ
ることを感じないだろうか。
　道ばたでぽとりと落ちている蝉にあったら、「ありがとう」と回向を手向けてみては
いかがか。
　
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人龍雲　好久

明日香路より陸奥にはろばろと

　　　厳寒の一月であるというのに、境内に咲く鑞梅に降りしきる雪は雨混じりであった。お参りのものもほと
んど無く、とりわけ静かな一日であった。
　しかし、突然、玄関のチャイムが鳴り出てみると、ものもらいの夫婦連れであった。「困っているので、何
かたすけてください」と懇願する。寒空に汚れきった衣服と手や顔は実に痛々しい。黙って、幾ばくかの
のものを渡してあげるのだが、受け取るときに見せる力ない笑顔は欠けた歯で痛々しい。今朝から４組
目であった。このあたりは街道沿いのためか、総じて月に１０人から１５人のものもらい（乞食）が来る。見
るからによぼよぼなものから、大柄で屈強な体格の持ち主まで、実にさまざまな人たちである。そうなるには
そうなるだけの深いわけがあるのであろう。
　しばらくして、再びチャイムが鳴り出てみると、これまた、裸足で雪駄の老人であった。しかし、今度は、
ものもらいではなかった、が、その出で立ちは似たようなものであった。一昨日尋ねてきた華厳宗の僧で
あった。彼は祖父の願いで幼少の頃、奈良の東大寺に預けられ育ったが、或る寺賜ころ、タイの仏教
との出会いがあり、強い影響を受け、東大寺を離れ、今では、古物を商いながら、寺など巡り、生計を
立て、タイ仏教の支援活動をしていた。実に質素な生活ぶりで、まさに乞食坊主そのものであるが、仏
教に対する広い見識と釈尊に対する熱意と華厳宗へのプライドは年齢を感じさせない情熱を持ってい
る。
　彼はいつの頃からか、月に一度はこの寺を訪ねるようになっていた。この日は、もう夕暮れ時で、彼とし
ては珍しい時間帯の訪問であった。
　「いや、実は、あれから奈良の東大寺の後輩の僧と電話で話し合ったのだが、やはりこの聖観音を供
養してもらうのはあんたさんをおいて他にないねということで、何とかこの観音さまを引きとってくれんかね」
というのである。私は、しばらく無言でいたが、心に期することがあったので、本堂に上がってもらった。
　　それは、ちょうど、一昨日の一月二十七日こと。いつもは護摩を焚く二十八日に必ず尋ねてくるこの
老僧が、珍しく、是非見て欲しいとあの総丈五尺ほどの木像の聖観世音菩薩を持参してきて、一日早
くやってきた。ここのところ忙しく、彼に会うのは、ほぼ三ヶ月ぶりのことであった。
　彼の言うには、この観音様は奈良時代に像立された聖観世音菩薩であるが、明治維新の廃仏毀
釈で寺が放火され、当時の信徒らが命懸けで担ぎ出したものである。だが、哀れにも御身と光背は黒
く焼けただれ、見る影もないほどであった。寺はそのまま廃寺となり、助け出した家で代々御守りしてい
た。昭和のはじめ、あまりにもいたましいお姿の観世音を是非にもとのお姿に蘇らせようと発願し、仏師を
頼んで、御身と光背を復元したものであるが、御覧のように奈良飛鳥の薫りが漂う面立ちである。この
尊像のおみ足には仏師の銘が刻んであり、よほど会心の作だったのであろう。ただ、台座と御手の蓮の
華は幸いにも焼けるを免れたもので、奈良そのままのものである。
　実は、この度、奈良東大寺の後輩の僧が「この聖観音を勧請し拝み奉らん寺あらば探されよ」と依
頼してきた。偶々、法圓寺に立ち寄ったというのである。
　この聖観世音菩薩を一見して、一瞬、ビジョンが走り「ウッ！」となった。慈しみ深きこの観世音菩薩の
御前で涙をこぼしつつ「ありがたや、ありがたや」を拝むわが母とその姉の伯母があったのだ。母も伯母も
寺の娘で育ち、仏をとても大切にしていた。母は生来病弱で六十三歳で他界したが、伯母は九十三
歳の長寿を全うし一年ほど前に他界した。たかだか五尺ばかりの観音であったが、そのビジョンでは観
世音は御身の丈が二十メートルもある大きさであった。その足下で、小さな母と伯母が並んで正座して
拝んでいる姿に、言いようのない懐かしさがこみ上げてくる。亡き母たちの恩愛と観世音菩薩の大慈大
悲が重なってしまったのだろう。ひどく心打たれたのだが、彼の僧のいうには、「この観世音を勧請するの
に二百万円のお布施を納めて欲しい」というのである。
いくらありがたくとも、小生には、全く無理、とうてい及ばぬものであるので、心の内を見抜かれぬよう、思
いを切って、ちょうどそのとき別の来客もあって、「これほどのありがたき観世音ならば、必ずや迎へ奉る御
寺のあらわれいでん。是非に他に探したまへ」と言い、早々に帰えってもらった。そして、この件は、久し
ぶりにありがたい観世音菩薩を拝むことができて良かったということで、全く、放念していた。
　ところが翌二十八日、いつもの通り、本堂で護摩供養法を修法していると、この観世音菩薩、再び、
心中に現れ出できて申されるには「われ、汝が行法をたすけんがため、いまここに参りしものなれば、汝、
いささかも案ずることなし。一心に正法行道に励むべし」と。（そうか、心の中でいつでもお助け下さると
言うことなのだな。もったいない）そう思って、翌二十九日、厳寒の１月であるというのに、境内に咲く鑞
梅に降りしきる雪は雨混じりでのとりわけ静かな一日を迎えていた。そして、夕暮れ、彼の華厳宗の老
師、再び来寺したのである。「われ東大寺の僧と話たれば、この観世音菩薩を供養し奉る僧は汝が外
にあらざりき。これはこれ南無観世音菩薩のお告げなるべし。お布施は汝が都合にて納むればよろし。
是非、この聖観世音菩薩を供養し奉れ」と、彼の僧と観世音菩薩のみ声とが重なって申されるごとき
であった。
　奈良時代の古い観世音菩薩が、踏まれようが焼かれようがその激動の歴史を乗り越えて、いま、ここ
に、ましましたることは、ちょうど、まさに今、世界中があの放浪者たちのように破綻を来たし、危機に直面
しているその絶望的な苦悩と悲しみの叫びをお聞きになられて、何としてでも、人々をして不生の仏心に
目覚めさせ、救済せねばという大慈大悲の無量のお働きをお示しになっておられるに相違ない。
　このつたない心の通信に触れておられる方々全ての方々に聖観世音菩薩の無量の大慈大悲が届
きますよう切に願って止まない。

ありがたき　明日香の里より　南無観世音
　　　　雪雨に濡れし鑞梅の　かほりほのかな　陸奥の古寺に　
　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人　　　　龍雲好久

嵐の中の蝶の如く

嵐の中の蝶の如く

　穏やかな一日であったが、夕方になって急に嵐のような強風が吹きだし、若葉が開き始めた庭の
木々が、激しく揺れている。サッシがびゅびゅうと鳴り、寺の風鐸ががらんがらん音を立て、土埃が舞い
立つ。突然の嵐だった。ふとみると、激しく揺れている夏椿の木にアゲハチョウが必死にしがみついて
いた。吹きちぎれんばかりの強い風に吹きあおられつつ、たった一枚の葉に、激しく揺れながら、必死に
しがみついている。時折風がゆるんだり、また激しく吹いたり、めまぐるしく変化する中で、ほんの一瞬も気
を緩めることはできない。しがみついいたその細い足も触覚もびくりとも動かさずにいる。ほんの少しでも足
を動かしてしまえば、その希薄な身体はたちまち吹き飛んでしまうことであろう。羽を閉じたまま、しかし風に
激しくあおられながら、にじり動きもしないでいる。
　しばらくして、風はぴたりと止み、蝶はまだそこにいた。夕闇が蝶も木も建物もつつみこみ、沈黙の中に
沈み込んでいった。
　人は関係性の中にあって、常に自己を主張して止まない。あらゆる関係性においていつもそうである。
眠りの中にあってさえも、絶えず自己を主張し、決しておしゃべりをやめることはない。人がおしゃべりに興
じ、自己にこだわるときは、決まって、その関係性において自己を見失っているときである。不安と恐怖
がそれを強化する。自己にこだわり、自己を強烈に主張しようと割には、自己を見失っている場合が多
い。彼は、自分の持つもので他を圧倒し尽くし、意のままに全てを動かしているかのように錯覚し、自己
陶酔しているが、実は、他に圧倒され、人に動かされ、自分を見失っていることに気がつかない。これ
が現代人の精神の病的症状であろう。
　彼らのいう自己とは、あまりにも皮相な自我による土壌から来ている。つまり自分を知らないことから全
ての問題は派生している。常に周囲を気にし、その関係の中から、自分の位置を見いだそうと躍起にな
り、その位置がつかみきれないとき、彼は狭い自我に固執し、他を拒絶し、貧弱な殻に閉じこもり、それを
唯一の自分として、かたくなに自己防衛をする。
　彼らは関係性の中にあって、それに縛られ、自由性と創造性を失い、その反動が、自由と創造への
要求となって反発や自己主張に転嫁してくる。しかしいくら自由を求め、創造的な自己を展開しようと
も、関係性に縛られている限り、彼らは相変わらず卑小な存在でしかない。
　「自分とは何か」それを真に問うことが必要である。しかしその自己は、関係性の中にあって、あるがま
まの正直な自己の反応への理解から始まらねばならない。あるべき姿や、他を意識比較した見地から
の自己理解は、皮相であり、それは決して自己理解には繋がらない偶像に過ぎない。
　あなたが、あらゆる関係性の中にあって、他を気にせず、あなた自身の反応のみ注意深く見つめると
き、そこに本当の自己理解があり、その自己理解があるときにのみ、そこからはじめて、自由で、創造的
な自己が生み出され、展開されていく。それは精神の深みから来る力強い本来の自己の開示であり、
浅瀬で騒ぎ立てている自我の主張とは全く異なるものである。
　今、混沌とした時代にあって、力強く生き延びていくためには、自分も含めた混沌とした周りの状況の
まっただ中に立って、まず自分自身であるためにも、その混沌とした状況に立つ自分自身の反応に注
意深くあれ。活路を見いだそうと焦って、自己を見失ってはいけない。あらゆる関係性の中に立って、ひ
とり毅然とあるためにも、心を自分自身におくこと。心を自分自身におくには、あらゆる関係に対する自
分自身の反応を凝視して、自己理解に徹すること。そこから、自ずと活路は開かれる。人はそれぞれ
宇宙を内蔵しておるから、必ず道は拓かれる。全ては関係性で成り立っているが、決して他人を宛にし
てはならない。互いが、自分自身であればこそ、関係性は活かされてくる。
　あの嵐の中の蝶の如く、必死に自分を生きよ!!

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　萬歳楽山人

霊性の進化

　　　霊性の進化

（受けがたき人身を得、会いがたき佛の教えにふれることができて、人々は今）

　２１世紀の人類の最大の課題は、霊性の進化にあります。霊性の進化とは個我である認識の主体
が真我（大宇宙）にまで拡大することにあります。
　大宇宙創世以来の壮大な大宇宙進化プログラム（法：ダンマ）はまず、個我の覚めにありました。
「我思う故に我あり」というような認識の主体性を持つ人間を生み出すために、大宇宙はどれだけの時
間を費やしたかわかりません。
　ビックバンによる大宇宙の顕現。そして、その広大な大宇宙の中に銀河系が誕生し、そのほんの微少
な一部に太陽系がはぐくまれ、やがて、地球が誕生。そして４０億年をかけて地球上に生命が誕生し、
その生命の進化によりやがて、霊長類である人類が出現する。やがて人類は、少しずつ意識を進化さ
せて、やがて自我の顕現（自と他）へと進化。それはやがて個人と集団である社会の形成のに発展し
ていった。個人と家庭。家庭と社会。社会と国家。国家と国際社会。国際社会と地球環境。地球と
太陽系。太陽系と銀河系。銀河系と大宇宙。
　広大な宇宙の進化と発達はまさに生命の発達過程をたどっていることに他ならないのです。大宇宙
を認識できるものは高度に発達した意識にほかなりませんし、人類がその与えられた生命の発達段階で
指標として目覚めたものが仏陀やキリストの意識でありました。
　２１世紀はいわば人類ひとりびとりが仏陀やキリスト意識すなわち大宇宙に脈々として流れ続けるおお
いなるダンマの流れに目覚めた霊性を発達させる世紀なのです。
　しかし、霊性とはいっても、単にかつて釈迦やイエスなどが行った厳しい修行を経なければ発達しない
ものなのではなく、そういった霊性というものはひとりの天才とか聖人とか、選ばれた民とかによるものでは
なく、真の霊性の発達は人類ひとりひとりの目覚めによってもたらされますし、それはある日突然に（長い
大宇宙のプロセスからみれば、ほんの一瞬のうちに）人類全体が突然霊性に目覚めるようなものなのか
もしれません。それはこれまでの人類とは全く異なったものになるかもしれませんし、全く変わらないながらも
意識の変容が進化した人類の社会が徐々に現れるか、いづれにしましても、全くこれまでとは違った社
会が顕現するのでありましょう。
　人類はこれまで人類の必要性に迫られたり、あるいは飽くなき欲望にそそのかされて文明を追求して
参りました、その結果もたらされたものは２０世紀後半の惨憺たる結果でありました。今、社会はIT革命と
称して高度情報化社会によるグローバルなネットワークを世界中に張り巡らしつつあります。おそらくこうし
たシステムの変化や革命がが大きき人類の意識の変容に影響を与えるものとなるでしょうし、人々のあり
方にも大きな変化を余儀なくさせてくるものでしょう。こういった側面をみただけでも、かつての仏陀やキリス
トが出現した時代とは異なります。こうしたシステムや科学あるいは社会がグローバル化すればするほ
ど、人類や社会の精神性や内面性もグローバル化せざるを得ない。このような時代に、狭隘な自己中
心的エゴのままの未発達なままであったならば、人類は滅びざるを得なくなるでしょう。
　仏陀やキリストの出現の真の意味が顕現するのは２１世紀なのです。彼らは明らかに人類の進むべき
道、方向性である大宇宙の意志を指し示しているのです。
　それゆえ、人類は、その認識の主体性の奥に潜む霊性を発達させなければなりません。まず、人の自
覚が地球レベルにまで拡大進化することにあります。
　それは人類の個人的、社会的、国際的、地球的、大宇宙的統合にまで発達進化した文明の創造
にかかわることであります。
　年頭に際しまして、いささか大げさな話をいたしてしまいましたが、西暦で言う２１世紀をひとりの人間とし
ての自覚のポイントとしてその所感を述べさせていただきました。
　どうぞみなさまの今年一年のご多幸をお祈り申し上げております。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　合掌

　　佐藤好久

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